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第十七話
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「サーカス、楽しかったですね」
「ああ、そうだな」
サーカスの興行を見終わった後。
フェリックスとマコトは、近くの公園で休んでいた。
夜の公園は静かで、二人きりだった。
「初めて見るものだらけでした。異世界のサーカスはすごいんですね!」
サーカスの出し物を思い出しながら、マコトは頬を紅潮させていた。
夜風の冷たさなど、まるで気にならなかった。
「ああ、マコトが楽しんでくれて何よりだよ」
「先輩は、以前にもサーカスを観たことはあるんですか?」
「ああ……まあ、な」
「……?」
彼の返答に翳りがあったような気がして、マコトは彼の顔をじっと見つめた。
「オレはな、育ての親に贔屓してもらったことはなかった。かといって冷遇されてたわけでもないんだがな」
月を見上げて、語り出した。
小さいころ、幼いフェリックス少年は自分が国王の息子だとは知らなかった。育ての親には養子だとは説明されていたが、実の親は没落して自殺した貴族だと聞かされていた。
虐げられていたわけではないが、育ての親の実の子である他の兄弟たちと比べると、彼への対応はいつも他人行儀だった。彼はいつも他人の家に居候させてもらっている気分だったという。
ところがある日、育ての両親はオレだけをサーカスに連れていってくれた。不器用なだけで、彼らも自分をちゃんと愛してくれているのだとフェリックス少年は誇らしくなった。
そのサーカスは国王の誕生祭を記念して興行されたもので、国王も臨席した。サーカスの日、フェリックスは初めて国王の顔を知った。誕生祭の挨拶でも顔を出すが、そのときは遠くからでとても顔がわかるものではない。だが、サーカスの天幕内の距離ならば顔が見れるくらいには近かった。
その後十代になったフェリックスに、実の父親は国王であることが告げられた。
「そのとき、悟ったんだ。サーカスに連れていってくれたのは、『実の親の顔も知らないなんて可哀想だ』という憐憫の情からだったんだとね。決して、実の子と同じく大事に思ってくれている証などではなかった。大切に抱えていたサーカスの日の思い出は、壊れてしまったんだ」
「先輩……」
どう言葉をかければいいか、わからなかった。
ただ切なくて胸が締めつけられて、涙が零れ落ちていた。
「うわっ、涙でぐしょぐしょじゃないかマコト!」
月を見上げていた彼がマコトに視線を移し、ボロ泣きしていることに気がついた。
「オレのために泣いてくれたんだ、ありがとな」
懐からハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
優しい手つきだった。
「でもオレはもう大丈夫だよ。マコトと一緒にサーカスに来れたからな」
「へ……?」
それってどういう意味だろう、とマコトは目元が赤くなった顔できょとんとする。
「サーカスはずっと苦手だったけど。大切な人と一緒に来れたら、いい思い出の場にできると思ったから。実際、いい思い出になったよ。だからオレはもう大丈夫」
胸の鼓動が、急に速くなる。
トクトクトク。速くなったまま、緩まる様子がない。
「だ、大事な人って、それって……!」
彼の言い方では、まるでマコトのことが大事みたいだ。
(そんなこと絶対あるはずないけど、でも、でも……これがデートだって信じていいのだろうか)
期待にマコトの瞳が潤む。
「うん、そうなんだ。オレはマコトのことを大切に想っている。好きなんだ。マコトと一緒なら、いい思い出を作れる……それくらい好きだよ」
彼の言葉が、はっきりと耳に届いた。
届いたけれど、信じられなかった。
彼が自分のことが好きだなんて。
「な、なんで……だって、僕なんて、さえなくて、可愛くなくて、眼鏡で、先輩のことを好きになってくれる人はもっと他にもたくさんいると思うのに、なんて僕なんか……」
嬉しさゆえだろうか。
再びぼろぼろと涙が零れてきて、マコトの頬を濡らした。
「何を言ってるんだ、マコトは可愛い。それにマコトは常にオレに期待してくれた。オレに期待に応えることを教えてくれた。マコトのおかげで、変わることができたんだ。マコトは知らないだろうけど、以前のオレの勤務態度はそれは酷いものだったんだぜ」
彼はくすりと笑いながら教えてくれた。
たびたびそういう話は他の職員から聞く。
でもマコトにとっては、いまの彼がすべてだ。彼は真面目で優しくて、ブライアンの仕事を代わりに引き受けたときのように常に他人のためを思って行動する。
素晴らしい、尊敬すべき先輩だ――――そして、恋しい人だ。
そんな恋しい人が、好きだと言ってくれた。
マコトはやっと現実が理解できた。
「マコトさえ嫌じゃなければ、オレはマコトの恋人になりたい。どうかな? ……マコトの返事を、聞かせてほしい」
涙がすべてなくなるまで、彼は丹念にマコトの顔をハンカチで拭いた。
「僕、僕……信じられないくらい嬉しいです。もちろん、先輩の恋人にさせてください」
マコトが返事をすると、彼は束の間固まり……それから、情熱的にマコトを抱擁した。
「嬉しい。オレも嬉しいよ、マコトが頷いてくれて! 今日は人生で最高の日だ!」
彼に抱き締められながら、サーカスを彼にとっていい思い出にできてよかったと思ったのだった。
だってサーカスといえば、マコトにとってはいまは亡き両親に連れていってもらった場所。楽しい思い出の詰まった場所なのだから。
(先輩、僕も人生で最良の気分です……自分を大切に想ってくれる人ができたなんて)
