ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 姫様

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「姫君は、ご機嫌麗しくいるかい?」

 書類仕事の隙間に差し込まれた質問にイリューは黙った。
 彼の上司のランカスターは噂に疎い。業務に関係ないことに関しての感度の低さが致命的だ。
 それを補うようにイリューが付けられたが、彼もあまり得意な方ではない。ライルの方が専任になるべきと思いながらあちこちで噂を拾い、三人で集まっては精査しあげていた。

 頭が良くて善良で、清濁併せのむ度量もあるし、その点では尊敬しているのだが。

「麗しくはないでしょうね」

 しばし考えて、正直に答えることにした。
 ジニーは不在のため、時々ジンジャーが早朝に様子を見に来てくれるようになった。そのとき、一、二度、愚痴られた事がある。

 侍女が嫌だとか、また、ご飯がおいしくなくなったとか、自由が欲しいとか、あの男最悪とか。

 姫付きの侍女がそんな状態で、ご機嫌でいられる姫君ではない、と思う。どうも人となりを聞いていると身内の心配はするたちのようだ。
 王に対する関心は全くない。
 諦めてしまったのだろうかと聞けば、微妙な顔で、趣味じゃないって、と答えられた。
 どんな顔をしていいかわからない。

 噂に聞くと姫君は王に執心と言われている。関心を引くために侍女を解雇したとか、ドレスを作りまくっているとか。
 ジニーが愛人であるというものもあったが、バカバカしくて、笑ってしまった。

 彼女(ジニー)がなにかするって、あり得ない。

 誰にも優しく特別な誰かを作ろうとしないことに苛立った噂だろうが、誰かがいた場合、その人はいじめられるのは確定している。

 かくも恋に狂った者は、愚かしい。

 まあ、人のコトは言えないとイリューは自戒している。

 ソランはあきらかにジニーを意識している。それが、どう言った感情なのかはうかがい知れないが、いざとなれば彼女を選びかねない。

 ライルは憧れをもってジンジャーを見ている。男兄弟で育ったせいで女性に免疫が無い。面白いように転がされている。
 何かあったら板挟みになって苦しむタイプだ。

「……なぜ?」

 ずっと黙って考えていたランカスターは、答えを出すことを諦めたようだった。
 お金を数えたり、計算したり、不正を見つけたり、あらゆる国庫に関わることについては有能なんだけどな、とイリューはため息をつく。

 すこしばかりむっとされたので、何か言われる前に口を開く。

「王城の端の部屋にお住まいですし、侍女の態度に困っているようで、護衛も困った態度でいるそうです。
 故郷からの専属の護衛も侍女たちが邪魔するので、城下で別の任務を与えた、と言うことです」

