忘れられたら苦労しない

菅井群青

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23.友人なのだから

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 夜遅くに珍しく洋介から着信がある。大輝は部屋でテレビを見ていたが、リモコンの消音ボタンを押し電話に出る。

「おーっす、おつかれ、どうした?」

『悪い、ちょっと今から動けるか? 涼香ちゃんが酔いつぶれているらしいんだ』

「……は? 一人で?」

『そうらしい……弘子は出張でこっちにいないんだ。涼香ちゃんから電話が掛かってきたらしいんだが、何言ってるかよく分かんないらしい。俺は酒を飲んでて車出せないんだ……悪いが頼めるか? 例のイカの店だ』

 大輝はベッドの上の時計を見る。もうすぐ日が変わる。明日が土曜日だからと言って羽を伸ばしたわりには飲み過ぎだ。

 何かあったのかもしれない……。まさか元彼絡みか?

「まかしとけ、また連絡する」

 大輝は車のキーを取り出すと部屋を出た。

 大輝が店に着くとカウンターの席で涼香がぼうっとしたまま座っていた。ただひたすら目の前のイカの一夜干しを見つめている。

「涼香、ちゃん?」

 驚かさぬように声を掛けると涼香は真顔から満面の笑みになる。

「大輝くんっこんばんは」

 まるで純粋な少女のようだ。大輝は空いている隣の席に座る。通りすがりの店員にウーロン茶と水を注文する。

「ふん、ふふふん、ふんふん、ふん」

 涼香はご機嫌なようで鼻歌交じりに目の前のイカを箸で掴むと口に運ぶ。大輝はこんなにも酔った涼香を見るのは初めてだった。酔うとこんなにも無邪気になのだと知る。

 そばにあったビールジョッキに手を伸ばそうとするのを制止し、それを手の届かぬところへと移動する。涼香はご機嫌斜めになり大輝の胸元を叩く。

「いじわる。大輝くんなんか嫌い」

 口を尖らせて拗ねる涼香に大輝は思わず笑ってしまう。可愛すぎる。

「一番は私……最悪……ふ……」


 涼香は突然泣き始めた。ポロポロと涙を流しながらイカを頬張る。さっきまでの上機嫌が嘘のようだ。

「え、ちょっと……あ、いや──イカがおいしいかなーなんて……」

 通り過ぎる人達が大輝に鋭い視線を送る。カウンター越しの大将も訝しげな表情でこちらを見下ろす。かなり気まずい。

 大輝は慌てて会計を済ますと涼香の腕を取り店を出た。そのまま近くのパーキングに停めた車の助手席に涼香を押し込んだ。
 久しぶりに好奇の目に晒された……。冷や汗が出た。額に拳を当てると思わず溜め息が出る。

 一体何があったんだ?

 車の中を覗いてみると涼香が眠り出したのが見えた。大輝は運転席に乗り込むと車を走らせた。行き先は一つしか残されていない──。


 ぼんやりとした明かりが見える……。見慣れない橙の光が目に刺さる。さらっとしたシーツが頰に当たり心地が良い。 
 ここは──?

 殺風景な部屋だ。ベッドに小さなテーブル、小説がたくさん置かれた本棚がある。曇りガラスで仕切られているが隣の部屋は台所だろう。水の音が聞こえる……シャワー?

「な!?」

 一気に微睡みの世界から戻された。ここはどこだ? 確か……武人と別れて居酒屋で飲んでて、弘子を呼ぼうとして……そこからの記憶はない。ラブホテルには見えない……。相手の部屋か?

