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第二部
町田の恋のA
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最近俺の周りは恋に恋して恋しちゃっている人間ばかりだ。
さ、さみしい……。
町田は院の近くの公園にやってきた。缶コーヒーを買いベンチに座る。
俺も若い頃はそれなりに恋愛をした。ただ、結婚とまではいかなかった。何が悪かったのかはわからない。すべては一期一会だ。
目の前の砂場で子供達が帽子をかぶり山を作っている。のどかな風景だ。
胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。すうっと息を吐くと砂場の方へ煙がいかないように背後に生えている木の方へ煙を吐く。
ドン
お尻に揺れるような衝撃を感じて姿勢を戻すといつのまにかベンチの端に黒のスーツ姿の女が座っていた。一重の切れ長の瞳に濃いアイラインをしている。気の強そうな女だ。秋口になったとはいえまだ残暑厳しい。女の顔は真っ赤だった。額に手を当て俯いている。
「……あの、大丈夫ですか?」
町田は思わず声をかける。こちらを振り向く女の瞳は揺らめきどこか遠い目をしている。
「あ、すみません……大丈夫です」
立ち上がろうとするが足に力が入らないらしいその場で崩れ落ちそうになり町田が思わずその体を支える。
至近距離で女と視線が絡むと年甲斐もなく町田は顔を赤らめる。
切れ長の目に薄い唇に目をやる。熱でぼんやりしているのだろうが、これは……エロい。
そのままベンチに座らせて額に手を当てる。もしかしたら熱中症かもしれない。
俺は慌てて青野鍼灸院に電話をかける。一大事だ……組長の甘い時間も大切だがこれはしかたがない。
「先生、熱中症かもしれない患者がいるんですが……」
『意識はありますか? とりあえず連れて戻ってきてください!』
町田はスーツの女を持ち上げると院に向かって走った。女は家出をしてきたのかと思うぐらい大荷物だった。それを抱えて全速力で走る。
俺の到着を待っていたのだろう、院のドアは開け放たれていた。そのまま院に入りベッドへと女を下ろす。
すぐさま奥の部屋から氷が入った袋を持った幸と組長が現れた。ベッドに横たわる女の襟元やベルトを緩めてやると、首元や鼠径部に氷を置く。まぶたの裏の粘膜は赤いままだ。どうやら大したことはないようだ。
「良かった……大したことないわね。意識もあるみたいだし経口補水液を少しずつ飲ませてあげれば……ん? んん?」
幸はここでようやくベッドに横たわる人物の顔も見た。処置に必死でよく顔も見ていなかった。
うっすらと瞳を開けた女は組長と町田を見た後幸に焦点を合わす。
「……せん、ぱい?」
「ん? ん? え?……美英ちゃん、なの?」
ベッドで真っ赤な顔をして寝ていたのは幸の鍼灸学校の後輩の山崎 美英だった。
しばらくして体温が下がりようやく美英は待合のソファーに座れるようになった。
すっかり恐縮し三人に頭を下げる。
「ほんまにすみませんでした……道に迷ってしまって歩き回ってたらあんなことに」
「偶然町田さんに会えて良かったわ」
横に座っていた幸が美英の肩を優しく抱く。
どうやら美英はわざわざ関西から幸を訪ねてきたらしい。ただ、近くまできて屋号を言えばすぐわかるだろうと思ってきたのだが、誰に訪ねても顔色を変えて立ち去って行ったらしい。
「ピンク鍼灸院知りませんかって訪ねてもみんなそんなもん知らんって言われて……」
「美英ちゃん、ここ青野鍼灸院よ。うちはピンク色の外壁なだけよ」
とんでもない天然娘だな、おい。
組長と町田は心の中で呟いた。確実に田舎から風俗を頼りに上京した女のだと思われただろう。
「あー、なんだ……何はともあれ再会できてよかったじゃねぇか」
組長は頭を掻くと美英は幸と組長そして町田を見る。
「先輩、この方々は……」
「あー、うん、常連──」
「俺はもっと深い仲だがな」
幸が赤くなりながら組長の背中を叩く。組長が照れる幸の頰に触れる。二人の間に甘い空気が漂う。
町田は美英がどんな反応をするのか見ていた。
長年の知り合いに実はヤクザの恋人がいた……普通の人間なら真っ青になりそうなものだが……。
「あ、そうなんですね! よかったですね」
予想に反して美英は満面の笑みで二人を見ていた。それには組長も意外だったようで面白そうなものを見る目で美英を見つめる。
「ほぉ、なかなか……さすが先生の後輩だな。ヤクザが怖くないか」
「あ、私、任侠映画好きなんで全く抵抗ないんで大丈夫ですよー。いいわぁー刺青持ちの彼氏なんて……先輩! やりますね!」
「えへへ」
幸が思わず頰を赤らめる。
町田三人のやりとりを黙って見ていると美英が突然町田の手を握る。
「町田さん、いえ、兄さん……ありがとうございます。このご恩は死んでも忘れませんから」
美英の手が触れた部分からみるみる町田の身体が真っ赤に染まっていく。蒸されたタコだ。美英はその変化に気付かない。
「お?」
「あら」
組長と幸はそれに気づくとニンマリと微笑む。だんだんと似てくる二人だ。
「美英ちゃんいつまでこっちにいるの?」
「勉強会に参加するので、三日後に帰ります」
「よかったらホテルキャンセルしてうちに泊まらない?」
幸の思いがけない申し出に美英は立ち上がる。
「いいんですか!嬉しいー」
美英が満面の笑みで幸を抱きしめる。
こうして数日だけ美英がここで生活することになった。
幸と組長は目配せをして頷いた。
