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おまけ
帰郷
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「じゃあ、しばらく旅にでるといいよ。
他の国も見ておいで」
国を出るというウィリアムに彼女は少し呆れたようにそう言った。あるいは困ったなあだったのかもしれない。
それとも、本命はちょっとしたお願い、のほうだったかもしれない。
ウィリアムが故郷に帰るアイザックに同行という形で国を出たのは2か月も前だ。あともう少しで、エルナ国につくという。あちこち寄り道をしての旅は、どれも物珍しかった。
思えば国内もろくに旅をしたことがない。
エルナ国に近づくにつれて、温かくなっていくことも不思議に思えた。建物の堅牢さも違う。その土地に合わせた服や食事など少しずつ変わっていく。
その中でも言葉が通じないということがないということにウィリアムは驚いた。
国を違えれば言葉も違うことがあるだろうと考えていたのだが、そんなことはなかった。もちろん、その土地固有の言葉はあるが何を指しているかわからないほどではない。
ウィリアムと同様に同行しているローガンに聞いてみたのだが、それが共通語だという。それも神々が直接下賜したもので、同じ言葉を話しているのではなく、違う言葉をお互いに翻訳して聞いているようなものらしい。注意して聞くと知らない言葉と意味だけが伝わってくると付け加えていた。
ウィリアムも試してみたが、なんだか奇妙な感じがした。
言葉がわかるからと言って、争いがなくなるってものでもないのが人の業だなとローガンは冷ややかに言っていた。まるで、自分は違うとでも言うように。
道中争う国の噂はなんどか聞いた。相手は隣国かそうでなければ、帝国である。
帝国としか呼ばれないのは、この世界に一つしかないからだ。千を超える年月を超えてなお大陸の覇者であり、軍神の加護厚き国である。
ウィリアムには帝国は遠い国と思っていたが、エルナというより大陸の中央に向かえば影響を受けないということはないということがわかる。
彼の祖国は良くも悪くも魔王を盾に無関係を貫いてきた。それができたのは魔女と契約し、そこから出さないと確約する王がいたからだ。
魔王を御する魔女と契約を持たぬ王を持つわけにはいかない。国内にいるより、外にいたほうがそれを実感できるとは思わなかった。
それをわかっていて、仕掛けた伯父のまずさも。
ウィリアムを外に出すわけにはいかないという彼女の判断も。
天候は悪くもなく、良くもなくといったところで旅はしやすいという。
それでも定期的に休憩の時間はとられた。旅慣れないウィリアムやソランに気を使ってと言うところもあるだろうが、あまり早く帰りたいというようでもなかった。
アイザックの妻に怒られるからあまり帰りたくないと子供たちに顔を忘れられているのではないかというジレンマの果てのやや鈍足らしい。
今回ばかりはしばらく監禁されるでしょうねというのが大方の予想だ。ちょっと大人しくしているように怒られるレベルを超えている。
死にかけても懲りてないところを見ればやむなしと思わなくもないが。
「次の町には一週間逗留するそうです。
なんでも陛下の三番目のお兄さんがいらっしゃるそうで」
今日、二回目の休憩のときにソランは最新の日程を聞いて報告してきた。
彼が同行するかについては少しばかり揉めた、らしい。ヴァージニアではなく、フィンレーが嫌な顔をしたようだ。
事後報告それも聞かなければ言わないというやつだ。
ソランはもう半年前とは違う。色々不満があるという顔はあまりしなくなった。ただ気負いが過ぎるので要注意ではある。
「すっごい美女がくるってローガンさんが言ってましたけど、嬉しくなさそうなんですよね」
「確か、美女が男だからじゃないか?」
「……美女ですよね? お兄さんに同行しているんですよね?」
「ご本人でド迫力美女だそうだ」
ソランは絶句していた。国内ではあまり女装している男は見かけない。いないわけではないが、見世物小屋や演劇など芸事の一部としてある程度だ。こっそり趣味として存在しているかもしれないが、外聞が良いとは言えない。