「最悪だ……何してんのよ、いい歳して……」

 急いで置いてある荷物を抱える。自分の服装を確かめると乱れていない。

よかった……何もしてないみたいだ。 

 急いで玄関に向かうと風呂場のドアがタイミングよく開いた……。ドアから伸びた手が置いてあったバスタオルを掴む。心臓の鼓動が相手の男にまで伝わりそうで口元を抑える。

 相手の男はあっという間に腰にタオルを巻き出てきた。そして涼香と目があった瞬間に大きな声を出す。

「ぬぉあ!!……って、なんだよ、涼香ちゃんじゃん……脅かすなよ……心臓止まるかと──」

 髪が濡れたまま暗闇の中に立つ男は知った声だった。

「え? 大輝くん?──なんでここに?」

「いや、ここ俺の家だけど? 酔っ払ってぐだぐだの誰かさんをわざわざ迎えに行ったんですけど? そしたら急に泣かれて店の客に冷たい目で見られて散々だったんですけど?……わかった?」

「あ、あの……申し訳ない──」

 涼香はみるみる小さくなる。どうやら悪酔いして迷惑をかけたようだ。
 その後髪を乾かしスウェット姿の大輝と対面する。照明をつけ部屋が明るくなると大輝らしいグレーと黒で統一された綺麗な部屋の全貌が見えた。涼香がキョロキョロと見ていると大輝は恥ずかしそうに苦笑いした。

「普通の部屋だろ?」

「いや、なんか大輝くんって感じ……ごめんね、休みの前の日にこんな酔っ払いの介抱させて」

 涼香が頭を下げるが大輝の表情は晴れない。

「……で? 何があったの?」

「……バレてますか」

「当然でしょ……涼香ちゃん一人で飲むようなタイプにも思えない」

 涼香は俯いたまま何も言わない。
 大体は見当がついていた。元彼のことだろう……荒れるようなことを言われたのかもしれない。

「あのね、武人に──いや、違うな」

「なんだよ、気になるだろ。思ったことを言えよ」

 顔を上げた涼香の顔は真っ赤だった。大輝の顔を見て無意識に唇を噤んで指で下唇を触れる──。

 大輝は涼香の仕草で何が起こったのか何となく分かってしまった。一気に血が脳に上がり血の匂いがした。

「あ、あの……キ、ス……されたの。でも──」

「……よりを、戻せた?」

 無意識に声が出た。考えてもいないことがすらっと口から出たことに驚く。涼香は首を横に振った。

「戻せなかった……武人を二年前みたいに純粋に、愛せないから──二年もかけて気づくなんて、本当にバカね」

 涼香の表情は切なげだった。泣いているような笑っているようなそんな顔だった。
 抱きしめたくなった。その顔を胸の中に閉じ込めたくなった。

「大輝くんのお陰だよ。ちゃんと自分の気持ちに気付けたのは……本当にありがとう……大輝くんに会わなきゃあの店で武人にも再会できなかったし、本当に──」

 大輝は涼香を抱きしめた。何も言わずにただじっと胸の中に閉じ込めた。

 え?

 涼香はどうしていいかわからず固まる。

 それは大輝も同じだった。無意識に涼香を抱きしめてしまった。どうしたらいいのかわからずそのまま固まっていた。

 なんで、俺はこんなことをしてるんだ?
 抱きしめなくてもよかったろ?頭を撫でるだけでいいじゃないか、いつもそうしているのに。なんでこんなこと……。

 まるで、こんなの──涼香ちゃんのことが好きみたいじゃないか。

 自分で思った瞬間胸が痛くなる。

 おかしい……。
 希が好きだ。忘れてない。涼香ちゃんは友達だ。お互いに心に別の人がいるから気兼ねなく一緒に居れただろう?

 気持ちに反して大輝は涼香を抱きしめる力を強める。

「……ありがとう大輝くん、慰めてくれて」

「……お互い様だから」

 その日は遅かったので涼香は大輝の部屋に泊まった。もちろん、何もない。正直誰かがそばにいてくれて嬉しかった。
 そのまま話をしているうちに寝入ってしまっていたようだ。気がつくと涼香はベッドで寝て、大輝はその下のカーペットで寝ていた。大輝の寝顔は穏やかだった。




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