虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第二部

心の合コン

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「光田様……誤解しないでくださいね、私はただの駒です」

「いや、だから……そんなに否定せんでもええって──」

 院の待合室でさっきから心が光田へと迫っている。光田の体は斜めになり心の重みに耐えている。唇を奪われまいと必死だ。

 幸と剛はそんな二人の際どいシーンを見ても顔色一つ変えない。慣れというのは恐ろしい。あの剛ですら昔から心はこういう人種だったのだ、女豹だったのだと刷り込まれたようで、二人を目の前にしても幸が出してくれたポップコーンに夢中だ。

「先生、このフレーバーなんだ?」

「あ、塩キャラメルなんです。町田さんのオススメなんです」

「さすが町田さんだな」

「いやいや、存在消さないでください! 俺、襲われてるの見えてますよね? ねぇ?」

 光田は思わず声を上げる。幸と剛は目をパチクリしてすでにシャツのボタンが外された光田に焦点を合わす。

「あぁ、そうか……そうよね、ごめんなさい。なんか猫が遊んでる感覚で──」

「おれ、育った環境かな? 別に気にしないけど。裸とか慣れてるし、うん」

「うん、いや、もういいです。ポップコーン頬張っててください」

 この二人に何を言ってもムダだ。
 なにより、心の真綿攻撃のせいで責められているのが当たり前になってしまい助けてもくれない。
 
「光田様、ごきげんよう──」

 心は口元をハンカチで押さえると爽やかに立ち去った。光田はようやく解放されたがまたしても唇を奪われてしまった。その口元を覆い俯く。いまだに襲われた後はこのスタイルだ。

「まだ、結婚を渋ってんのか?全く……」

「結婚どころか付き合ってもないですよ? 脳の深部まで洗脳されたんですか?」

 光田がため息を漏らす。幸が光田にウーロン茶を手渡す。

「いいの? 心ちゃん、合コン……心ちゃんは可憐だけど……心配じゃない?」

「え、あ……いや、大丈夫でしょ」

「心はああ見えて酔うとキス魔なんだ何もないといいが……」

「おたくの妹さん、オルウェイズキス魔ですけど? もっと拍車かかるんならもはや犯罪級ですよ」

 光田は頭が痛くなる。
 心が出て行ったドアをちらりと見た。小さく舌打ちするとそのまま光田は雑誌を手に取った。

 そんな光田を幸と剛は心配そうに見つめていた。




「かんぱーい」
「あ、乾杯……」
「椅子が狭いな……クソ」

 剛が帰り、組長と町田が入れ替わるようにやって来た。治療も行い、ゆったりしていると突然幸が居酒屋に行きたいと言い出した。
 組長は嫌がったが「軟禁……」と呟くと渋々連れてきてくれた。町田は大事な用があるとかで帰って行った。幸は町田が早く帰って【腎虚】と戦うことを知っていたので笑顔で送り出した。

 ヤクザだとバレると店側に迷惑なので組長と光田はカジュアルな今時の服装に着替えた。
 こうしてみると光田も今時のモデルの男の子みたいでかっこいい。隣の席の女子たちがさっきからチラチラ見ている。まぁ、光田だけではない……。

 髪を半分下ろしたストライプシャツの組長は大人の色香ムンムンだ。院内だと気づかないが随分カッコいい。

 ってか、いつもこんなカッコいい人達に囲まれて生活していたのか……慣れって怖い。

 幸がチューハイを頼もうとするとそれを組長が止める。

「死人が出るからやめとけ、先生」

「私、そんな酒癖悪くないですよ」

 口を尖らせて抗議する先生を見て光田は思った。

 それは本当です……先生が絡んだもの全てを組長は破壊し尽くすでしょう。悪の権化のように……。


 幸がしきりに周りを気にしだす。キョロキョロと小鳥が親鳥を探すように。すると何かを見つけたようで突然組長と光田の頭を机に押し付ける。

「伏せて!」

 ゴンっ

「……いや、オレら机に頭当たってんだけどよ、先生」

「イッテ……」

 二人が体を起こすと幸が口元に人差し指を当てて「シッ」と言った。その瞳の色は真剣そのものだ。
 幸の視線の先を追うように目隠しの壁からその方角を覗いてみる。
 
 は、はぁ? マジか……。

 そこには幾何学模様のチュニックにパンツスタイルの心がいた。すぐさま光田は身を隠す。

「な、なんで心ちゃんがここにいるんです? 合コンちゃいました?」

「ふふ、場所、聞いていたの」

 満面の笑みの幸を組長が呆れたように見る。

「なんだよ、それにオレまで付き合わされてんのか……まったく……」

「私は光田さんと二人でもいいですよ?」

「……居酒屋は嫌いじゃない……」

 少し拗ねたようにビールを飲む組長を見て、幸がそっと組長の頭を撫でる。

 先生の前では、組長は子供のようだ。組長自身もそれを楽しんでいるように見える。二人の仲睦まじい姿を見て光田も幸せな気持ちになる。

 突然合コンの座敷から歓声が上がる。

「心ちゃん、いいよーいい飲みっぷり!」

テンションの上がった男の声が聞こえる。周りも賞賛の嵐だ。

「この、ハイ、ボール? でしたっけ? 最高ですわ! 美味すぎですわ!」

 どうやら世間知らずのお嬢様の心はハイボールも知らなかったらしい。
 三人はこそっとその様子を覗く。心の様子からだいぶ飲んでいるのが分かる。

「おい、あれ大丈夫か? 光田、お前止めに行け」

「いや、大丈夫ですよ……それにオレが止めに行く必要は──」

「あ、見て見て、あの人、心ちゃんの肩を抱いてるよ」

なんやと!?

 光田がもう一度座敷に目をやると顔を赤らめた心の肩に手をかけてニヤニヤする男の姿があった。

 酔った女に手を出そうとする奴はしょうもないやつに決まってる!なんであんなやつに好きなようにされてんねん。持ち前の押し倒す力使ってぶん殴ったったらええのに……。

 ん? なんで、俺、こんな怒ってんの?

「心ちゃん、キス解禁しないのー?」

 心の友人らしき女の甲高い声が聞こえる。

「ふふ、キス……ですか?」

 心もまんざらでもない含み笑いとともに周りからキスを煽るような声が上がる。

 まずい、このままだとキス魔が降臨してそこらじゅうの男どもに……。

 くそ……なんやねん……めちゃくちゃ嫌や。
 心ちゃんが他の男とキスをする……はらわたが煮えくりかえる。俺以外の男とキスするなんて……あかんに決まってるやろ!

 光田は思わず駆け出した──。
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