これは女性が男装することも同様で、ジニーが女性と思われなかったこともこのことに起因している。
「……さすが陛下のお兄さんですね」
他に言いようがなかったのかソランが呟いていた。
「仲がいいらしいから対応は気をつけろよ」
「後ろに控えてるようにします」
ソランは未知のいきものに逃げを打ったようだ。ウィリアムは逃げようもない。
ヴァージニアは私より巨大なのに可憐なの。信じられない。そう言いながら、兄への贈り物を用意していた。ここは布織物が素敵ね、兄様、喜んでくださるかしらと楽しげだった。
下の妹はまあ、これでいいかしらとやっつけ仕事だったのと一緒に覚えている。兄弟大好きだが、好きにも段階があるようだ。
一番はルーク兄様。これは兄弟間でも不動の一位らしい。
その兄に会うことになるのだが、ウィリアムはちょっと気が重い。良い報告がなにもなく、嫌味どころか生存も危ういのではないかと心配されてきたのだ。
女王陛下は、傷つけたらお兄ちゃん嫌いになっちゃうんだから、って手紙に書いたから大丈夫と言っていたが、それでもなにかしらの制裁はありそうではある。
「それにしても、姫様の御兄弟って個性的ですね」
「そうだな」
戦闘狂などといいわれるアイザックがややまともに見えるくらいだ。それどころかちゃんとお兄ちゃんをしていた。
帰り道に兄弟の婚家に顔を出してはうちの弟や妹が迷惑や世話をかけさせて申し訳ないと頭を下げているアイザックはちょっと意外だった。誰にも頭を下げることもなく関係ないという態度をするような気がしていたから。
兄様、そんなに迷惑かけてないとの反論は全部一緒で、周囲の困り顔も程度の差はあれ似たようなものだった。
なんか姫様の兄弟って感じというソランの感想には同意だった。
その反応を見てそれぞれ、アイザックより小言をもらっていたようだが響いていたかは怪しい。
ヴァージニアに似たというより皆が同じような顔であったが、表情に個性がある。性格もだいぶ違っていて間違うことはなさそうだった。
あの子をよろしくね。言葉は違えど、そうウィリアムに頼んでくる。ソランにはなにか感じるところがあるのか、ウィリアム(あれ)は手遅れたけど、君は若いんだから道を誤るなと言われていたようだが。
それを聞けばヴァージニアはひどい言われようだと嘆きそうだ。
そして、たぶん、ソランは手遅れである。
「なんですか」
「レオンから、なにを頼まれていたんだ?」
「え、いまさら聞きます? もちろん、ウィリアム様が面倒を起こすと思うから止めろとかそういうのですよ」
「起こす前提」
「末の妹が駄々こねて大変だからよろしくとも陛下から言われております。
ウィリアム様なら折れて連れて行ってくれるんじゃないかって言いだすと予言もされました」
「…………俺は聞いてないが」
「最悪の最悪、連れてきてもいいけど、変なものを連れてこないように重々注意して、身一つでこさせてということでした。
ウィリアム様は絆されて許しちゃいそうだからダメだそうですよ」
「ソランは大丈夫だというのか?」
「実妹がいるので騙されないだろうと仰せです。
ウィリアム様、ちょっと考えてください。
陛下の御兄弟、みんなそっくりなんですよ。ちっちゃい姫様が、お願いとうるうる見上げてきて許してしまいそうになりません?」
ウィリアムは明言を避けた。否定できない。
「レオン様も無理かもしれないと言っていたのでおそらく、妹という生き物に幻滅した兄でなければ対処できないかと」
「そんなすごい妹なのか」
「だいたい、お兄ちゃんと可愛く呼んでくるときは裏がある。おねだりするときだけものすごく優しい。いつもは雑に扱う。むしろ、うざいくらいの対応。このくらいは普通で」
「……普通?」
「要求が通らないと最終兵器のお兄ちゃん嫌いをくりだしてきたりします。
陛下もたまに言うらしいですよ。ローガンさんがあれは地味に効く言ってました」
「ローガンとそんな話するのか?」
「妹トークはしますね。あと無謀な主を持つとさぁとか」
ソランはお前のことだと言いたげにウィリアムを見上げる。
ここは女王陛下ではないらしい。
「休憩はそろそろ終わりのようです。
では」
