ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

文字の大きさ
139 / 160
おまけ

帰郷

しおりを挟む
「じゃあ、しばらく旅にでるといいよ。
 他の国も見ておいで」

 国を出るというウィリアムに彼女は少し呆れたようにそう言った。あるいは困ったなあだったのかもしれない。
 それとも、本命はちょっとしたお願い、のほうだったかもしれない。

 ウィリアムが故郷に帰るアイザックに同行という形で国を出たのは2か月も前だ。あともう少しで、エルナ国につくという。あちこち寄り道をしての旅は、どれも物珍しかった。
 思えば国内もろくに旅をしたことがない。

 エルナ国に近づくにつれて、温かくなっていくことも不思議に思えた。建物の堅牢さも違う。その土地に合わせた服や食事など少しずつ変わっていく。
 その中でも言葉が通じないということがないということにウィリアムは驚いた。
 国を違えれば言葉も違うことがあるだろうと考えていたのだが、そんなことはなかった。もちろん、その土地固有の言葉はあるが何を指しているかわからないほどではない。

 ウィリアムと同様に同行しているローガンに聞いてみたのだが、それが共通語だという。それも神々が直接下賜したもので、同じ言葉を話しているのではなく、違う言葉をお互いに翻訳して聞いているようなものらしい。注意して聞くと知らない言葉と意味だけが伝わってくると付け加えていた。
 ウィリアムも試してみたが、なんだか奇妙な感じがした。

 言葉がわかるからと言って、争いがなくなるってものでもないのが人の業だなとローガンは冷ややかに言っていた。まるで、自分は違うとでも言うように。
 道中争う国の噂はなんどか聞いた。相手は隣国かそうでなければ、帝国である。

 帝国としか呼ばれないのは、この世界に一つしかないからだ。千を超える年月を超えてなお大陸の覇者であり、軍神の加護厚き国である。

 ウィリアムには帝国は遠い国と思っていたが、エルナというより大陸の中央に向かえば影響を受けないということはないということがわかる。
 彼の祖国は良くも悪くも魔王を盾に無関係を貫いてきた。それができたのは魔女と契約し、そこから出さないと確約する王がいたからだ。
 魔王を御する魔女と契約を持たぬ王を持つわけにはいかない。国内にいるより、外にいたほうがそれを実感できるとは思わなかった。

 それをわかっていて、仕掛けた伯父のまずさも。
 ウィリアムを外に出すわけにはいかないという彼女の判断も。

 天候は悪くもなく、良くもなくといったところで旅はしやすいという。
 それでも定期的に休憩の時間はとられた。旅慣れないウィリアムやソランに気を使ってと言うところもあるだろうが、あまり早く帰りたいというようでもなかった。

 アイザックの妻に怒られるからあまり帰りたくないと子供たちに顔を忘れられているのではないかというジレンマの果てのやや鈍足らしい。
 今回ばかりはしばらく監禁されるでしょうねというのが大方の予想だ。ちょっと大人しくしているように怒られるレベルを超えている。
 死にかけても懲りてないところを見ればやむなしと思わなくもないが。

「次の町には一週間逗留するそうです。
 なんでも陛下の三番目のお兄さんがいらっしゃるそうで」

 今日、二回目の休憩のときにソランは最新の日程を聞いて報告してきた。
 彼が同行するかについては少しばかり揉めた、らしい。ヴァージニアではなく、フィンレーが嫌な顔をしたようだ。
 事後報告それも聞かなければ言わないというやつだ。

 ソランはもう半年前とは違う。色々不満があるという顔はあまりしなくなった。ただ気負いが過ぎるので要注意ではある。

「すっごい美女がくるってローガンさんが言ってましたけど、嬉しくなさそうなんですよね」

「確か、美女が男だからじゃないか?」

「……美女ですよね? お兄さんに同行しているんですよね?」

「ご本人でド迫力美女だそうだ」

 ソランは絶句していた。国内ではあまり女装している男は見かけない。いないわけではないが、見世物小屋や演劇など芸事の一部としてある程度だ。こっそり趣味として存在しているかもしれないが、外聞が良いとは言えない。
 これは女性が男装することも同様で、ジニーが女性と思われなかったこともこのことに起因している。

「……さすが陛下のお兄さんですね」

 他に言いようがなかったのかソランが呟いていた。

「仲がいいらしいから対応は気をつけろよ」

「後ろに控えてるようにします」

 ソランは未知のいきものに逃げを打ったようだ。ウィリアムは逃げようもない。
 ヴァージニアは私より巨大なのに可憐なの。信じられない。そう言いながら、兄への贈り物を用意していた。ここは布織物が素敵ね、兄様、喜んでくださるかしらと楽しげだった。
 下の妹はまあ、これでいいかしらとやっつけ仕事だったのと一緒に覚えている。兄弟大好きだが、好きにも段階があるようだ。

