ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

文字の大きさ
35 / 160
おうちにかえりたい編

閑話 王弟。

しおりを挟む
 凛と立っている人だと思った。

 花が萎れるように、枯れていくように。
 儚く笑うようになった。

 手助けしたいと思う。

 と仮の上司が乙女になっていた。擬態でもないらしいところがもっと悪い。
 ついでに兄のものを手にしようとする仄暗い気持ちも含んでいる。これは無意識だろうか。

「……思うに思い込みがあると思うんだ」

 思うが多い。
 ウィリアムはなんと言えばいいかわからず、そんな意味不明な言葉になったことに気がついた。

 美しい。
 可愛い。

 確かにその言葉は似合いだ。微笑まれたら好意を抱くのもわかる。
 わかるが、貴婦人の微笑みなのに、ウィリアムには寒気を感じさせた。

「そうか?」

 3番目(トレース)はウィリアムの言葉はあまり気に留めなかったようだ。機嫌が良さそうに書類整理をしている。
 これが提出ぎりぎりまで放置される。

 あまり、出来の良くない弟を装うのは少しばかり面倒だ。
 兄弟とも同じか、どこかが少し良いくらいなのがよりややこしくさせている。予備としては優秀であるから排除されることはないが、貴方が王にと言う囁きが絶えることもなかった。

 ウィリアムはため息をついた。3番目(トレース)に与えられた仕事は少しずつ増えていっている。ウィリアムとの話を腰を据えて聞くほど暇ではないのは確かだ。

「少し思い込みが過ぎるのでは?」

 もう少し注意を促したが、彼も何が言いたかったのかよくわかっていない。
 小さい違和感が、連なっている。確定できる情報はないのに視界をちらつく何か。
 城の様子が、おかしい。
 近衛も調子を狂わせ、黄の騎士団は、ただ黙っている。

 こんな時には、我々も噛ませろとやってくる団長(レオン)を見ない。管轄が違うとジャックとやり合うのはいつものことだった。

 目立ちたがり屋の気分屋とジャックが吐き捨てる男が静かすぎるのだ。

「レオンからは何か言ってきませんか」

「静かだね。不気味の一言に尽きる。なにかやらかしたかもしれないな」

 3番目(トレース)は機嫌の良さを残しながらもいつもの調子を取り戻している。

「気になるなら調べておいで」

「はい」

 許可をもらいウィリアムは部屋を辞した。ついでにと渡された書類の中身を見て苦笑する。彼の手からこんなものが出されるとは。王は不快に思ったりはしないだろうか。


 ウィリアムと王、王弟は、幼なじみのようなものだった。あくまで、ような、である。
 母親同士が仲が良く、良く顔を合わせる間柄。個人同士の仲の良さは置いていかれる。それを周りは勘違いし、側近候補であると噂されていた。

 ウィリアムは父の後を追い、騎士を目指していたことも良くなかった。近衛に入ろうとしたらどちらを選ぶのだといわれ、遠い青の騎士団を選んだ。
 どちらも同じくらい選びたくない、とは決して言えない。

 母が事故で亡くなり十も過ぎた頃からあまり顔を合わせていなかったのに、選べとか何様だよ、と思った。
 父が困ったような顔をしていたのは、覚えている。

 それから六年。こんな事をするとは思ってもみなかった。
 欠員の補充と装備の補充をしたらさっさと帰るつもりだった。今、ここを放置して戻るのは不安の方が多い。

 姫様。
 そう呼ばれる妃殿下。

 このささやかな違和感の真ん中に彼女が立っていると思うのに、そこに繋がるものは曖昧で、確定しない。

「不敬なんだよな」

 まるで婚姻なんてなかったかのような扱い。王に並び立つはずなのに軽んじられている。

 それを、訂正しない。

 気弱で、引きこもっているような人であると認識されている。
 遠くから嫁いできたのもワケありなのだと悪意ある噂もある。その祖国もどの神をも信じない無法の地だと。
 遠いからと言いたい放題だなと思った記憶がある。

 ……確か、エルナから来たと。

 聞き覚えがあるが、それほど印象に残っていただろうか。

「思い出した」

 出入りの商人とただの雑談で、どこの出身かときいたのだ。それはどんな国なのだと。
 深い意味はなかった。

 この世の地獄、と。

 出入りの商人が温度のない声で、故郷を評した。
 それ以上のことを語ることを拒否した。

 以後、その商人が商談で顔を出すことはなかった。

「エルナ、ね」

 調べるには骨が折れそうだが、その価値はあるだろう。
 その前に書類を出しに行く。侍女と護衛を付ける話は少し前にしていたと聞いた。そのことに問題はないと通常通りの流れで持っていったのが悪かった。彼がそう気がつくのはかなり後になってのことだった。

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

処理中です...