ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

仲違い

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 オスカーと兵舎の食堂で向かい合って食事をするのは初めてだ。そもそも食事に同席することすらない。護衛という立場上、そうなるだろう。
 妙なものだと今日も肉の朝食を頬張る。
 同じように肉を口にするオスカーは微妙な表情だが、おいしくないのかな。

 今日、時間が微妙とあって、空席が目立つ。いつも来る頃は座る場所にも苦労するくらいだった。

 まあ、この機会にしばらく考えていたことをぶつけて見るか。
 難しい顔で、肉切ってるなとぼんやり思いながら。

「ところで、レオンとは長い知り会い?」

「……なぜ、そう思われたので?」

 がしゃんとオスカーのナイフが滑った。切っていた肉がどこか飛んで行かなくて幸いである。
 ふむ。黒と。

「式典の時、やけに手際が良かったから?」

 辻馬車くらいならオスカーは主張するかも知れない。その後の手際は予め決められていたようなほど滞りなかった。
 聖堂に少しも残しておきたくなかったように。
 

「あー、だから、俺では無理だって言ったんだけど。ローガン様との知り会いっていうか貸し借りがある仲だと言ってました。直接はあの時は初めてですよ」

 いつから、疑ってたんですか。ぼやくように言われるが、ずいぶん後になるまで妙に思わなかった。
 たぶん、レオンの印象が強すぎたのだ。
 意図的に演出されたとは気がつきにくかった。

 ずいぶん前から、仕込んでいたんだ。

「ねぇ、ローガンはどうするの?」

 ほおづえをついて、尋ねる。裏切り、なんて思わないけど、信頼には傷が付いた。半分くらいは信じてもいい。

「疑われたと聞いたら泣きますね。姫様の方が重いに決まってるじゃないですか」

 露骨に視線を逸らしながらそんなことをいわれてもね?

「なんで、いるのさ?」

 なるほど。注意が逸れたのは、レオン本人がいたからと。
 聞かれて困る話ではない。今更、価値の目減りはしないんだから。
 ああ、でも、ついでに利用しよう。姫様とジニーは今は仲が良くない方が都合が良い。

「……本当に、間が悪くて、間が良いよね? 残りは悪いけどオスカー、食べてね?」

 朝食の残りに未練はあるけど、仕方ない。

「は?」

 唖然とした顔のオスカーを放置して、立ち上がりレオンに向き直る。
 口の端をあげて笑みの形だけつくる。

「まあ、喧嘩くらい、出来るよね?」

 一応、宣告くらいしてあげる。問答無用でしないだけ優しいと思って欲しいな。
 レオンがあわあわと数歩下がったって、そこら辺にあるのは椅子とテーブルで、逃げ道はないなぁ。

「え、ジニー、ちょっと、ちょっと待とうか」

「待てない。姫様に近づくなんて許せないと思わない? 俺がちょっと不在にしてた間にさ」

 いっそ優しい位の声がいいかな。甘い甘ったるい声で。
 すっと距離を詰める。

「え、ええ!?」

 だって、幼なじみの乳兄弟の護衛なんてしているんだから、これくらい特別でしょ?
 その彼が敵対まではしないまでも利害が一致しない相手と一緒にいるなら、明確に理由がいる。
 悪いが、聖女様にふらつく理由にさせてもらうよ。これで、後で姫様に叱られたことにするから。

 黙って、殴られろ。

「やめろって」

 ちっ。
 何かする前にオスカーに手首を捕まれる。利き手ではない方なのは、よくわかっているからだろうか。
 これから胸ぐらを掴んで―の、と考えていたのがばればれだったんだな。

「心臓に悪いんでやめてください。傷なんて付けたらなに言われるか」

 オスカーに小さく耳元で言われる。不満で口をひん曲げるくらいは許されるだろうか。
 手を振り払って、兵舎を出る。

 ……まあ、ミッションは果たしたかな。傷心のジニーが誰かに付け込まれてもおかしくないと印象付いたならいいけど。

 珍しくご機嫌斜めの顔のままで歩いていたら、ソランを見かけた。びくっとしたのはなぜだろう。

「え、ジニー、どうしたの? ていうか、あっち騒ぎになってたけどなにしたの?」

「どうして、私だと?」

「そんな顔して出てくるのがおかしい」

「おや?」

 自覚は無かった、そんな風に自分の頬に触れてみる。もちろん、わかってて、だ。
 ソランには重いため息をつかれた。

「手首どうしたの。赤い」

「ちょっと喧嘩?」

「喧嘩!?」

「し損なったみたいな?」

「ああ、うん。行かないことにする。それから聞かない事にする」

 悟りきったような顔で宣言された。
 まあ、別に言うようなことではない。あとは噂がどうなるか楽しみだ。
 しかし、見れば確かに手首が赤い。オスカーも加減を間違う程度には焦ってたようだ。気がついたら地味に痛い。

