78 / 106
第二部
キツネは胃が痛む
しおりを挟む
光田は院の待合のソファーに座り項垂れている。ちょうど幸は組長の腰の治療を終えカーテンから出てきた。光田はカーテンが開かれた音に反応し、すぐさま適当に雑誌を手に取ると真剣な表情で見つめている。
「……光田さん、それ面白い?」
「おもろいですよ、これ。笑えます」
幸田が見ている雑誌は洋裁のパッチワーク特集の雑誌だ。どう見ても笑う要素はない。
「どうした……光田、顔色が悪いぞ」
黒のシャツを羽織った組長が待合へと戻って来る。光田は額の汗を拭う。
「大丈夫です。ちょっと胃が痛くて──」
「大変──こっちに来て仰向けで寝てちょうだい」
光田は顔色を変え組長と幸を交互に見る。
「いや、まじで大丈夫ですから」
組長は光田の顎を掴み顔を上げさせる。光田は脂汗が出ている。組長は光田の首根っこを掴むとそのままベッドへと連れて行く。
「大人しく寝ろ……」
組長はそのまま待合のソファーに座り光田が見ていた雑誌を見て鼻で笑う。
素人が見てもちんぷんかんぷんだ。
幸は奥の部屋から生姜のスライスを持ってきた。光田のお腹をめくり出す。
「え、先生……何を?」
「生姜の灸よ。隔物灸っていってね、もぐさに含まれる成分と、生姜の成分を熱で体内に入れるの。熱くないわよ? 見た目は熱そうだけど……温かくなれば次のツボへ動かするから。胃の調子を整えるのにいいの」
幸は生姜を置くと上から親指ほどのもぐさの山を置く。
「せ、先生大っきいです! しかもなんか色も黒くないですか? ベージュちゃいました? もぐさって」
関西地方は灸が好きな人が多い。光田も幼い頃に老人たちが灸をすえているのを見てきた。
「あら、さすが関西出身ね! これは粗悪もぐさっていって、あえて余分なものを混ぜて燃える時の温度を上げているもぐさなの」
「いや、余計熱くなるなんてヤバイやないですか!」
こんなでかい物が自分のへその上で燃えるなんて恐ろしい。
「大丈夫よ」
幸がライターで火をつけるとみるみる煙が出てくる。光田は腹にくる熱を待つ……ほんわかした温かさはあるものの、火傷するほどではない。
「あれ?……もう終わりました?」
「余裕でしょ? 良かった」
幸はもう一度もぐさを置くと火をつけた。
何回か繰り返しているとお腹全体がポカポカの温まるのがわかる。
気持ちがいい……胃薬よりもスッとする……。
幸がリラックスしている光田を見て優しく微笑む。
「胃が痛むなんて、何か食べ過ぎたの?」
「あ……いや──その……」
光田の胃痛の原因はストレスだ。しかも幸に関係するものだ。先日のアーケードで開催された性の相談室のせいだ。町田のせいで余計にストレスがかかった。いつ組長にバレるかとビクつくあまり胃が荒れたようだ。
「光田は……大変だからな、無理もないだろう」
光田が言い渋っているのを見て組長がため息を漏らす。ただ、まだシャツのボタンを留めていないので色気がダダ漏れだ。幸も光田も組長の桃色吐息に思わず目を逸らす。
自覚なしの色気ほど困るものはない。
組長は思った。
光田は心の調教のせいで胃が痛んでいるのだと──。
先日も光田が縁側で一人呟いていたのを偶然通りかかり聞いてしまった。
『普通にイキたいだけやねんけど……あかんのかな』
くっ……光田!!