町田は真っ赤な顔を手で隠しながら美英を見つめていた。
町田、恋に落ちました。
さ、さみしい……。
町田は院の近くの公園にやってきた。缶コーヒーを買いベンチに座る。
俺も若い頃はそれなりに恋愛をした。ただ、結婚とまではいかなかった。何が悪かったのかはわからない。すべては一期一会だ。
目の前の砂場で子供達が帽子をかぶり山を作っている。のどかな風景だ。
胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。すうっと息を吐くと砂場の方へ煙がいかないように背後に生えている木の方へ煙を吐く。
ドン
お尻に揺れるような衝撃を感じて姿勢を戻すといつのまにかベンチの端に黒のスーツ姿の女が座っていた。一重の切れ長の瞳に濃いアイラインをしている。気の強そうな女だ。秋口になったとはいえまだ残暑厳しい。女の顔は真っ赤だった。額に手を当て俯いている。
「……あの、大丈夫ですか?」
町田は思わず声をかける。こちらを振り向く女の瞳は揺らめきどこか遠い目をしている。
「あ、すみません……大丈夫です」
立ち上がろうとするが足に力が入らないらしいその場で崩れ落ちそうになり町田が思わずその体を支える。
至近距離で女と視線が絡むと年甲斐もなく町田は顔を赤らめる。
切れ長の目に薄い唇に目をやる。熱でぼんやりしているのだろうが、これは……エロい。
そのままベンチに座らせて額に手を当てる。もしかしたら熱中症かもしれない。
俺は慌てて青野鍼灸院に電話をかける。一大事だ……組長の甘い時間も大切だがこれはしかたがない。
「先生、熱中症かもしれない患者がいるんですが……」
『意識はありますか? とりあえず連れて戻ってきてください!』
町田はスーツの女を持ち上げると院に向かって走った。女は家出をしてきたのかと思うぐらい大荷物だった。それを抱えて全速力で走る。
俺の到着を待っていたのだろう、院のドアは開け放たれていた。そのまま院に入りベッドへと女を下ろす。
すぐさま奥の部屋から氷が入った袋を持った幸と組長が現れた。ベッドに横たわる女の襟元やベルトを緩めてやると、首元や鼠径部に氷を置く。まぶたの裏の粘膜は赤いままだ。どうやら大したことはないようだ。
「良かった……大したことないわね。意識もあるみたいだし経口補水液を少しずつ飲ませてあげれば……ん? んん?」
幸はここでようやくベッドに横たわる人物の顔も見た。処置に必死でよく顔も見ていなかった。
うっすらと瞳を開けた女は組長と町田を見た後幸に焦点を合わす。
「……せん、ぱい?」
「ん? ん? え?……美英ちゃん、なの?」
ベッドで真っ赤な顔をして寝ていたのは幸の鍼灸学校の後輩の山崎 美英だった。
しばらくして体温が下がりようやく美英は待合のソファーに座れるようになった。
すっかり恐縮し三人に頭を下げる。
「ほんまにすみませんでした……道に迷ってしまって歩き回ってたらあんなことに」
「偶然町田さんに会えて良かったわ」
横に座っていた幸が美英の肩を優しく抱く。
どうやら美英はわざわざ関西から幸を訪ねてきたらしい。ただ、近くまできて屋号を言えばすぐわかるだろうと思ってきたのだが、誰に訪ねても顔色を変えて立ち去って行ったらしい。
「ピンク鍼灸院知りませんかって訪ねてもみんなそんなもん知らんって言われて……」
「美英ちゃん、ここ青野鍼灸院よ。うちはピンク色の外壁なだけよ」
とんでもない天然娘だな、おい。
組長と町田は心の中で呟いた。確実に田舎から風俗を頼りに上京した女のだと思われただろう。
「あー、なんだ……何はともあれ再会できてよかったじゃねぇか」
組長は頭を掻くと美英は幸と組長そして町田を見る。
「先輩、この方々は……」
「あー、うん、常連──」
「俺はもっと深い仲だがな」
幸が赤くなりながら組長の背中を叩く。組長が照れる幸の頰に触れる。二人の間に甘い空気が漂う。
町田は美英がどんな反応をするのか見ていた。
長年の知り合いに実はヤクザの恋人がいた……普通の人間なら真っ青になりそうなものだが……。
「あ、そうなんですね! よかったですね」
予想に反して美英は満面の笑みで二人を見ていた。それには組長も意外だったようで面白そうなものを見る目で美英を見つめる。
「ほぉ、なかなか……さすが先生の後輩だな。ヤクザが怖くないか」
「あ、私、任侠映画好きなんで全く抵抗ないんで大丈夫ですよー。いいわぁー刺青持ちの彼氏なんて……先輩! やりますね!」
「えへへ」
幸が思わず頰を赤らめる。
町田三人のやりとりを黙って見ていると美英が突然町田の手を握る。
「町田さん、いえ、兄さん……ありがとうございます。このご恩は死んでも忘れませんから」
美英の手が触れた部分からみるみる町田の身体が真っ赤に染まっていく。蒸されたタコだ。美英はその変化に気付かない。
「お?」
「あら」
組長と幸はそれに気づくとニンマリと微笑む。だんだんと似てくる二人だ。
「美英ちゃんいつまでこっちにいるの?」
「勉強会に参加するので、三日後に帰ります」
「よかったらホテルキャンセルしてうちに泊まらない?」
幸の思いがけない申し出に美英は立ち上がる。
「いいんですか!嬉しいー」
美英が満面の笑みで幸を抱きしめる。
こうして数日だけ美英がここで生活することになった。
幸と組長は目配せをして頷いた。
町田は真っ赤な顔を手で隠しながら美英を見つめていた。
町田、恋に落ちました。
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