虚弱なヤクザの駆け込み寺

第三部

幸のお取り寄せ

　俺が院に到着すると先生が嬉しそうにドアのところまで駆け寄ってきた。なかなか珍しい。長白衣を着た先生は頰を赤らめ両手を組み喜ぶ。

「組長……よかった──」

「……お、おう──」

　こんな愛おしそうに出迎えてくれるなんて嬉しいサプライズだ。組長が幸の頰に触れようと伸ばした手を幸が笑顔でガシッと掴んだ。

　ん？　鷲掴み？

「さぁ……、ヤっちゃいますか」

「え？　今から？……っておい──」

組長の腕を取り幸はベッドへと連れて行った。


「白菜、ネギが高かったか……クソ、やっぱ駅前で買っとくべきだったな。二十円損したな……」

　町田が買い物袋を手に院へと向かっていた。すっかり主婦力がつき少しでも安く買う事を重視するようになった。レシートを見つめながら院の中へと入って行く。

「こんに──」

「やめてくれ！　それは──あぁ！」

　なぬ！？

　町田は思わず身をかがめて院内の様子を見る。確か組長が先に到着しているはずだ……。あの悲鳴はまさか──。

「やっぱり慣れない？　組長の体にはいいかと思って通販で取り寄せてみたんだけど……」

「通販は爺だけでいい！　あぁ、通販で届くものはろくでもない……くっ──んん」

「はりきって会員に登録したのに……ちょっと、力みすぎです。さぁ、深呼吸して？」


　爺様だけでなく先生までお取り寄せを……なんてことだ。

　町田は口元を押さえてわなわなと震える。
　とんでもない現場に居合わせてしまった。

「そうか……管有りより直接指で一気に入れた方が楽なのかと思ってたけど……えい！」

「ん、あぁ、先生もういいだろ？　いつものやつでぶっ刺してくれ……もう十分だ」

　あぁ……剛さんの影響であの可愛かった組長が……いや、いつかはこうなる運命だったのだろう……そう思わなきゃやってられない──。

　町田は剛を恨みつつそっと目尻の涙を指で拭う。

　お取り寄せの武器を使われる組長に同情しつつ、町田はそっと院からの脱出を試みる。音を立てぬよう買い物袋を置きドアノブに手をかける。

　カチッ

　小さな音にカーテンの向こうにいた幸が反応した。

「あ、町田さん！　いつもありがとう。もう少しで終わるんで……」

「あ、いや……ごゆっくり──」

　町田はカーテンの奥の組長が気になったがそのまま院の外へ出た。



「町田か？」

「ええ、なんか顔色が悪かったわ……【腎虚】のせいかもしれないわね」

「先生、この中国鍼、町田に効くんなら後輩ちゃんに送ってやれば？　俺はこれは……苦手だ」

「んもう、せっかく注文したのに……まぁしょうがないっか。美英ちゃんが東京に遊びにきたときにプレゼントしましょ」

　幸のお取り寄せ、中国鍼のお試しは終了したようだ。

　一ヶ月後、美英の手に渡った中国鍼は町田の頭に刺されまくられることになった。髪があるであろう部分にハリネズミのように刺されている。

「兄さん、パンクロック歌手みたいな髪型になりましたよ！　カッコええわ。中国鍼やから太いし」

「そうか、確かに頭を動かすと揺れて本物みたいだな、ハハハ」

　まさかあの日の通販の品が自分の頭に刺さっているとは気付かず恩恵を受ける町田だった。