「イリューは元気?」

 手首をさすりながら、近況を聞いてみる。本人は元気そうだ。

「まあ、忙殺されてるけど、元気」

「ライルはちゃんと養生してるの?」

「この間、門前払い食らったんだ。なんか潜入する方法無い?」

 ライルは家に軟禁と。過保護なのか、何らかのもくろみがあるのか。兄があのカイルだというし、なにかありそうではある。
 様子を見に行ってもらうのも一手か。
 んー。断れないような相手からの手紙でもあればいいかな。

「見舞いの手紙を書くよ。それを持っていって。返事ももらわなきゃ。その場で書いてもらってね」

「ジニーはさ、なんで俺たちに優しいの?」

「弟がいるんだ」

 何とも言えない顔をされたけど、それで納得してもらいたい。優しいわけではないんだから。

「危なくなったら逃げなさいよ?」

「検討しとく」

 これも遠回しの否定だったかな。
 青に入るような男の子だものね。退くわけはない。
 忠告ぐらいはしたと自分に言い訳する程度の言葉だ。

「じゃあ、後でね」

 とりあえず自分の部屋に戻って怒られるミッションでもしてこようか。


 ユリアに事情を説明すれば、頭が痛いと言いたげに額に手を当てた。
 さすがにこの時間は起きていた。そろそろ、朝食になるだろうし、その前の身支度を始めないと遅い。

「わかりました。わかったんですけどね、不憫すぎませんか」

 偽姫様をベッドの上に移動させる。昨夜は布をかけて隅に座らせていたのだが、動き出しそうだと考えてしまって、ホラーな夢を見た。
 ……同じ顔に追いかけられるって悪夢と思ったけど、兄弟間の鬼ごっこがそんな感じだったと思い出した。
 何年か前の自分と何年後かの自分が追いかけっこするって、ちょっと怖い。

「悪いなぁとは思うけど、もっともらしくない?」

「そうですけどね。はい、わかりました。しょげて帰ってください。あと手紙はどうしますか」

 ベッドの上で起き上がっているけど、元気がないの、みたいな姿勢をどうにか取らせる。うつむく角度が命だ。
 入り口から一番綺麗に見えるように調整しておしまい。

「書いておくからソランかイリューが来たら渡して」

 ユリアから手紙の道具を入れた箱を渡される。

「そっちの部屋でやってくださいね」

 にこりと笑って寝室を追い出された。……うん? なんか、怒ってなかった?

 首をかしげながらも居間の方に戻れば、オスカーがいた。
 そこそこセッティングに時間がかかったからいるだろうなぁとは思っていたけど。

「少しは反省したか?」

 非難がましい言い方だ。

「しないよ。変わっちゃったなって」

 ふてくされたような言い方をするのは久しぶりだ。故郷にいた頃でもあまりしなかったような気がする。
 ソファに座り、その前のテーブルに手紙の道具を並べた。
 きちんと透かしの入った紙は人目で高級品とわかる。これなら断られる事もないだろう。

 オスカーは後ろに立ったままだった。

「あーゆーのが好みなら故郷じゃ、誰もいないわけだ」

 好みじゃないしっ! と否定しかけたが、今はジニーである。口出しをするのもおかしい。
 オスカーもわかってて言う。

「ジニーは選べないものな」

「うるさい」

 楽しげに笑いやがって。声だけでわかるからな。

 ライルへの見舞いの手紙を書いている間に、他の侍女たちもやってきた。朝は揃って打ち合わせをすることになったらしい。

「おはよう」

 笑顔もなく挨拶したらしんと静まった。

「おはようございます。ええとオスカー様?」

「ちょっと朝からやらかしてご機嫌斜めだ」

「うるさい」

 オスカーのこれな、みたいな顔が、イヤですけどー。

「ジンジャーに渡しといて」

 オスカーに手紙を押しつけて部屋を出ることにする。余計なことばかり言われそうな予感しかしない。

「ごめんね」

 申し訳なさそうな顔して侍女たちに謝るのは忘れない。まあ、いつまでもご機嫌な生き物でもないのだよ。


 ご機嫌の悪い顔であちこちを歩き回れば、いろんな人に心配された。昼くらいには、既に噂が回っていたようだ。
 ところで、なぜ三角関係で王様が入らないのか。ジニーとレオンが姫様取り合っている風なんだけど。
 ちがくない?
 空気過ぎない?

 好きじゃないけど、これもどうなんだろうか。

 昼も過ぎれば、噂の影響かいろんなところで、辛いようでしたらお話しを聞きますわ、的な言葉をかけられはじめた。今がチャンス、とでも思われたんだろうか。
 善意も含まれていると思いたいので、礼だけは言っておいたけど。

 そうしている間に約束の時間になった。
 確かこのあたりとふらついていると向こうから見つけてくれた。ごめんね、迷ったんだと微笑めば、顔を真っ赤にするあたりは可愛いと思う。

 会場の部屋は誰かの私室のようだった。
 品良く家具がそろえられている落ち着いた部屋だ。私の部屋よりも良い部屋なんだけど。

「ようこそいらしてくださいました」

 エリンが女主人のように迎える。貫禄というか貴族のお嬢様、ってかんじだ。確かに優雅で、品良くは見える。
 今日は他に三人とさっきあった子が一人。
 室内にはメイドがこれまた三人いる。ちなみに扉は少し開けたままだ。さすがにきっちり閉めるようなら指摘したけど、その程度はちゃんとするらしい。

「こちらこそ。あ、手土産、忘れちゃった」

 というか、今の今まで必要だと思わなかった。
 ごめんねと眉を下げて言えば、返答はなかった。

 ……ん-?

