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第三部
花火大会
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「ねぇ、行こう?」
「……あぁ、まぁ、いいけど」
幸が治療を終えた組長の後ろを付いて回る。合鴨の親子かRPGの移動シーンのようにぴったりくっついて離れない。
今日は花火大会だ。
幸は町田からその話を聞き組長を誘ってみたのだが、組長の反応はイマイチだった。町田は申し訳なさそうに幸に声を掛ける。
「せ、先生──あの花火大会の情報怪しいかも……」
「ちゃんと調べたよー。りんご飴も買いたいし、あ、浴衣持ってないや……とりあえず花火を見たら──」
「……わかった。とりあえず夕方にまた戻ってくる」
組長はそのまま院を出て行ってしまった。
少し前に地元の祭りに連れて行ってくれたのに今回はずいぶん嫌そうだ。
うーん、疲れてるのかな……元気なかったし……。
幸はしつこく言いすぎてしまって困らせたことを後悔していた。
「あの──先生、ちょっといいですか?」
ドアが再び開くと町田が部屋の中へと体を滑り込ませた。組長の後を追わずにまだ残っていたようだ。
「組長は、その……花火は無理だと思います──すみません、うっかりしていて先生に花火大会のことを話したばっかりに……」
「無理……花火が?」
町田は俯き何かを思い出しているようだ。その表情は切なそうだ。
「あの日──花火大会からの帰り道に、ご両親が交通事故でお亡くなりになったんです。ご両親を目の前で亡くしたと聞きました」
幸は言葉が出なかった。
さっきの組長の寂しげな横顔を思い出した。自分の目が潤んだのが分かった。
「あの、私、組長に悪いことを……」
町田は幸の肩に優しく触れると首を横に振り優しく微笑んだ。
「いいえ、きっと組長もあの日ご両親と見た最後の花火をもう一度見たいと思っていると思います……先生が、そばにいて下されば、大丈夫ですよ。さ──もう泣き止んでください? 私の頭がりんご飴みたいにされちゃいます」
町田は自身の頭を撫でると豪快に笑った。幸は涙を拭うと大きく頷き、町田の頭を見て笑った。
町田が外に出ると組長は花壇に腰掛けて座っていた。初めて会った葬式の日を思い出した。ご両親の棺桶の前に座っていた時と同じ顔をしている。
「組長?」
「…………」
「──坊ちゃん?」
懐かしい呼び方に組長が顔を上げる。その瞳は揺れていた。
坊ちゃん
もうずいぶんと長く使われていない呼び名だ。
町田がそばに来ると組長に自身の頭を差し出す。
「必要では、ないですか?」
両親が死んだ日のことは朧げだ。
覚えているのは車の中で聞いた鳴り響く花火の音と、誰のものかも分からない血の匂いだけだ。
花火大会の途中で眠たくなって帰りたいと言った。自分のせいで、両親は死んだ。
その事実で俺の心は音もなく砕けてしまった──。
葬式の日にやたらと話しかけてくる男がいた。それが町田だった。
『坊ちゃん、いいんですよ。俺の頭は掴みやすいし、ほら、いい音もするでしょう?これからは坊ちゃんのそばにいますから……悲しい時や悔しい時はこの頭を叩いてください……』
あれから町田と、この頭はずっと俺のそばにいた。いつだって俺のそばにいた。
「町田、悪かった──ありがとう」
組長は震える手を町田の頭にそっと置いた。
「ありがとうな──」
町田は頭を下げたまま顔を上げようとしなかった。もしかしたら、俺に見られないように泣いていたのかもれない。俺はそのままゆっくりと事務所へと歩き出した。町田がゆっくりと歩き出す気配がした。俺は決して振り返らなかった。
花火大会の開始時間になり、俺は院へと向かっていた。院の前で先生が浴衣姿で待っていた。
「どうかな? 大急ぎで買ってきたんだけど」
「可愛い……浴衣だとどこでもヤれるから──」
「……ヤれる? 殺されるって意味でいいんですよね──」
「悪い……」
組長は幸の手を掴んでクククと笑う。その笑顔を見て幸も微笑み返した。そのままゆっくりと会場へと向かう。
その途中で花火が打ち上がった。
ドーン
音がすると一瞬組長の手が震えた気がした。その手をしっかりと握ると幸は「たーまやー」と声を出した。
「今時声を出す人いないんじゃないか?先生」
「どうせ古風よ、古いわよ」
幸は組長の手を引っ張って歩き出した。そのまま続けて何発か大きな花火が上がった。組長は静かにそれを見つめていた。
「組長……花火って弔いの意味があるんだって、だから盆に多いのかな?──きっと夜空から見つめている人も言ってるんじゃないかな? たーまやーって……」
幸が組長の頬を撫でる。
「さぁ、言ってみたら?……うん?」
「……っ」
一瞬、一瞬だけ先生の顔が母さんに見えた。俺は次々に打ち上がる花火を見て呟いた。
「……たーまや」
先生は俺の頭を優しく撫でて微笑んだ。
