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おまけ
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しおりを挟むその日、彼女は通算10度目の逃亡をしていた。
「お待ちください」
彼女はその声に立ち止まった。
くるりと振り返れば、ふんわりとスカートが揺れた。この国はあまり好きではないが、この揺れるスカートは可愛いと思う。
そんなことを考えながら、声の主を待つ。
氷の宰相などとその男は呼ばれていた。
背が高いなと少し見上げて思う。伏し目がちで目の色はうかがい知れない。薄い色をしているような気もするし、濃い気もする。
明るい金髪の印象が強すぎるんだろう。細身でも弱々しい印象はない。
ただし、今は、早足だったのか少しだけ息を乱していた。
「何度、申し上げればお一人でふらつくのをやめていただけますか?」
腕を捕まれたのは、そうでなければ逃げられると学習したからだ。
彼女はかわいく見えると良いなと笑みをつくって見上げる。
「つまらないのですもの。いいではない? いないはずの王妃なんて邪魔でしょう?」
「その点は何度も謝罪いたしました。話はしているので、調整がつけばお帰りいただいて構いませんが、その間に何かあれば我々の責任になるのです」
いろんな人がたじろぐ笑みを見ても彼は、ぴくりともしない。
最初は気に入らなかったのに、どうしてだろうか、その表情を動かして見たくなってきた。
自分のことに興味のない王に彼女の興味もなかった。
王はおのれの愛人がいいというなら、別にこだわりはいない。お互いの考えのもと、なかったことにするだけだ。
険悪になった王と彼女の間に割って入り、提案をしてきた彼を評価している。放置すればろくでもないことになった。
それは自分の性格を考えればわかる。
「ご存じでしているんでしょうけど、私の心労を考えていただきたい」
彼はため息をつき、目を覆う。
その動作は癖のようなものだろう。何かを耐えるように、きつく目を閉じる。
捕まれた腕に小さい痛みを覚えた。宥めるようにその手の上に手を重ねれば、小さい謝罪が降ってくる。
ちらりとよぎった後悔を見て、別に感情がないというわけではないと思う。彼は人が思うよりも冷たくはない。
頭良すぎてなにを考えているかわからない、というのは彼女も同意するが。
どこまでなにを見ているのか、読めない。
「……んー、少しは散歩でもした方が良いと思うのよ?」
彼女の発言に困惑したように眉を下げると少し若くも見える。ずっと十は上だと思っていたが、実は三つくらいしか違わないと知った時は驚いた。
彼は、この国の不都合な部分を負っている。いわゆる面倒ごとは彼に、他のことは王へと割り振れているようだ。
持って生まれた健康な体ということもあるのだろうが、無理をしても保っているから無理している意識がないのだ。
「引きこもってお仕事しててもね? うちの兄様が言ってたの。ブラック労働反対」
「そうは言われましても」
「顔色悪いわよ。ゴハン食べてる? 寝てる?」
「……私も大人なので大丈夫です」
そんなことを言うために行動を起こしたのだろうか?
そんな疑惑を覚えたのだろう。
彼女は正解と言わない。代わりににこりと微笑んだところから察したようだ。
大人と言っても、彼のことを気遣う人が少なすぎる。休めと言える人はほとんどいないのではないだろうか。
幼なじみと言っていた黒の騎士団長が時々、強制連行しているようだが足りている気はしない。
「困るのよ。貴方がいないと」
それは偽りのない彼女の本音だ。
「誰が私をお家に返してくれるの?」
それから、みんなが貴方を大事にしないなら、もらって帰るんだから。
―――――
意味がわからないということは彼にとっては珍しいことだ。
ちらと視線を向ければ、彼女はすぐに気がついてにこりと微笑む。
人形のように作りが整っている。鑑賞するに価するとは思うが、つくりものめいて見えた。
本当はにやにや笑っていたいんだろうなと察しがついて嫌になった。
特別な目を与えられている。
その性質は隠しているものを暴く方に特化していた。見たくないものを、しりたくないものを見てきた。
その中でもこのお姫様は、全くのでたらめだ。
美しい見た目と中身がとても違う。そして、見た目でどのように判断され、どのように振る舞えばいいのか理解していた。
中身を少しも見せないで、笑っている。
「お茶くらい、飲んでくださるわよね?」
「忙しいので」
「ん?」
断りかけると彼女は首をかしげた。
断れると思ってる? とでも言いたげで、気圧されたように黙る。
「……いいえ、少しでしたら」
よろしいと言うように肯く。断れば、逃亡が続行されるだけにすぎないとわかった。
遊ばれている気しかしない。
了承したにも関わらずのこの事態はいつも困惑する。
「手を離していただいても?」
「ヤダ」
手首をがっしり握られている。そうしなければ、どこかに行くだろうと思っているようだ。確かになにか理由をつけて離れようとはするだろう。
これでは最初見つけたときと逆だ。
「……なんて噂されているかご存じですよね」
「んー? 気にしないよ?」
「私が、気にします」
姫君が宰相にご執心という噂は既に公然の秘密に至っている。王も全く気にしていないのが頭が痛い。むしろ、執着されないのが幸いだとでも言いたげだ。
それは、彼が冷たくあしらっているから、懲りない姫様のように見られる。
じゃれあいのような、本気ではない遊びのようなそれは時々ずきりと痛む。
「そう?」
手首から手を離して、名残惜しいようにするりと手の甲を撫でていく。
「そうねぇ、婚約者とかいないんでしょ?」
「確かに今はいません」
「じゃあ、存分に口説いても良いと思うのだけど。故郷に来ない?」
首をかしげる彼女はとても可愛い。
言っていることは、ひどいのだが。
最初はさりげなく、最近は露骨に言われている。
一緒に国に来ないかと。
「お断りします」
「ちっ」
素の彼女が段々顔を覗かせてきた。彼女は年頃の娘というよりは、どこか少年めいている。優雅と言うよりぴしっとしたという表現が似合った。
こうなってくると騎士をやっている友人たちのような雰囲気になってくるのが不思議だ。
「姫君は舌打ちなんてしませんよ」
「いいんですー。何回振られたんだろ」
通算5回目くらいだろうか。
律儀に数えている自分も中々嫌な性格だなと思う。
「手に入らないから、欲しくなるのでは?」
「私は大事にするよ? ちゃんと、大事にする」
不満顔は隠そうともしない。いろんな表情を隠すくせに、こんなときはありのまま伝えてくる。
「だから、ちょっと考えて欲しいの」
考えるまでもない。
小さな好意が、とんでもない野望に化ける前に消え去って欲しいとさえ願っている。
「次にどちらかに嫁ぐのでしょう?」
「いきたくないなぁ」
彼女は曖昧に答えた。やはり本人の希望が通るわけではない。
「ならば答えは同じですね。お断りします」
「うぬぬ。きっと肯かせてみせるから、覚悟しとくのね」
「それも三度目です」
まずいモノでも食べたような顔になっている。それでも変な顔とは言われなさそうだと妙なところに感心した。
美人は得だと知り合いが言っていたがこういうことだろうか。彼は小さく笑う。
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もとより、不成立で返される予定であったようだ。先代の暗躍が本当に頭が痛い。
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