虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第三部

さようなら下僕

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 俺はいま困惑している。
 人生で初めて魔の三角関係に陥っている。

「ふざけないで……正太郎ごときが触れて良いわけないでしょう」

「光田様は嫌がってないだろうが……」

 右腕に心がぶら下がり、左腕を松崎がすごい力で引っ張る。正直このままだと肩を脱臼しそうだ。この状況をって言うんだなと、どこか人ごとのように考えていた。

 俺は心から連絡をもらい駅前で待っていた。
通りの向こうから心の姿を見つけると腕を振った。すると笑顔だった心の表情が変わりみるみる般若のような顔へと変貌した。

 な、なんや? なんでめちゃ怒ってんの?

 次の瞬間背後から誰かに抱きしめられた。

「……みぃつけた」

 後ろを振り返るとそこには心の元婚約者の松崎が俺を羽交い締めにしていた。

「のぁ! な、何してんねん! は、離せ!」

 光田が肘打ちを食らわすと松崎は顔を赤らめ大きく頷く。痛みで悶えながらも白い歯を見せて笑う。

「出会って五秒で腹に一発なんて……すごい」

「どっかのエロいタイトル持ってくんなや」

 あれから松崎は光田の前に姿を現していた。さりげなく現れて光田を追いかけ回していた。
 結局我慢の限界を迎えた光田に蹴られるのだがそれが嬉しくてたまらないらしい……。

 その間に心がすごいスピードで駆けつけて光田の手を取る。

「やはり現れたわね……運命からは逃れられないのね」

「え、何なん? 急にそのRPGのラスボス感……」

 心は松崎を睨みつける。松崎は不敵な笑みを浮かべている。二人の間に再び見えない火花が散る。

「正太郎……光田様は私と見えない糸で結ばれているのよ、あなたの入る余地はないわ」

「手錠でも縄でもあるだろうが」

 運命の糸より頑丈そうだ……名台詞が台無しだ。

「光田様はこう見えて涙腺が弱いのよ……あなたからすれば許し難いでしょう?」

「目隠しされてるから見えない」

 良い返答に思わず光田も唸る──そうきたか。確かにな。松崎のファインプレーに光田は手を叩きそうになる。

 心が真っ赤な顔をして頬を膨らませる。そろそろ限界だろう。

「正太郎のバカ! なんで邪魔するのよ! もう私の前に現れないで!」

「あぁ、お別れだ」

 松崎の言葉に心だけじゃない、光田も固まる。聞き間違えたのか?確かに今……お別れって……。

「俺、就職が決まった。四国の会社だ。小さいところだけど社長さんがいい人で前科者でも良いってさ……今までありがとうな」

「四国──四国に……」

 心が呆然としている。
 松崎はもう足を洗ってヤクザではない事に改めて気付いたようだ。もう、しがらみがない事を、自由だという事を……。

 光田はその姿を見て心の背中を押し松崎に近付ける。心は光田を振り返る。その眉間にはシワが刻まれている。今にも泣きそうだ。

「……ちゃんと別れの挨拶せなあかん──ほら」

 心は松崎と視線が合うと思わず逸らす。

「……バツが悪いことがあるとそうやって視線を逸らすのは変わらないな。心、お前が幸せそうで嬉しかった。光田様は良い人だよ。転んだお婆ちゃんを助けたり、脱走した犬を交番に届けたりできる優しいヤクザだ」

「……正太郎……」

「それ、あかんヤクザの例やん。やめてくれる? そういうの」

 いつのまにか見られていたらしい。ヤクザとしては恥ずかしい……。
 心が目一杯背伸びして松崎を抱きしめる。松崎は心を抱きしめると光田の方を向き微笑んだ。

「光田様の事は本気だよ。完璧なご主人になれると思う。少しダークな世界で修行積めば──」

「いや、ヤクザってだけでもう十分ダークだからな、いや、ほんと残念なんだけど、うん」

 光田は言葉の抑揚が消えている。  
 かなりディープな世界のようだ。いくつもの草鞋は履きたくない。そんな才能は開花すべきじゃない。

 松崎は心の目の前に小指を出す。心は鼻をすすりながらその小指に自身の小指を引っ掛ける。子供の時以来のだ。

「お幸せに」

「そっちも、もう、ケンカしちゃダメですわ。豚野郎がブタ箱はだめだから……」

 感動のシーンが台無しだ。光田は二人の背中を見つめていた。

 数ヶ月後心の元に封筒が届いた。そこには一枚の写真が同封されていた。

「……良い、ご主人様ね──」

 写真には日に焼けた松崎と、その横に紫のつなぎを着た金髪の女性が写っていた。その女性に首根っこを掴まれて松崎は幸せそうに笑っていた。
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