ソランはそう言って立ち去っていった。
「……お兄ちゃん、嫌い、ねぇ?」
なんかどこかで言われたような気がする。ウィリアムは首をひねるが答えは出てこなかった。
他の国も見ておいで」
国を出るというウィリアムに彼女は少し呆れたようにそう言った。あるいは困ったなあだったのかもしれない。
それとも、本命はちょっとしたお願い、のほうだったかもしれない。
ウィリアムが故郷に帰るアイザックに同行という形で国を出たのは2か月も前だ。あともう少しで、エルナ国につくという。あちこち寄り道をしての旅は、どれも物珍しかった。
思えば国内もろくに旅をしたことがない。
エルナ国に近づくにつれて、温かくなっていくことも不思議に思えた。建物の堅牢さも違う。その土地に合わせた服や食事など少しずつ変わっていく。
その中でも言葉が通じないということがないということにウィリアムは驚いた。
国を違えれば言葉も違うことがあるだろうと考えていたのだが、そんなことはなかった。もちろん、その土地固有の言葉はあるが何を指しているかわからないほどではない。
ウィリアムと同様に同行しているローガンに聞いてみたのだが、それが共通語だという。それも神々が直接下賜したもので、同じ言葉を話しているのではなく、違う言葉をお互いに翻訳して聞いているようなものらしい。注意して聞くと知らない言葉と意味だけが伝わってくると付け加えていた。
ウィリアムも試してみたが、なんだか奇妙な感じがした。
言葉がわかるからと言って、争いがなくなるってものでもないのが人の業だなとローガンは冷ややかに言っていた。まるで、自分は違うとでも言うように。
道中争う国の噂はなんどか聞いた。相手は隣国かそうでなければ、帝国である。
帝国としか呼ばれないのは、この世界に一つしかないからだ。千を超える年月を超えてなお大陸の覇者であり、軍神の加護厚き国である。
ウィリアムには帝国は遠い国と思っていたが、エルナというより大陸の中央に向かえば影響を受けないということはないということがわかる。
彼の祖国は良くも悪くも魔王を盾に無関係を貫いてきた。それができたのは魔女と契約し、そこから出さないと確約する王がいたからだ。
魔王を御する魔女と契約を持たぬ王を持つわけにはいかない。国内にいるより、外にいたほうがそれを実感できるとは思わなかった。
それをわかっていて、仕掛けた伯父のまずさも。
ウィリアムを外に出すわけにはいかないという彼女の判断も。
天候は悪くもなく、良くもなくといったところで旅はしやすいという。
それでも定期的に休憩の時間はとられた。旅慣れないウィリアムやソランに気を使ってと言うところもあるだろうが、あまり早く帰りたいというようでもなかった。
アイザックの妻に怒られるからあまり帰りたくないと子供たちに顔を忘れられているのではないかというジレンマの果てのやや鈍足らしい。
今回ばかりはしばらく監禁されるでしょうねというのが大方の予想だ。ちょっと大人しくしているように怒られるレベルを超えている。
死にかけても懲りてないところを見ればやむなしと思わなくもないが。
「次の町には一週間逗留するそうです。
なんでも陛下の三番目のお兄さんがいらっしゃるそうで」
今日、二回目の休憩のときにソランは最新の日程を聞いて報告してきた。
彼が同行するかについては少しばかり揉めた、らしい。ヴァージニアではなく、フィンレーが嫌な顔をしたようだ。
事後報告それも聞かなければ言わないというやつだ。
ソランはもう半年前とは違う。色々不満があるという顔はあまりしなくなった。ただ気負いが過ぎるので要注意ではある。
「すっごい美女がくるってローガンさんが言ってましたけど、嬉しくなさそうなんですよね」
「確か、美女が男だからじゃないか?」
「……美女ですよね? お兄さんに同行しているんですよね?」
「ご本人でド迫力美女だそうだ」
ソランは絶句していた。国内ではあまり女装している男は見かけない。いないわけではないが、見世物小屋や演劇など芸事の一部としてある程度だ。こっそり趣味として存在しているかもしれないが、外聞が良いとは言えない。
これは女性が男装することも同様で、ジニーが女性と思われなかったこともこのことに起因している。
