虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第二部

柔らかいのが良い

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 その日も俺はいつものように院に向かっていた。

 院のドアを開けるとカーテンの奥から人間のものとは思えないお化けのすすり泣きのような声が聞こえた。

「うぅ……うぅ……恨めしい……」

 いつもは明るい院の中の照明もなぜか消えている……。

 組長は真顔のまま一旦院のドアを閉めた。振り返り町田を睨む。

「町田……お前、幽霊より格上か?」

「……組長、俺のこと何だと思ってるんですか?妖怪か何かとでも?」

 声を大にして言いたい。俺は頭の形が宇宙人なだけで生粋の地球人だ。もちろんハゲているが住職でもない。

 組長はこう見えてお化けがダメなようだ。真顔で町田に詰め寄ると先頭を行くように押しやる。町田はその姿に幼き頃の組長を思い出す。

 組長は離れのトイレに行くのを嫌がっていた時期がある。お化けがいると信じていたのだろう。

 町田はゆっくりと院のドアを開ける……。

「こんにちは……先生?」

 俺の声に反応するかのようにベッドの向こうから声がする。

現れたのは有名なホラー映画、◯クソシストの女の子のようなブリッジ姿だった。
カーテンから現れた姿に町田も組長も腹の底から大声を出す。

「ぬお!!」
「ひいいぃー!」

 組長と町田が抱き合うと目の前の幽霊がくしゃっと床に体を置いた。

 すぐさま起き上がると恐怖に慄く二人をキョトンとした目で見つめる。

「どうしたんです? 二人とも……寒いんですか?そんなに抱き合って……」

 二人が恐る恐る顔を上げるとそこにはジャージ姿の幸がいた──。


「体を柔らかくしたい……だと?」

「うんうん、そうなの……ブリッジを昔は延々と出来たのに今は二分ぐらいで苦しくなっちゃう……」

 どうやら幸は体を柔らかくしたいと、ブリッジをし始めたのだが、照明が眩しいからと電気を消してやっていたそうだ。
 暗闇から現れた巨大な蜘蛛のような姿が頭からこびりついて離れない。

 待合に座る町田は叫びすぎて血圧が上がったらしい。放心状態で座り込む。

「町田さん、大丈夫ですか? ヤク中みたいな顔色ですよ?」

「今……ディスられ、ても……上手く……返せま、せんよ……」

 片言で話す町田を見て組長は本物の宇宙人のようだと思ったが、本人は必死なので黙っておく。

 さっきので町田の寿命はかなり縮んだだろう。

「組長も柔らかくなった方がいいですよ? 一緒にやりませんか? ストレッチ」

「いや、俺はいい……先生の鍼がいい」

「そう言わずに──さぁさぁ……」

 組長は無理やりベッドに寝かされると仰向けになる。そのまま片膝を曲げて逆の方へと曲げて腰を捻っていく……。
 背骨の際に若干痛みが出てきた。

「く……響くな……ケツに……痺れが──」

「大丈夫ですか? やっぱり坐骨神経か。お尻弱いですよね……」

「んあぁ……これ以上は……選ばれし者しか──無理だろ」

「このストレッチは世界中でやられてますよ……何が選ばれし者ですか、勇者気取りですか」

 たかがストレッチ如きで大げさだ。
 組長の腰はやはり悪い……だけれど最近はこうして柔軟性も出てきた。いい傾向だ。

 幸は呆れたように言うと、更に組長の腰を捻っていく──

「……!? あぁ……、声、出して、いいか?」

「喘ぎ声って許可制でしたっけ?……散々ぶっ込んできたでしょう? お好きにどうぞ……ふふふ」

 幸が満面な笑みを浮かべて組長の逆の足を持ち上げた。その瞬間組長は待ってましたと言わんばかりに股の間に幸を閉じ込める。

「先生……捕まえた……。先生、俺と一緒にしようか? ……一気に体もあったまるし、柔らかくなるかもな──」

 組長の甘い声に幸は真っ赤になって逃げ出そうとする。組長は必死な幸を見上げて妖艶な笑みを浮かべる──形勢逆転だ。

「あー、ははは、さぁて、さ、頑張ったご褒美に首と腰に鍼しましょうか?」

「あぁ、そうしてくれるか……」

 組長は起き上がるとシャツを脱ぐ。
 幸はそっとその青龍に触れるとキスを落とした──。

 町田は二人の様子をカーテン越しに感じていた。邪魔せぬよう音を立てず院を出て外のベンチに腰掛ける。

「楽しそうだなー、やっぱいいな、愛って……」

 町田はしんみりとしながら携帯電話を取り出し電話を掛ける。

「あぁ……俺だ──ん? いや、声が聞きたかっただけだ。……あぁ、そっちは、晴れてるか?」

 町田は夕空を見上げながら優しい笑みを浮かべた。
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