その日俺は先生にりんご飴を買ってあげた。嬉しそうに頬張る先生を見て幸せだった。
「……あぁ、まぁ、いいけど」
幸が治療を終えた組長の後ろを付いて回る。合鴨の親子かRPGの移動シーンのようにぴったりくっついて離れない。
今日は花火大会だ。
幸は町田からその話を聞き組長を誘ってみたのだが、組長の反応はイマイチだった。町田は申し訳なさそうに幸に声を掛ける。
「せ、先生──あの花火大会の情報怪しいかも……」
「ちゃんと調べたよー。りんご飴も買いたいし、あ、浴衣持ってないや……とりあえず花火を見たら──」
「……わかった。とりあえず夕方にまた戻ってくる」
組長はそのまま院を出て行ってしまった。
少し前に地元の祭りに連れて行ってくれたのに今回はずいぶん嫌そうだ。
うーん、疲れてるのかな……元気なかったし……。
幸はしつこく言いすぎてしまって困らせたことを後悔していた。
「あの──先生、ちょっといいですか?」
ドアが再び開くと町田が部屋の中へと体を滑り込ませた。組長の後を追わずにまだ残っていたようだ。
「組長は、その……花火は無理だと思います──すみません、うっかりしていて先生に花火大会のことを話したばっかりに……」
「無理……花火が?」
町田は俯き何かを思い出しているようだ。その表情は切なそうだ。
「あの日──花火大会からの帰り道に、ご両親が交通事故でお亡くなりになったんです。ご両親を目の前で亡くしたと聞きました」
幸は言葉が出なかった。
さっきの組長の寂しげな横顔を思い出した。自分の目が潤んだのが分かった。
「あの、私、組長に悪いことを……」
町田は幸の肩に優しく触れると首を横に振り優しく微笑んだ。
「いいえ、きっと組長もあの日ご両親と見た最後の花火をもう一度見たいと思っていると思います……先生が、そばにいて下されば、大丈夫ですよ。さ──もう泣き止んでください? 私の頭がりんご飴みたいにされちゃいます」
町田は自身の頭を撫でると豪快に笑った。幸は涙を拭うと大きく頷き、町田の頭を見て笑った。
町田が外に出ると組長は花壇に腰掛けて座っていた。初めて会った葬式の日を思い出した。ご両親の棺桶の前に座っていた時と同じ顔をしている。
「組長?」
「…………」
「──坊ちゃん?」
懐かしい呼び方に組長が顔を上げる。その瞳は揺れていた。
坊ちゃん
もうずいぶんと長く使われていない呼び名だ。
町田がそばに来ると組長に自身の頭を差し出す。
「必要では、ないですか?」
両親が死んだ日のことは朧げだ。
覚えているのは車の中で聞いた鳴り響く花火の音と、誰のものかも分からない血の匂いだけだ。
花火大会の途中で眠たくなって帰りたいと言った。自分のせいで、両親は死んだ。
その事実で俺の心は音もなく砕けてしまった──。
葬式の日にやたらと話しかけてくる男がいた。それが町田だった。
『坊ちゃん、いいんですよ。俺の頭は掴みやすいし、ほら、いい音もするでしょう?これからは坊ちゃんのそばにいますから……悲しい時や悔しい時はこの頭を叩いてください……』
あれから町田と、この頭はずっと俺のそばにいた。いつだって俺のそばにいた。
「町田、悪かった──ありがとう」
組長は震える手を町田の頭にそっと置いた。
「ありがとうな──」
町田は頭を下げたまま顔を上げようとしなかった。もしかしたら、俺に見られないように泣いていたのかもれない。俺はそのままゆっくりと事務所へと歩き出した。町田がゆっくりと歩き出す気配がした。俺は決して振り返らなかった。
花火大会の開始時間になり、俺は院へと向かっていた。院の前で先生が浴衣姿で待っていた。
「どうかな? 大急ぎで買ってきたんだけど」
「可愛い……浴衣だとどこでもヤれるから──」
「……ヤれる? 殺されるって意味でいいんですよね──」
「悪い……」
組長は幸の手を掴んでクククと笑う。その笑顔を見て幸も微笑み返した。そのままゆっくりと会場へと向かう。
その途中で花火が打ち上がった。
ドーン
音がすると一瞬組長の手が震えた気がした。その手をしっかりと握ると幸は「たーまやー」と声を出した。
「今時声を出す人いないんじゃないか?先生」
「どうせ古風よ、古いわよ」
幸は組長の手を引っ張って歩き出した。そのまま続けて何発か大きな花火が上がった。組長は静かにそれを見つめていた。
「組長……花火って弔いの意味があるんだって、だから盆に多いのかな?──きっと夜空から見つめている人も言ってるんじゃないかな? たーまやーって……」
幸が組長の頬を撫でる。
「さぁ、言ってみたら?……うん?」
「……っ」
一瞬、一瞬だけ先生の顔が母さんに見えた。俺は次々に打ち上がる花火を見て呟いた。
「……たーまや」
先生は俺の頭を優しく撫でて微笑んだ。
その日俺は先生にりんご飴を買ってあげた。嬉しそうに頬張る先生を見て幸せだった。
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