虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第一部

幸あれ

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 組長は朝から不機嫌だ。
 部屋に布団を敷きその上でうつ伏せになっている。

 上半身を脱ぎ、下はスウェット姿だ。

 昨晩爺からの飛び蹴りを受け組長はぎっくり腰になった。不意打ちの蹴りに硬くなっていた腰が壊れた。

 町田がうつ伏せのまま枕に顔を埋め、痛みに耐える組長の腰に白い湿布を貼る。

「くっそ……爺のやつ……本気で蹴りやがって……」

「爺様のおやつを横取りするからです!あれ、人気で三ヶ月待ちですからね」

 あの年の三ヶ月待ちはさぞかしキツかっただろう。爺の命を削って待ったおやつを横取りされたのだ、飛び蹴りは当然だろう。

 あれからなんとかシャワーを浴びれたものの一晩寝て朝起きたらよりひどくなっていた。うつ伏せの姿勢から動けない。

 後ろの障子が開く音がする。うつ伏せなので誰か見えない。

「誰だ」

「組長、光田です」

「なんだ?」

「その、腰の治療を──」

 光田の言葉に即座に反応する。枕に顔を埋めているので声が曇って聞こえにくい。

「いらない。寝てれば治る」

「先生に、連絡しませんか?」

 先生の名が出ると組長が黙る。一刻も早く気持ちを伝えに行きたいがこんな有様ではどうしようもない。こんな格好悪いところを見られたくはない。

「いい……とりあえず寝させろ。寝れば治る」

 そういうと組長は手を上げてひらひらと掌を振る。町田と光田は顔を合わせたが何も言わずに部屋を後にした。二人が出て行ってすぐに慌てた様子で町田が声をかける。

「組長、近所の鍼灸師さんを呼びました。動けるようにしてもらいましょう。……先生、どうぞ」

 障子が開く音がして誰かの気配がする。

「町田、いらねぇって言ってんだろが……」

「そう言わずに……先生、じゃお願いします」

 そう言って町田は部屋を出て行った。
 組長は舌打ちをする。面倒臭そうにそのまま枕に顔を埋める。

 すぐさま貼られたばかりの湿布が剥がされる。ゆっくりと剥がされていくのがくすぐったい。

「──ちょっと待て……」

 組長の言葉に鍼灸師は指を止める。

「悪い、申し訳ないが、俺の刺青に触れないでくれ。他の誰にも触らせたくない──」

「組、長……」

 組長の声が止まる。
 息が詰まったかと思った。心臓の動きが激しくて肺まで潰れそうだ。顔を上げたいのに上げられない。この声は、この微かに香る石鹸の香りは……。

「せん、せい──なのか?」

 組長が無理して顔を上げて体を捩った。不思議と痛みが消えた。腰の痛みなんて気にしてられない。先生がそばにいる……先生を見たい。

 布団の横で幸が涙を流して座っていた。嗚咽を漏らさまいと口元に手を当てている。町田が連れてきた鍼灸師は──組長が一番会いたい人だった。

「組長……ごめんなさい、私──う、そを」

 組長はそのまま幸の腕を取り布団の上に引き込む。横向きのまま幸の体を抱きしめる。久しぶりに感じる幸の温もりを噛みしめる。
 胸の中に閉じ込めた幸の肩は震えていた。

「先生……ごめん。先生の瞳はいつだって正直だったのに自分の弱さに負けちまった」

 組長は幸の頰を包み込み涙を拭ってやる。

 幸は泣きながら笑っていた。

「大事にするから、俺のものに……なってくれるか?」

「……前から、組長の専属ですから」

 そう言うと幸は組長の唇に優しくキスをする。
何度もキスしているのに石鹸の香りと幸の柔らかに鳥肌が立つ。

 あぁ、やっぱり麻薬だ……

 組長は幸を抱きしめ首筋を舐めあげた。

「ん……」

 幸のいい声が部屋に響くと部屋の外にいるだろう町田に声をかける。

「町田、今すぐに屋敷にいるやつら全員外に出せ。この屋敷に誰も入らせるな。先生の声を聞いたやつは……シメろ」