 ぱちぱちと音がしそうなくらいの瞬き。

「なぜ、そうなっているんだ? 報告は無かった」

「ご興味あったんですか?」

「直接お会いする機会は無かったが、手紙は送った。無礼だとは思ったが、感謝を伝えるべきだと考えたのでな」

「ええと。聞いてないので、届いていないのでは?」

 少なくともイリューは彼女たちの口から一度も財務卿(ランカスター)の名を聞いていない。

 もし、手紙があったなら話題にしそうだ。誰でどういう人なのかと、そのくらいの情報収集は怠らない。

「は?」

 届かないなんて考えたこと無かった。そんな顔だ。
 時々、この人、頭良すぎて馬鹿なんじゃないかとイリューは思う。

 彼が思うよりも人は怠惰だし、望んだとおりになるわけでもない。それに意図的に届けないということもあり得る。

 それほど、あの姫君の立場は悪い。

 既に、王と彼女の恋は世間に流布し、否定するわけにはいかないからだ。美しい物語が王家には必要だった。

 王は彼女を妃の一人でしかないと宣言し、王妃の部屋にすら招かない。
 王の運命として神より与えられた女性は、仲を裂かれるのではないかと怯えている。

 その仲を裂くべく現れたのが、遠い異郷の姫君。
 彼女に与えられた役割はただの悪役である。本人がどうとか言う問題ではない。

「実際、お会いしたらいかがです? 今でも男を誑かすなんて言われているんですから、リストに人が増えたところでどうって事無いでしょう」

「本気で、言っているのか?」

「途中に人を挟んだ方がややこしくなります。良いことなにもないですよ。本当に、居心地悪いと思います」

 故郷に帰るといつ言い出してもおかしくない。

 式典での王妃の冠も無理にねだったのだとされている。

 イリューもその場にはいたのだが、あまりの扱いに王への忠誠が目減りするのを感じた。そもそも良い点なんてないと思っていたが、底には一段下に底があった。そろそろ国を出てもいいんじゃないかと考え出す所まで来ている。

 式典では女性の歩調など考慮していないし、階段なんてちゃんと上れるはずが無い速度だった。

 そつなくこなしたので、あの人、頑丈そうと見当違いな感想も出てきたが。

 普通の姫君だったら三日は持たないだろう状況でまだいるんだから、根性はあるんだろう。

「報告しなかったのは?」

 再び問われた。

「興味ないと思ったので」

 というのは建前だ。
 あまり関心を持たれたくないと彼女たちが考えているのがわかったからだ。
 苦境を訴えるよりも、ひっそりと自由にしていたい、という主張がそこかしこにある。だから、イリューは見て見ぬ振りをしている。

「僕が聞いたから今、答えたと」

「そうですね。でも、そこかしこで悪い噂はあったんですよ。なぜ、今まで気がつかなかったのかのほうが不思議です」

「うっ」

「青の騎士団の補充が間に合わないとか、予算がと忙しかったのはわかりますが、いい加減没頭するのはやめてください」

「わかった。今回は身に染みた」

 ランカスターが反省した顔をしていたのでイリューは黙ることにした。

「……開戦、するかもしれんな」

「はい?」

 いきなり物騒な言葉聞こえた。

「持参金、特産物、技術提供を持って嫁いできた姫が、この境遇で、祖国は良い気持ちになるかい?」

「え、持参金、あったんですか?」

「……一体、どんな話になっている」

「こちらから資金援助して代わりに嫁いできたと。だから、使用人もなく荷物も少なかったと」

 それでより軽んじられている。

「一年分の予算と同等の持参金だ」

「ああ、それで、青の騎士団の装備品が増税無しで買えて、最新の武具も改良されて、最近の流行はガラス玉と」

 ……詰んだ。
 国が終了するお知らせが聞こえた。姫のところで雇ってもらえるかな。
 イリューは現実逃避にそんな事を考える。

「どこの馬鹿が、そんな話を流している」

「王が持参金もないとか言ってたとか噂に聞きました」

 さすがに王が言っていて事を疑うまではしていなかった。イリューは頭を抱えたい。
 なに言っても嘘だと思おう。彼女の噂は嘘しかない。

「……おかしいな」

 手帖をめくる。

「確かに会って話をしたはず」

 他人に手帖など見せるものではないが、間違いがないと確認して欲しかったのかイリューに手渡す。
 几帳面な字で、王との面談と持参金などの報告と書いてあった。同じページも仕事の出来事しか書いておらず、仕事漬けなのがわかる手帖だ。
 イリューが一度、徹夜したときにジニーがブラック労働とは、と語っていたが、それを地でいくものだ。

「どこかで、噂がねじ曲がっている、あるいは、記憶自体が改ざんされていることになる」

 王に会えばわかるか。
 独りごちて、席を立ったランカスターをイリューは止めた。

「姫君に会う方が先では?」

「しかし、王の許可無く会うのは礼儀に反する」

「では、偶然会ったことにしましょう。少々お待ちください」

「わかった」

 話を聞いたソランやライルが真っ青になったのはもうちょっと先の話。
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