ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

少年たち

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 その日、彼らは久しぶりに三人で顔を合わせた。
 王妃殿下の直接の手紙というものは、門前払いを食らわせるわけにはいかない。苦虫を噛み潰したような友人の兄の顔を見てイリューはすこしだけすっとした。
 大人だけで何かをしているのはわかっている。
 子供だからと話の外に出しているのは、彼らの安全も考慮してのことだろうがそれならもっとうまく隠しておけと思う。
 何も見えず聞こえないというわけではない。目隠しも耳覆いも少しも足りてない。

「よぉ。大丈夫か?」

 ソランは案内された部屋にそう言いながら入る。

「な、どうして?」

 驚愕という顔のライルは少しやつれたようだった。吊った腕が痛々しくもある。ただ、骨折くらいは一度は通る道とソランが言っていたのでいうほど心配はしていなかったが。

「見舞い、という名の報告会って感じ? まあ、荒れてる」

「何だよ、それっ!」

 ライルが珍しく声を荒げている。
 ソランとイリューは顔を見合わせて笑った。

「さて、どこから、話をしようか」

 ライルは意外に丸い字のお姫様への手紙を届けに来たという建前を告げると大事そうに受け取っていた。中身はと覗き込もうとしたら追い払われる。

「けがしたと聞いたけど、大丈夫? て」

「意外に姫様ってかわいい字書くんだな。もっと四角いかと思っていた」

「正式な書類はもっときちっとしてるよ。急いでたからじゃない?」

「急いでた?」

「ああ、用事があるみたい。ジニーがレオン様と喧嘩してたっていうんだからなにか仕込みだよ」

「……うわぁ……」

 ライルが頭を抱えた。イリューもソランも同意できる。
 最初は噂だった。姫様が、レオンに興味を持っている。それが、時間が進む事に、聖女のことで傷心の姫様を慰めたことでお互いに好意を持った等まことしやかに語られた。
 それを裏付けるように、姫様がレオンに好意を示すような態度を見せる。

 イリューからしたら、不穏で不安なそれ。
 なぜか周囲から好意的に、あるいは悲劇的に見られることに戦慄した。

 不遇の王妃と王家に忠誠を誓う騎士の道ならぬ恋。

 ではない。絶対ない。両方を知っているからこそ言える。なんか、ぜったいある。そして、そのなんか、というのはイリューたちには開示されない。
 いっそ利用されたい。君たちはここまでねと立て札を立てられるくらいなら。

「でもまあ、レオン様はレオン様だから、あれだろ、てきとーに流して」

「レオンさまがちょっと本気っぽい」

 ソランが重々しく伝えた。苦々しい表情と諦めに似た何かが混ざっている。

「は?」

「公私ははっきり分けて、私情ではあまり動かない方だけど、今回はどうかな。うっかり沼に堕ちたかも」

「そりゃあ、姫様の本気笑顔でときめかない人はいないと思うけど」

「ときめいてもそれはそれと処分すんだろ。あのひと」

「……そーだなー」

 それはどちらもそういう性分に見える。大変困ったことに、そんなやばい性質をもっていても人をうっかり落とすひとたらしだ。
 逆に言えば人でなしだからかもしれないが。

「で、うっかり、本気にと見られている。……でも未だに、どうなのか謎すぎる」

「なんだそれ」

 ライルがいない間に話は進んでいっているので、把握できていないのだろう。イリューもソランも中心にはいるが、話には入れないし、そもそもジニーにすらあえない日ばかりだったのだ。

「うーん。行動はわりと冷静って言うか、度を超えたことなんてしないんだ。知らない人が見ればちょっと気にかけているのかな、程度。噂で誇張されている部分がある」

 ソランは何かを思い出すように目を閉じる。

「時々、ものすっっごい、無表情で見ているけど。あの人薄笑いが基本だと思ってたら集中し始めるとすぐ無表情になんの。びっくりした」

「そんな感じで変、というのがわかると」

 そうそうとソランが頷く。イリューも知っているところはある。

「ランカスター様はちょっと、いや、かなり心配していたけど。仲が良いわけではないけど付き合いは長いらしいから」

「付き合いが長いとわかるらしいよ。無理してんなーってのが。だからディラス様、ものすっごいぴりぴりしてる」

「あー、ディラス様、副団長だからいなくなったら、代わりやらされるから。無理だってあんなの」

「つか、見てると不安になってくる。不安定っていうか、ああ、この人によって黄の騎士団は保っていたっていうのは嘘じゃないんだと実感しているよ。
 意識してなかったけど、あの人がいるなら大丈夫、という精神的保証は侮れない」

「同期らしき方たちが口をそろえて、やばい、と言っているからな……」

 人の恋バナのはずなのが、裏に陰謀が見え隠れするせいで重苦しい。
 当事者が浮かれて花畑だったほうがどれほどマシか。お互いが周囲に不和をもたらすと知っていながら、している。
 むしろ、その不和を必要としているとしたら。そこまで気がつくのはとても近くで見ていたイリューたちくらいだろう。
 いや、とソランとライルはそこまで気がついているのか。確認しても意味はないのでイリューは黙っているが。ただの騎士見習いが何をいったところでというところだ。
 ウィリアムがいれば違うかもしれないが不在だ。レオン本人がそれを望んでいて他の誰かが話しをきいてくれるとも思えない。
 そういうのは、ちょっと言い訳がましいなとイリューは自覚している。

「なんか、こう、なにもかもどうでもいい、みたいな、雰囲気がするんだそうだ。わかんないけど。そのくせ、いろんな事はきちんとやっていて」

「どういうこと?」

「なんていうか、手に入らないものを無理に諦めようとしている、みたいな?」

 その手に入らないもの、というのは、お姫様である。
 王族や有力貴族の生まれ、よほどの功績でもない限り無理な相手。あのお姫様なら、構わないわよといいそうな気はするが、隣にたつ気概を持つのはかなりの図太さが必要だ。

「そもそも、本気で相手されるのかな」

「遊び、ってわけでもないけど、なんかそれも変な気はする」

 それもどうかなとイリューは思うが言わない。そうであったら、更に不毛だ。
 お姫様には王子様が必要だ。もし、万が一、離婚されるとしても国元に戻って再婚相手を探すということになるだろう。一国の騎士は再婚相手にならない。そのくらいイリューでもわかる。
 兄がだめなら弟という事例もなくはない。

 どうしても、欲するなら簒奪くらいだ。あるいは駆け落ち。
 どちらも選択できそうにない。

「ほんと、めんどい」

「確かに」

「ほんと、にな。
 ま、そういうのは他の大人に任せて、俺達は返事を書こう」

「俺達? もらったの俺だけど」

「利き手、怪我しているから代筆してやろう。さあ、姫様への熱い思いを」

「ばかなの? ばかだったな」

「善意だよ、善意」

 わちゃわちゃし始めた二人を横目に、イリューは部屋の外へ顔を出した。

「うわわ」

 いきなり声がした。見れば男性が立っている。両手を上げているというポーズがよくわからないが、彼は最初に挨拶したこの家の当主だ。弟の部屋を覗き見する気だったのかわからないが、焦っている。

「インク壺と紙をください」

「お、おう」

 そこにいた男性にイリューはお願いした。

「女性向けのとても素敵なやつですよ。変なの持ってきたら名指して書きますからね」

「承知した」

 逃げるように去っていく後を見送ってイリューはため息をついた。
 本当に面倒な大人ばかりだ。

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