こうして、二人は恋人となった。
もう、独りではない。
「ああ、そうだな」
サーカスの興行を見終わった後。
フェリックスとマコトは、近くの公園で休んでいた。
夜の公園は静かで、二人きりだった。
「初めて見るものだらけでした。異世界のサーカスはすごいんですね!」
サーカスの出し物を思い出しながら、マコトは頬を紅潮させていた。
夜風の冷たさなど、まるで気にならなかった。
「ああ、マコトが楽しんでくれて何よりだよ」
「先輩は、以前にもサーカスを観たことはあるんですか?」
「ああ……まあ、な」
「……?」
彼の返答に翳りがあったような気がして、マコトは彼の顔をじっと見つめた。
「オレはな、育ての親に贔屓してもらったことはなかった。かといって冷遇されてたわけでもないんだがな」
月を見上げて、語り出した。
小さいころ、幼いフェリックス少年は自分が国王の息子だとは知らなかった。育ての親には養子だとは説明されていたが、実の親は没落して自殺した貴族だと聞かされていた。
虐げられていたわけではないが、育ての親の実の子である他の兄弟たちと比べると、彼への対応はいつも他人行儀だった。彼はいつも他人の家に居候させてもらっている気分だったという。
ところがある日、育ての両親はオレだけをサーカスに連れていってくれた。不器用なだけで、彼らも自分をちゃんと愛してくれているのだとフェリックス少年は誇らしくなった。
そのサーカスは国王の誕生祭を記念して興行されたもので、国王も臨席した。サーカスの日、フェリックスは初めて国王の顔を知った。誕生祭の挨拶でも顔を出すが、そのときは遠くからでとても顔がわかるものではない。だが、サーカスの天幕内の距離ならば顔が見れるくらいには近かった。
その後十代になったフェリックスに、実の父親は国王であることが告げられた。
「そのとき、悟ったんだ。サーカスに連れていってくれたのは、『実の親の顔も知らないなんて可哀想だ』という憐憫の情からだったんだとね。決して、実の子と同じく大事に思ってくれている証などではなかった。大切に抱えていたサーカスの日の思い出は、壊れてしまったんだ」
「先輩……」
どう言葉をかければいいか、わからなかった。
ただ切なくて胸が締めつけられて、涙が零れ落ちていた。
「うわっ、涙でぐしょぐしょじゃないかマコト!」
月を見上げていた彼がマコトに視線を移し、ボロ泣きしていることに気がついた。
「オレのために泣いてくれたんだ、ありがとな」
懐からハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
優しい手つきだった。
「でもオレはもう大丈夫だよ。マコトと一緒にサーカスに来れたからな」
「へ……?」
それってどういう意味だろう、とマコトは目元が赤くなった顔できょとんとする。
「サーカスはずっと苦手だったけど。大切な人と一緒に来れたら、いい思い出の場にできると思ったから。実際、いい思い出になったよ。だからオレはもう大丈夫」
胸の鼓動が、急に速くなる。
トクトクトク。速くなったまま、緩まる様子がない。
「だ、大事な人って、それって……!」
彼の言い方では、まるでマコトのことが大事みたいだ。
(そんなこと絶対あるはずないけど、でも、でも……これがデートだって信じていいのだろうか)
期待にマコトの瞳が潤む。
「うん、そうなんだ。オレはマコトのことを大切に想っている。好きなんだ。マコトと一緒なら、いい思い出を作れる……それくらい好きだよ」
彼の言葉が、はっきりと耳に届いた。
届いたけれど、信じられなかった。
彼が自分のことが好きだなんて。
「な、なんで……だって、僕なんて、さえなくて、可愛くなくて、眼鏡で、先輩のことを好きになってくれる人はもっと他にもたくさんいると思うのに、なんて僕なんか……」
嬉しさゆえだろうか。
再びぼろぼろと涙が零れてきて、マコトの頬を濡らした。
「何を言ってるんだ、マコトは可愛い。それにマコトは常にオレに期待してくれた。オレに期待に応えることを教えてくれた。マコトのおかげで、変わることができたんだ。マコトは知らないだろうけど、以前のオレの勤務態度はそれは酷いものだったんだぜ」
彼はくすりと笑いながら教えてくれた。
たびたびそういう話は他の職員から聞く。
でもマコトにとっては、いまの彼がすべてだ。彼は真面目で優しくて、ブライアンの仕事を代わりに引き受けたときのように常に他人のためを思って行動する。
素晴らしい、尊敬すべき先輩だ――――そして、恋しい人だ。
そんな恋しい人が、好きだと言ってくれた。
マコトはやっと現実が理解できた。
「マコトさえ嫌じゃなければ、オレはマコトの恋人になりたい。どうかな? ……マコトの返事を、聞かせてほしい」
涙がすべてなくなるまで、彼は丹念にマコトの顔をハンカチで拭いた。
「僕、僕……信じられないくらい嬉しいです。もちろん、先輩の恋人にさせてください」
マコトが返事をすると、彼は束の間固まり……それから、情熱的にマコトを抱擁した。
「嬉しい。オレも嬉しいよ、マコトが頷いてくれて! 今日は人生で最高の日だ!」
彼に抱き締められながら、サーカスを彼にとっていい思い出にできてよかったと思ったのだった。
だってサーカスといえば、マコトにとってはいまは亡き両親に連れていってもらった場所。楽しい思い出の詰まった場所なのだから。
(先輩、僕も人生で最良の気分です……自分を大切に想ってくれる人ができたなんて)
こうして、二人は恋人となった。
もう、独りではない。
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