虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第三部

爺の病

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 組長は廊下を重い足取りで歩いていた。とある部屋の前で立ち止まると徐ろに準備運動を開始した。

 朝から爺からの呼び出しがあった。
嫌な予感しかしない。前回の一件で爺の通販に関しては極力関与しないことにしたが、唯一エロい店からのDMが届いたら片っ端に燃やしている。一つ中身を確認するとどうやら爺は顧客ランク最上位のブラック会員らしい。
 一体どれほど購入すればここまで上り詰めるのか聞いてみたくなった。

 どうやら絶倫というのは俺が思っているより過酷な環境らしい。

「爺、入るぞ──」
「おう、入れ」

 気合いを入れて部屋に入ると部屋の中央で爺が正座をしていた。それだけで緊張度が増す。

「……座れ」
「あぁ……」

 用意されていた座布団に座るが攻撃を警戒し、少し爺から距離を取る。

「早速じゃが……実はな……司、わしはな──病気じゃ」

「ボケたか。絶倫だろ……知ってるよ。もう自他共に認める立派な病だろ」

 そのせいで腹上死寸前だったことを忘れているのだろうか。他人に言えない死に方ぶっちぎりのナンバーワンだ。

「ふん……そうじゃない……胸がチクチクするんじゃ。寝ても覚めても──」

「は!? なんだよ、早く言えよ! 狭心症か? 救急車──」

「病院でも治らん。これは──恋じゃ」

「…………は?」

「恋を、しちゃいました……」

 どこかのアイドルのタイトルでこんな感じのがあった気がする。
 爺が言っても可愛げはない。

 爺は正座した太腿の間に両手を挟み恥じらっているのかモジモジしている。いい年した爺さんがそんなことをしていると尿意を我慢しているようにしか見えない。


「本気か? 爺──そんなこと今まで言ったことなかったじゃねぇか」

「ふ……寝ても覚めてもその女のことばかりじゃ──病気じゃろ?」

 胡座を座り直すと組長は咳払いをした。これは本気かもしれないと思い始めた。

「……で? どこの女だ? ん?」

 驚いたが正直嬉しい。爺に春がやってこようとしている。

「少し高嶺の花でな、会うのに少し金がかかる……司、お前に相談したいのはそこじゃ──少しお金がかかっても構わんか?」

「──そうか……爺が好きなら、会いに行けばいい。俺は、反対しない……」

 随分と高級な店の女らしい。
 だが、爺の切なそうな顔を見て、行くな……諦めろとは言えない。

 愛する人に会えないものほど、辛いものはない。爺に幸せになってほしい──。


「司──お前は本当にいい子じゃな……」

「俺ももう大人だ。爺を養うことぐらい出来る。好きなだけ使えば──」

「有料チャンネルだからなかなか手が出なくてな……会員になれば見放題で特典映像も見られるらしいんじゃ。そうと決まれば月額コースに申し込もうかの! ふふふ」

「──有料? 見放題? 月額コース?」

「うむ、最近わしが推しとるAV女優のサツキちゃんじゃ……なかなかない逸材でな! 胸もとんがっとるし、これまでも新作が出ればお世話になっておったのだが、インターネット配信を知って──」

「どこが恋だよ。恋じゃねぇよ、画面の向こうの人間だろうが。ダメだ、無課金で生きろ! キリがねぇよ!」

 もう少しで大金をドブに捨てるところだった。ただのエロ動画を見まくりたいだけだったらしい。こんな絶倫の欲望の解消に付き合えば間違いなく龍晶会は破産する。

「な、なんじゃ! 司! 会いに行っていいと──」

「それは会ってないだろ。一方的に拝ませてもらって一人で抜いてるだけだ。絶倫のたかが一発のために金は出さねぇからな!」

 爺が不満げに胡座をかくと膝を撫でて拗ね出した。口を尖らせ冷たい視線を浴びせてくる。いつからこんな幼気な高齢者を演じれるようになったのだろう……しかし俺は騙されない。爺は女を抱き潰す兵器だ。

「一発なわけなかろう、二桁は──」

「補足情報は結構だ。孫に詳細をカミングアウトしないほうがいいぞ」

 毎度思うが爺は俺のことを孫だと思っているのだろうか。実の祖父の性癖を熟知してしまっている孫の切なさを教えてやりたい。

「お前も見ればいい。サツキちゃんの素晴らしさが──」

「あ、なんかいい匂いするな。パンが焼けたかな? 清々しい朝のスタートだな」

 組長は立ち上がると部屋を後にした。
 今朝の朝食のパンに爺のイチオシ……幻のマーガリンを必要以上にたっぷりと塗ることを心に決めた組長だった。
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