 絶句されるようなことを言っただろうか。

「か、構いませんわ。どうぞ、こちらに」

「お嬢様たちを席に案内してからね?」

 まあ、紳士的には振る舞う必要はある。椅子を引いて座ってもらうことくらいそんな手間でもない。
 そわそわと扉の前で待っていたのかと思えば可愛い気もするし?

 みんなそれなりの家のご令嬢なんだろうな、とは思った。所作が洗練されている。
 これと比べたら私のは雑だ。長年鍛えたものはやっぱり違う。
 ま、次に生まれた時にはもっと優雅な生活が出来るよう願っておこう。今回は、優雅とは無縁でいいや。

 名前を紹介されたけれど、あまり覚える気はない。名前を呼ぶほど、というのは親密すぎる。家名はわざと言われなかったんだから。
 無難に質問に答える形式でいれば、呼ぶ必要もない。
 お茶も用意されたので、礼を言ったらメイドも真っ赤になって、いえ、と言って下がっていった。
 中々の耐久力だ。きゃーと叫ぶ子は多い。
 こちらを見ていた他のメイドにもちょっと手を振って上げる。あとでさっきの子がいじめられたら可哀想だし。

 ひとしきり季節や天気の話題が終わってからこう切り出された。

「姫様はよろしいですの?」

「いいんだよ。話聞いてくれないし」

 わかってて聞くのは悪趣味だ。良くない、んだけど、拗ねてますと態度に出すことにしよう。

「あらあら、お困りですわね」

 肩をすくめて、明言は避ける。仲違いまでは思われたくない。
 口を閉じる代わりにお茶を口に運んだ。さわやかな柑橘系の匂いがする。
 お茶もお茶菓子も良いものを使っている。改善したと思ったけど、まだ上があったか。
 優しい口溶けのメレンゲを楽しんでいると急に外がばたばたし始めた。

「あら、楽しそうね」

 ひょっこりと、少女が顔を出してきた。城下の娘が間違って紛れ込んだかのような服装だ。
 誰かに似ている。

「聖女様!?」

 ……そっか。素顔はその顔なわけね。いつも会うときは完全武装だからちょっと違うのか。教会のいろんな儀式は華美な装いを嫌うと言うし、それを考えれば別におかしくはないけど。
 まず、着替えてこい。

 皆のうろたえ方を見れば、これは想定外だったんだろう。いない間にこっそりとはいけないな。

「おや、では、私はこれで」

 まあ、席は立つよね。

「え、ご一緒しましょう?」

「陛下の不興は買いたくありませんし、心配させるものではありませんよ?」

 にこりと笑って、断る。
 理由としては真っ当だ。

 そして、もう少し一緒に楽しめると思っていた彼女たちの不満を抱かせるには十分。

「そんな、あの方は、もう私に興味なんて」

「それでも、ですよ。じゃあ、またね」

 ばっさりと切り捨てて、他の侍女たちには愛想良く。
 さて、今までちやほやされてきたんだから不満になるはずだよね。

「では、怪我の手当だけでも」

「……あれ?」

 そういえば、手首あかくなってたっけ。
 利き手じゃないから忘れてた。じゃあ、いいか。理由があったといいわけできれば。

「それじゃあ、頼もうかな」

 思ったよりも手際が良くて、冷やす効果があるという薬を塗られ、するすると包帯が巻かれる。
 よく、使ってたから、と独り言のように彼女は呟いた。

 ずるずるとなし崩しにお茶会が再開してもおかしくはなかったと思いたい。
 表面上は今までと一緒。なのに孕んでいる緊張感は今までの比ではない。

 聖女様だけが、静観して微笑んでいる。
 私だけを観察しているような、熱烈に見られているような微妙な視線。目があえば困ったように笑って見せたけど、なんだろう。
 既視感がある視線。

 イヤな思い出だった気がするけど。

 そう、モノを見るような?

「さて、名残惜しいですが、私もずっとこうしているわけにはいきません」

 あまり気持ちの良いものではないので、さっさと逃げるに限る。とりあえずの釣りはできた。釣果はほどほど。

「わたくしも。送ってくださる?」

「よろこんで」

 部屋を教えてくれるなら、それくらいやってもいい。
 押し入る機会はあるかも知れない。面倒になったらさらっちゃえばいい。ごまかすのは、得意なんだ。

「またね」

 愛想良く、振る舞うことも忘れない。
 部屋を出てから眉を下げて困り顔で。

「ちょっと疲れました」

 なんて、こぼすのも効果的だよね。積極的に破綻させたいからやるけど、本当に悪い男だな。ジニーって。
 特別だと思わせるような笑みで、秘密ですよと囁く。

 頬を染めた彼女を見下ろし、蕩かすように言おう。

「本当に、かわいらしい」

 気がつかない間に、捕まえてしまうよ。
 二度と出てこられない場所に閉じ込めて。
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