ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

文字の大きさ
140 / 160
おまけ

IF 別の選択の結果

しおりを挟む

 その日、彼女は通算10度目の逃亡をしていた。

「お待ちください」

 彼女はその声に立ち止まった。
 くるりと振り返れば、ふんわりとスカートが揺れた。この国はあまり好きではないが、この揺れるスカートは可愛いと思う。
 そんなことを考えながら、声の主を待つ。

 氷の宰相などとその男は呼ばれていた。
 背が高いなと少し見上げて思う。伏し目がちで目の色はうかがい知れない。薄い色をしているような気もするし、濃い気もする。
 明るい金髪の印象が強すぎるんだろう。細身でも弱々しい印象はない。

 ただし、今は、早足だったのか少しだけ息を乱していた。

「何度、申し上げればお一人でふらつくのをやめていただけますか?」

 腕を捕まれたのは、そうでなければ逃げられると学習したからだ。
 彼女はかわいく見えると良いなと笑みをつくって見上げる。

「つまらないのですもの。いいではない? いないはずの王妃なんて邪魔でしょう?」

「その点は何度も謝罪いたしました。話はしているので、調整がつけばお帰りいただいて構いませんが、その間に何かあれば我々の責任になるのです」

 いろんな人がたじろぐ笑みを見ても彼は、ぴくりともしない。
 最初は気に入らなかったのに、どうしてだろうか、その表情を動かして見たくなってきた。
 自分のことに興味のない王に彼女の興味もなかった。
 王はおのれの愛人がいいというなら、別にこだわりはいない。お互いの考えのもと、なかったことにするだけだ。

 険悪になった王と彼女の間に割って入り、提案をしてきた彼を評価している。放置すればろくでもないことになった。
 それは自分の性格を考えればわかる。

「ご存じでしているんでしょうけど、私の心労を考えていただきたい」

 彼はため息をつき、目を覆う。
 その動作は癖のようなものだろう。何かを耐えるように、きつく目を閉じる。
 捕まれた腕に小さい痛みを覚えた。宥めるようにその手の上に手を重ねれば、小さい謝罪が降ってくる。

 ちらりとよぎった後悔を見て、別に感情がないというわけではないと思う。彼は人が思うよりも冷たくはない。
 頭良すぎてなにを考えているかわからない、というのは彼女も同意するが。
 どこまでなにを見ているのか、読めない。

「……んー、少しは散歩でもした方が良いと思うのよ?」

 彼女の発言に困惑したように眉を下げると少し若くも見える。ずっと十は上だと思っていたが、実は三つくらいしか違わないと知った時は驚いた。
 彼は、この国の不都合な部分を負っている。いわゆる面倒ごとは彼に、他のことは王へと割り振れているようだ。

 持って生まれた健康な体ということもあるのだろうが、無理をしても保っているから無理している意識がないのだ。

「引きこもってお仕事しててもね? うちの兄様が言ってたの。ブラック労働反対」

「そうは言われましても」

「顔色悪いわよ。ゴハン食べてる? 寝てる?」

「……私も大人なので大丈夫です」

 そんなことを言うために行動を起こしたのだろうか?
 そんな疑惑を覚えたのだろう。

 彼女は正解と言わない。代わりににこりと微笑んだところから察したようだ。
 大人と言っても、彼のことを気遣う人が少なすぎる。休めと言える人はほとんどいないのではないだろうか。
 幼なじみと言っていた黒の騎士団長が時々、強制連行しているようだが足りている気はしない。

「困るのよ。貴方がいないと」

 それは偽りのない彼女の本音だ。

「誰が私をお家に返してくれるの?」

 それから、みんなが貴方を大事にしないなら、もらって帰るんだから。


―――――


 意味がわからないということは彼にとっては珍しいことだ。
 ちらと視線を向ければ、彼女はすぐに気がついてにこりと微笑む。
 人形のように作りが整っている。鑑賞するに価するとは思うが、つくりものめいて見えた。
 本当はにやにや笑っていたいんだろうなと察しがついて嫌になった。

