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第三部
会長のご乱心
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「叔父貴、呼んだか?」
「あぁ……ここに座れ」
部屋に入ると会長が黒のソファーに座りテーブルの上の茶封筒の束を投げつけ立ち上がる。掛けていた黄色のメガネの老眼鏡を机に置くとトレードマークの黄色のサングラスをかけた。
正直、どっちも見た目は変わらない。なぜ老眼鏡を黄色にするのか理解に苦しむ。
ソファーに腰掛けると会長が溜息をつく。
最近黒嶺会のお陰で売り上げも上がっている。何をそんなに悩んでいるのか──。
微笑む叔父貴の目尻の濃いシワを見て叔父貴も歳をとったことを再認識した。
もう歳だ……無理をさせてはいけないだろう。現に、龍晶会の先代は病院に運ばれたらしい。やはり年には敵わないんだろう。
剛は二人が命を賭けた遊びに興じようとした事を知らない。
「剛──頼みがあるんだが……」
「なんだ?」
剛の両肩を痛いぐらいに掴むとサングラス越しに睨む。満員電車で痴漢を捕まえたような顔をしている。頼みがあるようには思えない。
「いや、俺甥っ子だけど? もうちょっと愛情持った目で──」
「剛──お前昆布好きか?」
「……はい?」
「分からん奴だな……昆布が好きかと聞いている」
「叔父貴の方が分からん奴になってますけど。急に好きなおにぎりの具について聞かれても……いや、まぁ昆布って魅惑的だけどよ」
突然呼び出して昆布はないだろう……。日本人の心を試されているようで、本当はツナとかモッツァレラチーズにおかか醤油オンが好きだとか言いづらくなる。
剛は一気に嗜好を昆布へと寄せていく。
「俺、好きだ──昆布って歯応えもあるし尚且つ白飯の旨味を最大限に……」
「剛、お前……そこまで昆布愛にあふれた人間だったのか……よし、それなら問題ないな。行ってきてくれ」
──行ってきてくれ?
なんの話だろう。
最近はコンビニで二十円引きセールもやっていない。わざわざ俺を呼ばずとも他の組員が買ってきそうだが……。
話が見えず剛が固まっていると。会長が引き出しから小さな箱を出す。
「……これを持って行け」
箱を受け取るとそれは酔い止めだった。
「水無しで飲めるタイプにした……お前のその無駄な胸の筋肉なら参加した日から間違いなくエースになれるはずだ。通常の倍は稼ぐだろう。知り合いのロシア人にも話は通しておこう」
「俺の胸筋無駄とか言うなよ! ただでさえ皆からディスられてんだぞ!……ん? ロシア?」
「剛……昆布漁に行ってこい。そして稼いでこい」
しまった、加工品かと思っていたがどうやら生だったらしい。
無駄な昆布好きアピールなんかするじゃなかった。そもそも昆布好きな奴が行く漁じゃない。船に半年なんて嫌だ。
剛は立ちあがり会長を指差す。
「ちょっと待て! なぜそんな急いで稼ぐ必要があるんだ? 経営は上手くいっているはずだぞ」
「……短期間がいいのならカニ漁でもいいぞ。半分の期間で──」
「大海原に向かって思いを馳せるのは一旦止めようぜ」
叔父貴は大きく息を吐く。一体急にどうしたというのか……。
「すまんな……俺が漁に行けたらいいんだがネトネトした物に触れると掌にぶつぶつが出来るんだ。物を掴むと大変でな──」
「昆布漁だけが稼げる仕事じゃねぇだろ……そもそもなんで金が必要なんだ? うちの会はそんな切羽詰まってないだろうが」
会長が露骨にギクリと体を揺らす。その変化に剛は気付く。
「──何をした? 叔父貴……」
「いや、その……」
一瞬叔父貴の視線が先程まで握られていた茶封筒を捉えたのを剛は見逃さなかった。
「これか」
「ん、ご、剛!」
すぐさま封筒を掴みその中身を確認する……。
有料チャンネル月額◯万円
△△英会話エクセレントプラン月額十◯万円
ピンクの風船〇〇店 飲食代 ◯十万円
剛の眉間のシワが深くなり目つきも険しくなる。年金を貰う世代が使う金額じゃない。特に最後のピンクの風船は有名な風俗店だ──。
「おい……なんだよ、これ──」
「いや、タケちゃんのおススメでな。英会話はソフィアちゃんの帰国で空いてしまった心の穴を埋めに……それがまたいい女でな」
「──心も体も埋めに行ったんだろうが!」
大変だ。
これが毎月請求が来たらマイナスもマイナスだ……。
「この件は……心に相談する──エログッズの転売も、覚悟しておくんだな」
「……!? それだけは止めてくれ! 昆虫採集をせずに頑張った俺の少年時代が!」
「とんでもねぇ学生さんだな、オイ」
かなりプレミア感がありそうだ。心はフリマアプリの鬼だ……きっと高値で売れるだろう。