「はい、すぐに閉鎖します」

「え、不発弾処理でも始める気ですか?」

 組長の顔は本気だ。町田も神妙な面持ちで部屋を出ていく。

「いや、組長……腰の調子が悪いし……その……」

「布団の上に先生がいて我慢しろって言う方が無理だろ。腰は後で先生が治してくれればいい」

「いや、たぶんその時は私の腰が無事ではない気が……」

 幸が布団から逃げ出そうとすると逃さまいと組長がその手を取る。

「やっと俺のもんになってくれたんだ、抱かせてくれ、頼むから……」

 切なそうに胸の中に閉じ込めると幸は諦めたように組長の背中に手を回した。背中を撫でると組長の背中にある青龍の手触りがする。

 組長は触られただけで息を呑み、薄目で幸を見つめる。

 あ、食べられる

 そう思った瞬間仰向けで組み敷かれた。激しいキスが降りてきてすぐに組長の舌が絡まり出す。甘い唾液が混ざり合いあっという間に粘膜たちが絡み……口から漏れた唾液たちが二人の唇を一つにする。

「……ふ、ぅ」

 そのまま幸の胸に手を滑らせ服の上から大きく円を描くように揉み上げる。

「はぁ……先生──」

「く、みちょう……」

 耳元に唇を寄せて組長が囁く。

「つかさって呼んでくれ」

「つ、かさ、……」

 組長は嬉しそうに微笑んで首筋に顔を埋めた。そのまま幸のボタンを外していく……白のレースの下着の上からそっと──


「やはり血は争えんの……愛撫の仕方が似る……」

「タケちゃんよりちょっと司の方が丁寧だろ、ほら、胸の触り方が優しい」

 ん?

「司さんにしては、ちょっと甘いですわね。もっとがっつきそうですわ。やはり幸さんは特別ですものね……布団でヤるのもなかなかいいですわね……ベッド派でしたけど」

「……俺は何も見てねぇ、先生の声で興奮なんかしえてねぇから……先生やっぱ白の下着か……おっと口がすべっちまう……」


 ん?んん?

 組長が振り返ると障子が大きく開かれ馴染みの四人が立っていた。

 例のと徳永兄妹だ。
 皆うれしそうにニヤニヤとこちらを見下ろしている。普通の人間ならこんな反応はしないだろう。さすがヤクザ軍団だ。

 幸の顔は一気に赤に染め上げられ耐えきれなかったのか布団の中に潜り込む。組長の額に青筋が出る。

「……てめぇら……ここで何してやがる……」

「ワシらを出て行かせようとするから興味があって……、な、ジュンちゃん」

「あぁ、他人がヤッてるとこ見るとモチベーションの維持につながるからな。生きてる限り勉強だ」

 そんなことしなくても未来永劫、性欲は衰えない筈だ。そしてこれ以上の鍛錬は二人には必要ない。

「いやですわ、私達は司さんを見舞いに来たのに……ついでに光田様をつまみ食いしようかと……」

 障子の外にいた光田のドタドタと逃げ出す足音が聞こえた。健闘を祈る、光田。

「俺は、ついでに来てみたら……その、良いもん見せてもらったって言うか……まぁ、貰ったありがとう」

 どこが元気になったのか聞きたくはない。
 ただ、鼻の穴を膨らませ呼吸をするこのゴリラを今すぐニュージーランドに送還する意思を固める。

「てめぇら……みんな……出て行けぇぇ!!」

 屋敷内に組長の怒号が響き渡った。
 幸との初エッチを邪魔された組長は怒り狂っていたが、幸は布団の中で一人ホッとしていた。

 治療を行い歩けるようになった組長は真っ直ぐどこかへと向かった。
 幸が手洗いに行くとラグビーボールのような形の町田とすれ違う。

「おちゅかれしゃまでふ」

 アゴがしゃくれた町田はまた言葉が話せなくなって赤ちゃんのような話し方をしていた。

 幸は心の底から声を絞り出す。

「あ、うん、お疲れ様……」

 これからもいろんなことがあるけれど、この人たちのそばにいることが私の幸せだ。

 皆に、幸あれ!!
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