ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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聖女と魔王と魔女編

魔女と女王(仮)の密談

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 専用の呼び出し装置というのは、確かにヴァージニアに預けておいた。特別な事ではないにしても必要な連絡があったら呼ぶようにとは言っていた。
 幸い二ヶ月たってもよばれることはなかったんだ。

 それが急に呼び出しされたと思えば空間を跳ばして来れば、見覚えのない場所だった。どこかの宿屋の一室、なのだろうか。

 用意周到に酒とつまみはテーブルに用意されている。

 ヴァージニアは既に席に着いていた。湯上がりなのか下ろした髪とゆったりとしたローブを着ている。

 私を見て微笑んだ。穏やかな表情にわけもなく危機感を覚えた。

「ここ、どこ?」

「ルフィンとか言う町みたい。事後報告で悪いけど、ちょっと城を空けているわ。だって寄りつかないから報告出来なくて」

 わかりやすく嫌味を言われた。
 魔女相手に剛胆だなと思うが、それくらいのことをした覚えもある。こちらにも事情はあったのだが、説明出来るほどの余裕もなかった。
 魔王様は、魔王様でちょっと落ち着かなくて困っていた。
 少々、うざい。
 今もごまかしてやってきたようなものだ。

 過保護ではあるとは知らなかったし、不安になると拘束したがるという事も知らなかった。

 要するに手を焼いている。

「それで、用事って?」

 言いながら席に着く。

「聖女が逃げました」

 にこやかな笑顔でヴァージニアは言う。

「は?」

「いや、だからね。逃げた」

 よい笑顔だった。やってやったぜ、くらいの笑顔だ。つまりわざとだ。

「逃がしたのまちがいでは?」

 笑顔のみで返答はなかった。
 ……言われてなかったけど、この二ヶ月の苦労の恨みがあったのね。

「ま、兄様がどうしても魔王様と手合わせしたいって言ってたから近々、顔を出すわ。慰問ときちんと実行されているかの視察もあわせてしている途中だから」

 彼女は澄ました顔のまま手酌でグラスに注いでいる。
 今日は白いワインのようだ。小さい泡がでているので少し貴重品かもしれない。いろんな種類のチーズとクラッカー、ピクルスが今日のつまみらしい。

「どのくらい時間があるの?」

 余裕ぶってきいてみる。

「そうね。国内ってことでも順調で半月くらいかしら。ただ、余計なことをする方が送ってくれるかも?」

「実質、数日みたいな宣告いらない。早く言って!」

 その宣言に余裕をかなぐり捨ててテーブルを叩く。
 彼女は全く動じた様子もなく、やぁねぇとと眉を寄せた。

「いやぁ、いつかはわからなかったし。ぎりぎりになるまで動かないでしょう? 気を揉むのも嫌だし」

 いけしゃあしゃあと。
 ぎりぎりと奥歯を噛んでも意味はない。意味はないがっ!

「呪いは、魂に刻まれる。ご存じでしょう? ならば、時間など意味は無い。いつかは追いつかれる」

 覚悟決めなさいな。悟ったような顔で言われても。

 決まった寿命があれば、死ぬまで会わなければ済む。ところが魔王というものはこの世が滅びるまで、いる。
 いつかは出会うだろう。そして。恋に堕とされる。
 中々、穏やかに聞けない話ではある。

「もうちょっとマシな願いな子がいるかもしれないじゃない」

「あの女神が逃すとでも?」

 ……ほんとさ、夏なんて滅びれば良いんじゃない?

「呪いを解く方法は知っているのでしょう?」

 なにも策もなくこんなことをするほど自棄にはなっていない、と思いたい。

「真実の愛」

「……真顔で冗談言ったわけじゃないんだよね?」

 彼女は真顔だった。すぐにへらりと笑ったけど。酔っぱらってきてるな。
 本人が思うほど、酔ったときは正気ではない。どうも覚えてもいないらしいので、言うことはないけど。

「残念ながら。実績はあるので、確実ですよ」

「どこの誰がやったの」

「うちの兄が、当時の思い人を全力で取り戻しにいきましたね。今は幸せそうです」

 ……もしかしてどこかの魔法使いが、死ぬとか言いながらこき使われた時か。次なにかやらかしたら絶対、滅するとか言ってた。
 具体的なことはなにも書いていなかったが、夏の神許すまじと怨念が籠もっていた。

「呪い発動前ならもっと簡単なのでは?」

「……その話、発動後なんだ。よくやったね」

「……大変で大変でした。兄様、死んじゃうんじゃないかと思ったくらい」

 あれはとても怖かった。とぽつりと続けた。途方に暮れたような表情はどこか幼げだ。兄弟について語る彼女は表情豊かだ。
 文句をつけても大事なのがわかる。

 しかし、それとは逆に国についての言及はない。その両親についても聞いても答えなかった。父親に対しての嫌悪感は相当なものだと推測できるくらいだ。黙って、その質問ごとなかったことにしたのだから。

 確か、簒奪に近い形で王位を奪ったと聞いた。その当時は、魔法使いがこき使われた話しか聞いていない。

 ……いや、大体が愚痴しか聞いてない。でも、とても楽しそうだった。

 魔法使いは、飽きて、飽きて、でも、死ぬほどでもなくて、という厄介な状況に至っていた男だったのだが。
 俺の嫁と俺の娘と息子が可愛すぎると親ばかになるとは思わなかった。

 先日、無事に生まれた息子へのお祝い送らないとなと全力で現実逃避したい。

 ……とは言っても現実は、追いかけてくるのだが。

「出来るかな」

「気弱ですね。三百年分の恋情ぶつけてきたらいいじゃないですか」

 楽しげに笑っている。人ごとであるが、出来ないと思っていたらこんな賭けみたいなことはしないだろう。
 そして、きっと彼女なりの意味と意義がそこにある。

「はいはい。手持ちの十年分で何とかならなかったら、片っ端から記憶取ってきますよ」

 好かれている自信はあるんだけど、その種類はわからない。
 なにか娘のようにしか思われていない気がするけど。愛の種類は問わないのかもしれないし。

「次に会った私がちょっと違ってても変わらないでよね?」

 そう釘を刺せば、彼女はきょとんとした顔をする。そして、少し考えて、にやりと笑う。

「どうでしょね。色ボケしてたら指さして笑ってあげますけど」

 なにか腹が立ったので、帰れと言われるまで居座ってやった。
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