 特別な目を与えられている。
 その性質は隠しているものを暴く方に特化していた。見たくないものを、しりたくないものを見てきた。

 その中でもこのお姫様は、全くのでたらめだ。

 美しい見た目と中身がとても違う。そして、見た目でどのように判断され、どのように振る舞えばいいのか理解していた。
 中身を少しも見せないで、笑っている。

「お茶くらい、飲んでくださるわよね?」

「忙しいので」

「ん?」

 断りかけると彼女は首をかしげた。
 断れると思ってる? とでも言いたげで、気圧されたように黙る。

「……いいえ、少しでしたら」

 よろしいと言うように肯く。断れば、逃亡が続行されるだけにすぎないとわかった。
 遊ばれている気しかしない。

 了承したにも関わらずのこの事態はいつも困惑する。

「手を離していただいても?」

「ヤダ」

 手首をがっしり握られている。そうしなければ、どこかに行くだろうと思っているようだ。確かになにか理由をつけて離れようとはするだろう。
 これでは最初見つけたときと逆だ。

「……なんて噂されているかご存じですよね」

「んー? 気にしないよ?」

「私が、気にします」

 姫君が宰相にご執心という噂は既に公然の秘密に至っている。王も全く気にしていないのが頭が痛い。むしろ、執着されないのが幸いだとでも言いたげだ。

 それは、彼が冷たくあしらっているから、懲りない姫様のように見られる。
 じゃれあいのような、本気ではない遊びのようなそれは時々ずきりと痛む。

「そう?」

 手首から手を離して、名残惜しいようにするりと手の甲を撫でていく。

「そうねぇ、婚約者とかいないんでしょ?」

「確かに今はいません」

「じゃあ、存分に口説いても良いと思うのだけど。故郷に来ない?」

 首をかしげる彼女はとても可愛い。
 言っていることは、ひどいのだが。

 最初はさりげなく、最近は露骨に言われている。
 一緒に国に来ないかと。

「お断りします」

「ちっ」

 素の彼女が段々顔を覗かせてきた。彼女は年頃の娘というよりは、どこか少年めいている。優雅と言うよりぴしっとしたという表現が似合った。
 こうなってくると騎士をやっている友人たちのような雰囲気になってくるのが不思議だ。

「姫君は舌打ちなんてしませんよ」

「いいんですー。何回振られたんだろ」

 通算5回目くらいだろうか。
 律儀に数えている自分も中々嫌な性格だなと思う。

「手に入らないから、欲しくなるのでは?」

「私は大事にするよ? ちゃんと、大事にする」

 不満顔は隠そうともしない。いろんな表情を隠すくせに、こんなときはありのまま伝えてくる。

「だから、ちょっと考えて欲しいの」

 考えるまでもない。
 小さな好意が、とんでもない野望に化ける前に消え去って欲しいとさえ願っている。

「次にどちらかに嫁ぐのでしょう?」

「いきたくないなぁ」

 彼女は曖昧に答えた。やはり本人の希望が通るわけではない。

「ならば答えは同じですね。お断りします」

「うぬぬ。きっと肯かせてみせるから、覚悟しとくのね」

「それも三度目です」

 まずいモノでも食べたような顔になっている。それでも変な顔とは言われなさそうだと妙なところに感心した。
 美人は得だと知り合いが言っていたがこういうことだろうか。彼は小さく笑う。

「うーん、笑顔は貴重。痛いけど貴重」

「なに言ってるんです」

「意地になってきた気もするんですよね」

「やめたらどうです?」

 恨みがましいような目で見上げられる理由はない。恨みたいのはこちらの方だというのに。

「いじわるですよね。わかってて言ってるから。まあ、色々片付いたら覚悟してくださいね?」

 彼女の言う色々をどうにかまとめて、彼女をおうちに返して上げるのが今の彼の仕事だ。彼女の故郷が色々、時間稼ぎをしているところを見れば、すぐに帰ってこられては都合が悪いのだと察せられる。
 もとより、不成立で返される予定であったようだ。先代の暗躍が本当に頭が痛い。

「そうですか、楽しみですね」

 彼がその色々を片付けたくない誘惑にかられていることを彼女は知らない。 
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

ある平凡な女、転生する

眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。 しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。 次に、気がついたらとっても良い部屋でした。 えっ、なんで? ※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑) ※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。 ★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...