虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第一部

突然の抗争 黒嶺会

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 万代の屋敷で二人の老人が縁側に座り庭を眺めながら茶をすする。目の前に広がる手入れされた日本庭園には野良猫だろうか、のんびりと横切る姿も見られる。

 日本の朝に相応しい光景だ。清々しい朝だ──

「ジュンちゃん、昨日は随分時間がかかってしもうたのう」

「そうだな、年がいくとどうしてもイきにくいな」

 同じく茶をすすりながら会長が溜息を漏らす。どうやら昨晩幼気な女性がこの化け物どもの餌食になったようだ。

 朝の縁側に座るのは昨日の反省会をしているだ。先ほどの清々しさは気のせいだったようだ。情事の後の気怠さを纏った男達は縁側に座りながらストレッチをしている。

「そういえばタケちゃん、黒嶺会が代替わりしたのを知っているだろ? あの馬鹿息子に」

 数ヶ月前に黒嶺会の世代交代が行われた。
 黒嶺会は龍晶、明徳と続き三番目に大きな組だ。黒嶺会の先代は穏健派だったがその息子はチンピラ上がりの野良犬みたいな若造だ。今はおとなしくしているがいつ噛み付いてくるかわからない。
 とくにこの辺のシマは龍晶会のものだが、以前からその収益の回収の良さから黒嶺会は虎視眈々と狙っているらしい……いまのご時世、シノギが厳しいのはどこも同じだが、同業を恨むのはどうかと思うが、黒嶺会の新組長は聞く耳を持たない馬鹿野郎だ。


「うむ、黒嶺会がどうかしたか? 営業妨害ならちょっとシメてやるが──」

 黄色のサングラスが湯呑みの湯気で曇る。面倒臭そうに会長は外すと縁側にそれを置いた。
 その眼光は鋭い。

「どうやら龍晶会のシマを荒らしているらしい。ヤクの取引現場に鉢合わせた司とも一度やり合ったって話だ」

「ほう、たしかに随分前に司の口元が赤かった時があるのう……黒嶺会と激突したとは知らなんだわ」

 爺が拳を作り指の関節を鳴らす。
 どうやら爺の怒りのスイッチが入ったようだ。

「司も心配かけたくなかったんだろう。もちろん十五人相手に三人で勝ったらしいぞ。圧勝だ……司強いからな」

「さすがうちの孫じゃ」

 爺の目が一気に優しくなるのを見て会長はふっと笑う。

「だいぶ逆恨みしているようだから気をつけた方がいい。明徳会でも睨みを効かしておくが、野良犬は壁際まで追い込まれたら何をするかなんて分からんからな……」

 会長は置いていたサングラスを手に取ると再び耳に掛ける。

「……すまんな、ジュンちゃん」

「そいつは言わない約束だ、俺たちは……だろ? タケちゃん」

 二人は互いの肩に手をやるとその腕をそっと空へと突き上げる。
 これが二人の気持ちが一つだというサインだ。


「……今日どうするんじゃ?」

「そうだな、最近気に入っている女がいるんだが、そこへ行くか。タケちゃん、わがままボディ好きだろ?」

「ふ、大好物じゃ──」

 二人は立ち上がると屋敷を出て行った。
 わがままボディの女に明るい未来があることを切に願いたい。




「か、買いすぎた……」

「先生、一人暮らしなのにどうして詰め放題なんか……」

 横で同じく両手に買い物袋を下げた光田が辛そうに歩いている。

 今日は銀行からお金を下ろす日だ。
 もう随分銀行も慣れたのか、光田が銀行の中まで連いて来るが脅しているかどうかを聞く銀行員はいなくなった。
 ただ、毎回なぜか満面の笑みで「お勤めご苦労様です」と言われるのだが、そのまま何も言わないでいる。

 帰り道にサツマイモの詰め放題とジャガイモの詰め放題があり、幸は袋を伸ばして慎重に入れ続けて店の新記録を叩き出して満足気だった。光田も幸のサポートをすべく隙間に入りそうな形の物を手渡していた。

「おれ、昔パズル好きやったんですよ」

 そう言って無邪気に笑っていた光田もそれを持って帰る工程のことをすっかり忘れていた。
 二人で道の端をふらふらと歩いていた。こんな時でも車が通る側に光田は立つのを忘れない。

「危ない!!」

 突然光田が大きな声を上げる。
 後ろを振り返ると黒いバンが二人に向かって突っ込んできた。

 轢かれる──!

 次の瞬間、光田が幸の腕を引くとブロック塀と自分の体の間に幸の体を覆い隠した。
 間一髪のところで黒のバンが光田の体のギリギリをすり抜けて猛スピードで曲がり角を曲がって立ち去った。光田は逃げる車のナンバープレートを一瞥する。
 通り過ぎた後の道には二人で袋に詰め込んだ芋たちが転がって無残なことになっていた。

「なんや、あん車……」

 壁と光田の胸に挟まれた幸は突然のことに体が震えていた。一歩間違えれば間違いなく死んでいた。
 光田は眉間にしわを寄せると幸の震える体を片手で抱きしめて、携帯電話を取り出した。

 バキッ!

「……ッ」 
「光田さんっ!」

 その瞬間光田の背後から男が現れて、金属バットで光田の頭を殴りつけた。いつのまにかスーツ姿の男たちが幸たちの周りを取り囲んでいた。

「だ、大丈夫!? やだ、血が……」

 しゃがみこむ光田の体を幸が支える。それを腕で制止すると光田は額から赤い血を流しながらも幸を守ろうと壁際に幸を隠す。

「先生あかん、じっとしてて」
「でも──」

 いやらしく笑う男たちは光田の意識が朦朧としているのが分かっているのだろう。詰んだと見て持っていたバットを振り回すのをやめたようだ。

「お前ら、なんや……黒嶺会のモンか」

「ふふ、その女、渡してもらうぞ……」

 トドメとばかりに金属バットを握った男が再び光田の頭を殴った。
 鈍い音が聞こえて光田の体がぐらりと揺れその場に倒れる。

「せん、せ……」

「光田さんっ! しっかりして!……いや、離して! 離してったら! 光田さん死なないで!」

 男が幸の腕を取り連れて行く。光田は薄れゆく意識の中、幸の抵抗する声と走り去る車の音を聞いた。

 組長……すみません、俺のせいで──先生が……

 光田はとうとう意識を手放した。
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