「……さすが陛下のお兄さんですね」
他に言いようがなかったのかソランが呟いていた。
「仲がいいらしいから対応は気をつけろよ」
「後ろに控えてるようにします」
ソランは未知のいきものに逃げを打ったようだ。ウィリアムは逃げようもない。
ヴァージニアは私より巨大なのに可憐なの。信じられない。そう言いながら、兄への贈り物を用意していた。ここは布織物が素敵ね、兄様、喜んでくださるかしらと楽しげだった。
下の妹はまあ、これでいいかしらとやっつけ仕事だったのと一緒に覚えている。兄弟大好きだが、好きにも段階があるようだ。
一番はルーク兄様。これは兄弟間でも不動の一位らしい。
その兄に会うことになるのだが、ウィリアムはちょっと気が重い。良い報告がなにもなく、嫌味どころか生存も危ういのではないかと心配されてきたのだ。
女王陛下は、傷つけたらお兄ちゃん嫌いになっちゃうんだから、って手紙に書いたから大丈夫と言っていたが、それでもなにかしらの制裁はありそうではある。
「それにしても、姫様の御兄弟って個性的ですね」
「そうだな」
戦闘狂などといいわれるアイザックがややまともに見えるくらいだ。それどころかちゃんとお兄ちゃんをしていた。
帰り道に兄弟の婚家に顔を出してはうちの弟や妹が迷惑や世話をかけさせて申し訳ないと頭を下げているアイザックはちょっと意外だった。誰にも頭を下げることもなく関係ないという態度をするような気がしていたから。
兄様、そんなに迷惑かけてないとの反論は全部一緒で、周囲の困り顔も程度の差はあれ似たようなものだった。
なんか姫様の兄弟って感じというソランの感想には同意だった。
その反応を見てそれぞれ、アイザックより小言をもらっていたようだが響いていたかは怪しい。
ヴァージニアに似たというより皆が同じような顔であったが、表情に個性がある。性格もだいぶ違っていて間違うことはなさそうだった。
あの子をよろしくね。言葉は違えど、そうウィリアムに頼んでくる。ソランにはなにか感じるところがあるのか、ウィリアム(あれ)は手遅れたけど、君は若いんだから道を誤るなと言われていたようだが。
それを聞けばヴァージニアはひどい言われようだと嘆きそうだ。
そして、たぶん、ソランは手遅れである。
「なんですか」
「レオンから、なにを頼まれていたんだ?」
「え、いまさら聞きます? もちろん、ウィリアム様が面倒を起こすと思うから止めろとかそういうのですよ」
「起こす前提」
「末の妹が駄々こねて大変だからよろしくとも陛下から言われております。
ウィリアム様なら折れて連れて行ってくれるんじゃないかって言いだすと予言もされました」
「…………俺は聞いてないが」
「最悪の最悪、連れてきてもいいけど、変なものを連れてこないように重々注意して、身一つでこさせてということでした。
ウィリアム様は絆されて許しちゃいそうだからダメだそうですよ」
「ソランは大丈夫だというのか?」
「実妹がいるので騙されないだろうと仰せです。
ウィリアム様、ちょっと考えてください。
陛下の御兄弟、みんなそっくりなんですよ。ちっちゃい姫様が、お願いとうるうる見上げてきて許してしまいそうになりません?」
ウィリアムは明言を避けた。否定できない。
「レオン様も無理かもしれないと言っていたのでおそらく、妹という生き物に幻滅した兄でなければ対処できないかと」
「そんなすごい妹なのか」
「だいたい、お兄ちゃんと可愛く呼んでくるときは裏がある。おねだりするときだけものすごく優しい。いつもは雑に扱う。むしろ、うざいくらいの対応。このくらいは普通で」
「……普通?」
「要求が通らないと最終兵器のお兄ちゃん嫌いをくりだしてきたりします。
陛下もたまに言うらしいですよ。ローガンさんがあれは地味に効く言ってました」
「ローガンとそんな話するのか?」
「妹トークはしますね。あと無謀な主を持つとさぁとか」
ソランはお前のことだと言いたげにウィリアムを見上げる。
ここは女王陛下ではないらしい。
「休憩はそろそろ終わりのようです。
では」
ソランはそう言って立ち去っていった。
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