 一番はルーク兄様。これは兄弟間でも不動の一位らしい。
 その兄に会うことになるのだが、ウィリアムはちょっと気が重い。良い報告がなにもなく、嫌味どころか生存も危ういのではないかと心配されてきたのだ。
 女王陛下は、傷つけたらお兄ちゃん嫌いになっちゃうんだから、って手紙に書いたから大丈夫と言っていたが、それでもなにかしらの制裁はありそうではある。

「それにしても、姫様の御兄弟って個性的ですね」

「そうだな」

 戦闘狂などといいわれるアイザックがややまともに見えるくらいだ。それどころかちゃんとお兄ちゃんをしていた。

 帰り道に兄弟の婚家に顔を出してはうちの弟や妹が迷惑や世話をかけさせて申し訳ないと頭を下げているアイザックはちょっと意外だった。誰にも頭を下げることもなく関係ないという態度をするような気がしていたから。
 兄様、そんなに迷惑かけてないとの反論は全部一緒で、周囲の困り顔も程度の差はあれ似たようなものだった。
 なんか姫様の兄弟って感じというソランの感想には同意だった。

 その反応を見てそれぞれ、アイザックより小言をもらっていたようだが響いていたかは怪しい。

 ヴァージニアに似たというより皆が同じような顔であったが、表情に個性がある。性格もだいぶ違っていて間違うことはなさそうだった。

 あの子をよろしくね。言葉は違えど、そうウィリアムに頼んでくる。ソランにはなにか感じるところがあるのか、ウィリアム(あれ)は手遅れたけど、君は若いんだから道を誤るなと言われていたようだが。
 それを聞けばヴァージニアはひどい言われようだと嘆きそうだ。

 そして、たぶん、ソランは手遅れである。

「なんですか」

「レオンから、なにを頼まれていたんだ?」

「え、いまさら聞きます? もちろん、ウィリアム様が面倒を起こすと思うから止めろとかそういうのですよ」

「起こす前提」

「末の妹が駄々こねて大変だからよろしくとも陛下から言われております。
 ウィリアム様なら折れて連れて行ってくれるんじゃないかって言いだすと予言もされました」

「…………俺は聞いてないが」

「最悪の最悪、連れてきてもいいけど、変なものを連れてこないように重々注意して、身一つでこさせてということでした。
 ウィリアム様は絆されて許しちゃいそうだからダメだそうですよ」

「ソランは大丈夫だというのか?」

「実妹がいるので騙されないだろうと仰せです。
 ウィリアム様、ちょっと考えてください。
 陛下の御兄弟、みんなそっくりなんですよ。ちっちゃい姫様が、お願いとうるうる見上げてきて許してしまいそうになりません?」

 ウィリアムは明言を避けた。否定できない。

「レオン様も無理かもしれないと言っていたのでおそらく、妹という生き物に幻滅した兄でなければ対処できないかと」

「そんなすごい妹なのか」

「だいたい、お兄ちゃんと可愛く呼んでくるときは裏がある。おねだりするときだけものすごく優しい。いつもは雑に扱う。むしろ、うざいくらいの対応。このくらいは普通で」

「……普通?」

「要求が通らないと最終兵器のお兄ちゃん嫌いをくりだしてきたりします。
 陛下もたまに言うらしいですよ。ローガンさんがあれは地味に効く言ってました」

「ローガンとそんな話するのか?」

「妹トークはしますね。あと無謀な主を持つとさぁとか」

 ソランはお前のことだと言いたげにウィリアムを見上げる。
 ここは女王陛下ではないらしい。

「休憩はそろそろ終わりのようです。
 では」

 ソランはそう言って立ち去っていった。

「……お兄ちゃん、嫌い、ねぇ?」

 なんかどこかで言われたような気がする。ウィリアムは首をひねるが答えは出てこなかった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

脳筋姉兄は、異父弟を当主にしたくない。絶対に

碧井 汐桜香
ファンタジー
実家を出て、暗殺業から高位貴族の秘書までこなす姉弟がいた。 政略結婚の夫(姉弟の実父)を亡くした母と、親子三人貧しいながらも暮らしてきたが、この度、母が再婚することになった。 新しい父との間に生まれた妹一人と弟二人。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...