俺は叔父貴の請求書を握りしめて事務所をあとにした。後日、心の働きもあり随分と収入が入った。叔父貴は数日寝込んだまま部屋から出てこなかった。
「あぁ……ここに座れ」
部屋に入ると会長が黒のソファーに座りテーブルの上の茶封筒の束を投げつけ立ち上がる。掛けていた黄色のメガネの老眼鏡を机に置くとトレードマークの黄色のサングラスをかけた。
正直、どっちも見た目は変わらない。なぜ老眼鏡を黄色にするのか理解に苦しむ。
ソファーに腰掛けると会長が溜息をつく。
最近黒嶺会のお陰で売り上げも上がっている。何をそんなに悩んでいるのか──。
微笑む叔父貴の目尻の濃いシワを見て叔父貴も歳をとったことを再認識した。
もう歳だ……無理をさせてはいけないだろう。現に、龍晶会の先代は病院に運ばれたらしい。やはり年には敵わないんだろう。
剛は二人が命を賭けた遊びに興じようとした事を知らない。
「剛──頼みがあるんだが……」
「なんだ?」
剛の両肩を痛いぐらいに掴むとサングラス越しに睨む。満員電車で痴漢を捕まえたような顔をしている。頼みがあるようには思えない。
「いや、俺甥っ子だけど? もうちょっと愛情持った目で──」
「剛──お前昆布好きか?」
「……はい?」
「分からん奴だな……昆布が好きかと聞いている」
「叔父貴の方が分からん奴になってますけど。急に好きなおにぎりの具について聞かれても……いや、まぁ昆布って魅惑的だけどよ」
突然呼び出して昆布はないだろう……。日本人の心を試されているようで、本当はツナとかモッツァレラチーズにおかか醤油オンが好きだとか言いづらくなる。
剛は一気に嗜好を昆布へと寄せていく。
「俺、好きだ──昆布って歯応えもあるし尚且つ白飯の旨味を最大限に……」
「剛、お前……そこまで昆布愛にあふれた人間だったのか……よし、それなら問題ないな。行ってきてくれ」
──行ってきてくれ?
なんの話だろう。
最近はコンビニで二十円引きセールもやっていない。わざわざ俺を呼ばずとも他の組員が買ってきそうだが……。
話が見えず剛が固まっていると。会長が引き出しから小さな箱を出す。
「……これを持って行け」
箱を受け取るとそれは酔い止めだった。
「水無しで飲めるタイプにした……お前のその無駄な胸の筋肉なら参加した日から間違いなくエースになれるはずだ。通常の倍は稼ぐだろう。知り合いのロシア人にも話は通しておこう」
「俺の胸筋無駄とか言うなよ! ただでさえ皆からディスられてんだぞ!……ん? ロシア?」
「剛……昆布漁に行ってこい。そして稼いでこい」
しまった、加工品かと思っていたがどうやら生だったらしい。
無駄な昆布好きアピールなんかするじゃなかった。そもそも昆布好きな奴が行く漁じゃない。船に半年なんて嫌だ。
剛は立ちあがり会長を指差す。
「ちょっと待て! なぜそんな急いで稼ぐ必要があるんだ? 経営は上手くいっているはずだぞ」
「……短期間がいいのならカニ漁でもいいぞ。半分の期間で──」
「大海原に向かって思いを馳せるのは一旦止めようぜ」
叔父貴は大きく息を吐く。一体急にどうしたというのか……。
「すまんな……俺が漁に行けたらいいんだがネトネトした物に触れると掌にぶつぶつが出来るんだ。物を掴むと大変でな──」
「昆布漁だけが稼げる仕事じゃねぇだろ……そもそもなんで金が必要なんだ? うちの会はそんな切羽詰まってないだろうが」
会長が露骨にギクリと体を揺らす。その変化に剛は気付く。
「──何をした? 叔父貴……」
「いや、その……」
一瞬叔父貴の視線が先程まで握られていた茶封筒を捉えたのを剛は見逃さなかった。
「これか」
「ん、ご、剛!」
すぐさま封筒を掴みその中身を確認する……。
有料チャンネル月額◯万円
△△英会話エクセレントプラン月額十◯万円
ピンクの風船〇〇店 飲食代 ◯十万円
剛の眉間のシワが深くなり目つきも険しくなる。年金を貰う世代が使う金額じゃない。特に最後のピンクの風船は有名な風俗店だ──。
「おい……なんだよ、これ──」
「いや、タケちゃんのおススメでな。英会話はソフィアちゃんの帰国で空いてしまった心の穴を埋めに……それがまたいい女でな」
「──心も体も埋めに行ったんだろうが!」
大変だ。
これが毎月請求が来たらマイナスもマイナスだ……。
「この件は……心に相談する──エログッズの転売も、覚悟しておくんだな」
「……!? それだけは止めてくれ! 昆虫採集をせずに頑張った俺の少年時代が!」
「とんでもねぇ学生さんだな、オイ」
かなりプレミア感がありそうだ。心はフリマアプリの鬼だ……きっと高値で売れるだろう。
俺は叔父貴の請求書を握りしめて事務所をあとにした。後日、心の働きもあり随分と収入が入った。叔父貴は数日寝込んだまま部屋から出てこなかった。
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