組長は光田に声を掛けられなかった。
あの日の光田の背中は寂しげだった。そして不憫だった──。
そうだ、普通がいいよな……俺もそう思う……。
組長はあの日のことを思い出し何度も頷いている。
真実は少し違う。
『普通に(銀行に)行きたいだけやねんけどな……(道変えたら)あかんかな』
性の相談室からどう逃げられるかを考えていただけだ。
治療が終わりすっかり調子の良くなった光田が微笑む姿を見て、組長は思わずその肩を叩く……。
「辛いときは、言え……力になるぞ」
「……は、い」
光田は言えなかった。
幸がとある界隈で性の魔導師として暗躍していることなど、言えるはずはなかった。
少し緊張して、胃が重くなった。
光田の胃痛はなかなか治りそうもない。
「……光田さん、それ面白い?」
「おもろいですよ、これ。笑えます」
幸田が見ている雑誌は洋裁のパッチワーク特集の雑誌だ。どう見ても笑う要素はない。
「どうした……光田、顔色が悪いぞ」
黒のシャツを羽織った組長が待合へと戻って来る。光田は額の汗を拭う。
「大丈夫です。ちょっと胃が痛くて──」
「大変──こっちに来て仰向けで寝てちょうだい」
光田は顔色を変え組長と幸を交互に見る。
「いや、まじで大丈夫ですから」
組長は光田の顎を掴み顔を上げさせる。光田は脂汗が出ている。組長は光田の首根っこを掴むとそのままベッドへと連れて行く。
「大人しく寝ろ……」
組長はそのまま待合のソファーに座り光田が見ていた雑誌を見て鼻で笑う。
素人が見てもちんぷんかんぷんだ。
幸は奥の部屋から生姜のスライスを持ってきた。光田のお腹をめくり出す。
「え、先生……何を?」
「生姜の灸よ。隔物灸っていってね、もぐさに含まれる成分と、生姜の成分を熱で体内に入れるの。熱くないわよ? 見た目は熱そうだけど……温かくなれば次のツボへ動かするから。胃の調子を整えるのにいいの」
幸は生姜を置くと上から親指ほどのもぐさの山を置く。
「せ、先生大っきいです! しかもなんか色も黒くないですか? ベージュちゃいました? もぐさって」
関西地方は灸が好きな人が多い。光田も幼い頃に老人たちが灸をすえているのを見てきた。
「あら、さすが関西出身ね! これは粗悪もぐさっていって、あえて余分なものを混ぜて燃える時の温度を上げているもぐさなの」
「いや、余計熱くなるなんてヤバイやないですか!」
こんなでかい物が自分のへその上で燃えるなんて恐ろしい。
「大丈夫よ」
幸がライターで火をつけるとみるみる煙が出てくる。光田は腹にくる熱を待つ……ほんわかした温かさはあるものの、火傷するほどではない。
「あれ?……もう終わりました?」
「余裕でしょ? 良かった」
幸はもう一度もぐさを置くと火をつけた。
何回か繰り返しているとお腹全体がポカポカの温まるのがわかる。
気持ちがいい……胃薬よりもスッとする……。
幸がリラックスしている光田を見て優しく微笑む。
「胃が痛むなんて、何か食べ過ぎたの?」
「あ……いや──その……」
光田の胃痛の原因はストレスだ。しかも幸に関係するものだ。先日のアーケードで開催された性の相談室のせいだ。町田のせいで余計にストレスがかかった。いつ組長にバレるかとビクつくあまり胃が荒れたようだ。
「光田は……大変だからな、無理もないだろう」
光田が言い渋っているのを見て組長がため息を漏らす。ただ、まだシャツのボタンを留めていないので色気がダダ漏れだ。幸も光田も組長の桃色吐息に思わず目を逸らす。
自覚なしの色気ほど困るものはない。
組長は思った。
光田は心の調教のせいで胃が痛んでいるのだと──。
先日も光田が縁側で一人呟いていたのを偶然通りかかり聞いてしまった。
『普通にイキたいだけやねんけど……あかんのかな』
くっ……光田!!
組長は光田に声を掛けられなかった。
あの日の光田の背中は寂しげだった。そして不憫だった──。
そうだ、普通がいいよな……俺もそう思う……。
組長はあの日のことを思い出し何度も頷いている。
真実は少し違う。
『普通に(銀行に)行きたいだけやねんけどな……(道変えたら)あかんかな』
性の相談室からどう逃げられるかを考えていただけだ。
治療が終わりすっかり調子の良くなった光田が微笑む姿を見て、組長は思わずその肩を叩く……。
「辛いときは、言え……力になるぞ」
「……は、い」
光田は言えなかった。
幸がとある界隈で性の魔導師として暗躍していることなど、言えるはずはなかった。
少し緊張して、胃が重くなった。
光田の胃痛はなかなか治りそうもない。
12
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
「幼馴染は、安心できる人で――独占する人でした」
だって、これも愛なの。
恋愛
幼い頃の無邪気な一言。
「お兄様みたいな人が好き」――その言葉を信じ続け、彼はずっと優しく隣にいてくれた。
エリナにとってレオンは、安心できる幼馴染。
いつも柔らかく笑い、困ったときには「無理しなくていい」と支えてくれる存在だった。
けれど、他の誰かの影が差し込んだ瞬間、彼の奥に潜む本音が溢れ出す。
「俺は譲らないよ。誰にも渡さない」
優しいだけじゃない。
安心と独占欲――その落差に揺さぶられて、エリナの胸は恋に気づいていく。
安心できる人が、唯一の人になるまで。
甘く切ない幼馴染ラブストーリー。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
もふもふグリフォンの旦那様に溺愛されています
さら
恋愛
無能だと罵られ、聖女候補から追放されたリリア。
行き場を失い森を彷徨っていた彼女を救ったのは――翼を広げる巨大なグリフォンだった。
人の姿をとれば美丈夫、そして彼は自らを「旦那様」と名乗り、リリアを過保護に溺愛する。
森での穏やかな日々、母の故郷との再会、妹や元婚約者との因縁、そして国を覆う“影の徒”との決戦。
「伴侶よ、風と共に生きろ。おまえを二度と失わせはしない」
追放から始まった少女の物語は、
もふもふ旦那様の翼に包まれて――愛と祈りが国を救う、大団円へ。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる