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聖女と魔王と魔女編

殴るための準備

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 早いもので、二ヶ月経過した。

 あっという間であまり記憶がない。執務室に行って頭が痛くなるくらい考えて処理していたと思う。たぶん。

「これでしばらくはだいじょうぶっ!」

 きっとそう。
 そうに違いない。

 執務室でペンを投げた。ころんとインクのあとが残る。
 部屋に置いた椅子で本を読んでいたフィンレーはえ? という顔をしている。まだ全然いけてないのはわかっている。
 悪いな弟よ。姉はやることがあるのだ。

「じゃあ、北方に行くから!」

 苦情を聞く前に宣言する。
 現地を確認しないとね。フィンレーをお留守番にアイザック兄様と一緒というのはとても不安だが、仕方ない。

 私は決定事項として北方の視察を通達した。独裁政権に近いが、今はそれでしか動かせない。神々の後ろ盾と実際問題として排除するための武力のほぼ全てを掌握しているからできることだ。
 正直、文官や貴族周りは全く手がつけられない。中立派あるいは先王派が私寄りというのは、魔女のおかげだ。
 王弟派が静観を決め込んでいるのは、私が未婚であるという状態だから。王配としての地位を狙っているに過ぎない。本当はあり得ないと宣言したいが、それもちょっとまずい。

 幽閉された王は、大人しくしているらしい。ちょっと面会もしておこうかと思う。
 役に立ってくれると良いけど。

 城内の下級から中級あたりまでの使用人は私に同情的で少しいたたまれない。
 一度は城から下がった侍女たちも戻ってきたものの態度を決めかねている印象だ。仕事をサボるなんてこともないけど、間合いが定まらないというか。
 彼女たちの実家の勢力について欲しいところではあるけど。

 この短期間でそこまで望むのも難しいだろう。

 せいぜい、不在のうちに問題が出てくるといい。一掃しやすいから。

 ……というのは半分くらいは建前である。

 実情、闇の神からの指令に近い。

「夏の女神殴らせるから」

 という約束である。覚えていてくださったようで。
 罠に嵌めるそうだ。
 前回は事故ということで言い逃れしてきたから、完全に黒にするという。この不在時に聖女様が逃亡というイベントがおこるそうだ。

 尚、魔女には言っていない。

 ふふっ。この仕事の山の恨み晴らさずにおくべきか。本人は王城に全く近よりもしない。怒りのほどを思い知るが良い。

 それはともかくとして、聖女が逃げ出す先を北方に設定するならそれなりの下準備がいる。なにもしなくても行きそうな気はするけど。

 聖女を担ぎ出して王に返り咲いて欲しい勢力はそれなりにいる。
 彼女が神の代行できると思っているのがまず間違いである。聖女は夏の女神から与えられたとは未だに言われていない。

 笑って見逃す光の神が寛大なのかは今はわからない。
 別な意味でそれも絶望的に隔絶した存在だ。

 今は、あまり好きではない。ちょっとした悪意さえ、持ちそうになるので出来れば関わりたくないのだけど。

「やぁねぇ」

 自嘲気味に呟いても、意味はない。それというのも余計なお世話なユリアとフィンレーが悪いのだ。
 アイザック兄様が呆れたように首根っこを掴んで放り出してからはマシにはなったけど。

 知りたくなかった。
 それは本当で、嘘。

 まあ、だから悪いのだけど、フィンレーはお留守番だ。もしもの時のためにユリアは連れて行くけど。オスカーは置いてくわ。
 ローガンもイーサン様もフィンレーだけを守るには過剰戦力だし、闇の神も一時的な保護を与えてくれるというから物理的な問題は解決出来る。

 心配だとすれば、無茶をしそうな人を残していくことだろうか。
 大丈夫かな。
 いや、考えても仕方がない。私に出来ることはなにもないだろう。

 まずは、元王にあって、それから北方に行って、魔女が困る様を笑うのだ。




 元王の入っている場所、貴族用の独房のようなものは塔のようなところにあった。出入りは1カ所。窓は開かないようになっている。

 どうしてもついていくと言うオスカーだけを連れて来た。本来は兄様についてきて欲しかったんだけど、断られた。

 兄様は処刑でもして処理すればいいと言っていたので、きっと関わりたくないんだろう。
 あの発言がわりと好意的と読めるのは兄弟しかいない。死体蹴りは感心しないと苦言を呈されるくらいには気に入っていたらしい。
 まあ、兄様は名誉とか重んじる方だから。

 他人でもわざと落とされるのは嫌なんだろう。

 居心地が良く整えられた部屋に苦笑が浮かぶ。最初の私の部屋よりもよほど良い待遇ではないか。
 事前通達はしなかった。

 入ってきた私に彼は驚いたようだった。

「……初めて会ったような気がするな」

 彼のその言葉に敵意らしきものはなかった。憑きものが落ちたように落ち着いた態度で、椅子を勧めた。

「そうね。どう呼べばいいかしら」

「バートでいい。そっちは?」

「ヴァージニアでいいわよ」

 名乗ったのが意外と思ったが、おくびにも出さず名乗り返した。
 彼はそちらの方が驚いたように目を見開いている。小さく頭を振ってその表情を隠し、穏やかな微笑みをうかべる。
 そんな顔もするのだと私も驚く。確かに全く個人的接点がないに近い。

「それで、嗤いにきた、という無駄なことはしないのだろう?」

 彼は頭も悪いわけでもない。
 ただ、聖女の加護に影響されただけなのかもしれない。そんなの最初はわからなかったし、今でも恨みには思っているけど。

 生い立ちから色々調べれば、同情すべき点もなくはない。

 一部の人しか知らない情報や隠されたものも含めて全て調べさせた。彼が王でなくなって初めて出来た事だ。

 妃の子である。ただし、先王との血のつながりはない。王太子であったときならば他の庶子を連れてこられてはすぐに追いやられる可能性すらあったのだ。
 焦って王位を手にと強引にすすめるのもわかる。
 そして、それさえも、仕組まれていた。反感を買い王城の勢力が分断され、民衆の人気も低迷することも狙われて。魔女との契約も教えずに。
 極めつけは私との婚姻だ。

 なにもなくてもうまく行くとはあまり考えづらい。

 というか、現状から推測するとウィリアムの嫁として選ばれたのだろうと思うと微妙な気持ちになる。求婚はされているが、どうしたものか。

 受ければ丸く収まるんだろう。この国的に。心底気が進まない。本人が嫌いというわけではないが、これは大変不快だ。

 それはともかく、この元王――バートに対しては先王の悪意がとても凝縮されている。普通のおっさん、なんて、真っ赤な嘘なわけだ。ぬるりと逃げ出したようだが、これは兄様が手出しするなと言っていたので放置している。

 アイザック兄様が無表情で、許さないって言ってたからあれは兄様の獲物。と宣言していた。許されるなら自分で八つ裂きにしたいって顔なんだけど、自覚はなさそうだ。

「そうね。残念ながら。取引でもしない?」

「なにを取引するんだ?」

「貴方の悪名、かしら。さすがに、ちょっとは同情すべき所があると思ったのよね。
 名を汚すならば、新しい名と住処くらいはあげるわ」

 この提案は予想していないだろう。
 睨まれた。
 本当は、ずっと幽閉なんてのが定番だ。どこかで不審な病死をしてもいい。処刑だって良いかもしれない。

 きっと彼が思う未来はその程度だったはずだ。
 あるいは王位を取り戻そうとするか、と思っていたけどその気概はなさそうだ。今は、だけど。

「よく、言えるな」

 唸るような声に肩をすくめる。
 冷静で結構なことだ。罵られるくらいは予想してきたが、こちらの心証を損ねないくらいの理性はお持ちのようで。

「良い事と思うけれどね。貴方の失敗って、私を見誤った、くらいじゃない? それも加護に目がくらんで。
 だったら、一度くらい、やり直してもいいのではないかしら?」

「……お優しい、というわけでもないだろう」

 用意した甘い答えはお気に召さなかったようだ。

「中途半端に良い王であったので、ちょっとやりにくい。今はいいけど、なんかいたら担ぎ出されそうだから物理的に退場していただきたい」

 はっきりと言えば、彼は苦笑した。

「そういう物言いをするのだな」

「そうよ。最初からこう会っていれば良かったのかしらね?」

「好みではないな。喧嘩しかしなそうだ」

 もしも、なんて考えないと言われた。
 まあ、自分を嵌めた女などお断りと言われれば納得がいく。

「なにをしろと」

「聖女を連れて北方に逃げて欲しい。いいじゃない? 美しい感じで」

「……雑な話だな。そこになんの意味がある」

 呆れた雰囲気が口調に混じる。
 うん、雑なのは知っている。一緒に処分するならちょうどいいって感じだから。北方に行ってくれればいい。
 おそらくは介入されるだろうから、思うとおりにはなる。

「んー、言えない」

「裏切ったら?」

 裏切る人間はあまりそんな話、先にはしないものだけど。そのくらいこちらが承知している上で、聞いたのよね。

「別に困らない。その後の特典がなくなるだけ」

 逃げ出したという大義名分があれば、処理しやすいってだけだし。

「少し考える」

「そうそう、次は聖女の話を聞かせて欲しいの」

 次、なんてあれば、だけど。
 私が北方に行けばここの監視はゆるみ、いつでも出られるようになる手はずだ。本人の意志であとは決めていただこう。

 私の提示できる温情はここまで。
 うまく行っても国内には置いておけないから、おそらく故郷に送るけどそこは勘弁して欲しいな。

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