モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第三章 きみのとなり

111 覚悟

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 夕飯の間、隼人は不躾にならない程度でありながら、それとなく俺と橘の関係を聞いてきた。
 俺の顔色を伺いつつ答える橘に対応を任せて、俺は黙って食事を平らげ、隼人から渡された鍵をそのまま橘に渡す。
 隼人はふふ、と笑った。
「立ち会えて嬉しいなぁ。歴史的瞬間じゃない。兄さんが他人に鍵預けるなんて」
 俺に預けるときだって結構迷ったでしょう、と言われると、見透かされすぎていて言い返す言葉もない。
「……いいの?ほんとに」
「持っとけ」
 丁寧に反応していたら羞恥で身動きが取れなくなりそうなので、ぶっきらぼうに答える。その様子を隼人は面白そうに見ている。
「隼人くん、来週だっけ。結婚式」
「あ、はい」
「どこでやるの?」
「彼女がよく行っていた神社で」
 元々、地元鎌倉でと言っていたのだが、ギリギリで変更したらしい。なんでも、初めて行ってみた隼人が気に入ったそうだ。結構マイペースなところがあるので、香子ちゃんもその点では振り回されているかもしれない。
「へぇ。和装?二人とも似合いそうね」
 橘は楽しそうに話している。
「写真、できたら見せて。楽しみにしてる」
「はい、ぜひ。ーーもう少し兄さんの決心が早ければ、むしろお招きしたかったですけどね」
 俺は目を反らした。
 橘はそれを見て慌てる。
「いや、そんな。私たちはそういう話、してないから。だから、ええっとーー」
「兄さん」
 橘の言葉を遮って、静かに隼人が呼んだ。
 俺がその顔を見やると、隼人は何も言わず俺の目を見ている。
 口元には微笑が浮かんでいたが、その目はーー見ようによってはぞっとするほど静かで、鋭さすら感じさせた。
「お前のその目、姉さんそっくり」
 堪えられず目を反らした俺はごまかすように呟く。隼人はにこりと笑った。
「うん。真似できるものは真似する」
 橘は俺と隼人を見比べていたが、割り込むのを諦めたように肩を竦めた。

 隼人と別れると、橘はホッとしたように嘆息した。
「隼人くんって、神崎と似た顔だけど全然違うから、なんか緊張する」
 力の抜けた笑顔を俺に向ける橘の頭にぽんと手を置いた。
「なんか、今週色々あったね」
 橘が両手に大小の鞄を持ちながら言う。俺が手を伸ばして大きい鞄を持つと、ありがとうと微笑んだ。
「いきなり神崎が福岡から帰って来るし。人事課との話もあったし、昨日と一昨日も……」
 言いかけて気まずそうに俺をちらりと見やる。
「なんか、変なとこ見られたし」
 変なとこ、ねぇ。
 俺は苦笑した。
「これ、一泊分のもの、入ってんの?」
 橘は照れ臭そうに頷いた。
「じゃあ、行くぞ」
 橘の手を引いて歩き出す。やや大股で進むと、橘はちょこちょことついて来る。いつもは無意識に俺が橘のペースに合わせていたが、今日は橘が俺にペースを合わせてくれる。
 ーー色々あった。
 確かに、色々あった。ろくでもない噂に翻弄され、気にせず笑う橘に救われ、"アーヤの人気ぶり"に気づかされ、橘の元カレに遭遇し、橘の無防備さに不安を覚えた。
 それでもなお、橘は今、俺の隣を歩いている。温かい静けさの中で、並んで歩いている。それが急に不思議に感じた。
 短くなった橘の髪が揺れ、一瞬だけ感じたその香り。
 俺のビジネスバッグと共に手中にある一泊分の荷物の重み。
 繋いだ手の温もり。
 わずかに力を込め直すと、橘は不思議そうに俺の顔を見上げて微笑んだ。
 少女のように無垢な微笑。
 それを、傷つけずに守りたい。
 俺は自然に微笑を返し、諦めろ、と自分に囁いた。
 もうこれ以上もがく必要はないんじゃないか。もしもこの先、隣にいるたった一人を選ぶことになったなら、それは間違いなく橘で、その答えは変わることもない。不思議と確信している。
 ーー腹をくくれ。
 彼女になら部屋の鍵を渡してもいいと思えた。
 ーーなら、次は。
「土日の予定は?」
 問うと橘は顔を上げた。
「何も。ーー何で?」
「指輪、気に入ったデザインのがいいだろ」
 ーーこんな言い方、姉に聞かれたら殺されるな。
 思って内心後悔したが、橘はぽかんとした顔で俺を見て、
「うん」
 子供のようにこくりと頷くと、
「ーーうん」
 これ以上ないほどの笑顔で、もう一度頷いた。
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