ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

笑顔は終了しました

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 一人の男を取り合う女二人という構図。

 その実。

 どちらも欲していない。

 というのは、とても冗談のような状況だなと思う。

 聖女様が妙に会話を押しつけてこようとするのに困惑する。

 以上、現場からお伝えしました。と兄様の口癖が脳裏をよぎっていた。毎回、現場って今ここにいるじゃない、どこに報告してるのとつっこんだけど、いつもごまかされていた。
 現実逃避にはもってこいの言葉だったのだと今更思う。

 楽しい楽しいはずの昼食会は、家族用とされている昼食室に案内された。
 以前と同じ部屋だったのだが、椅子の数は増えている。
 王と王弟と私と聖女。

 ……まあ、厳密かどうかはさておいて家族は、家族かも知れないが。

 表面上は和やかに、天気の話題や日常の過ごし方などを話している。儀式が多いと聖女はこぼしながらも健気に微笑んでいる、ように見える。
 目が、つまんない、と言っている。なぜか自分と同じだと思った。

 茶番とさえ言えない。
 ああ、ゴハンがおいしい。前回みたいな差の付いた状態ではない。お肉って素敵ね。で、これはなんの肉なのかしら。
 噂で聞く魔物肉なんて出回るのかしら?
 なんて、聞けるわけもない。

 私は品良く微笑んで、時折相づちを打つ仕事がある。
 ついでに王を見て恥ずかしそうにする仕事もある。いらんのだけど、印象付けしたいから仕方ないけど。

 不快。

 理不尽だとは思うが、そのドヤ顔がむかつく。
 俺、愛されてますよ感が。

 各自の内心はともかく表面上は穏やかにデザートまで食事は進んでいる。
 王がやたらと見てくるのでついと視線を逸らせば、聖女様と目があった。

「そういえば、このデザートは妃殿下が考案されたとか?」

 プリンタルトなるそのままの命名をされたらしい。
 昨日、食べたものよりも少し大きめだった。表面に焦げ目がついていておいしそうだ。

「いいえ? プリン狂の弟からもらったレシピを料理長に渡しただけです」

 聖女様からの振りは全力で打ち返しておく。私にはこの方向の才能はない。お願いだから教えられた通りにやって、と言われると言えばわかるだろうか。

 イチゴプリンと言われたので、そのまま丸のイチゴを入れたりする。イチゴジャムとかあるでしょ、もっと考えてっ! と訴えられた。

「……プリン教……」

 聖女様にはなんじゃそりゃという顔をされたけれど、私もわからない。なにが弟を駆り立てているのか。

「おいしいですね」

 微妙な雰囲気を察してか王弟が会話に混じってきた。
 この察知能力は彼の方が高い。逆に言えば、王は鈍感である。全てにおいて優先されてきたのだろうなぁと感じた。

 この兄弟も似ていない。異母兄弟ということを差し引いても、他人に近いのではないだろうか。

「料理長の才能はすごいと思いますわ」

 にこにこと笑って褒めておく。あとで個人的にもねぎらいの言葉を送ろう。
 さて、なぜ、王は面白くない顔になるのか。

 どうしましたと言いたげに首をかしげてみた。

「貴方は笑わない方が良い」

 ……は?
 きょとんとした顔をつくった。この発言には聖女様ですら、うわーという顔を一瞬した。

 もぎゅもぎゅとプリンタルトを口に放り込んだのは、余計なことを言わないためだ。暴言を吐く自信はある。

「媚びを売るつもりはないのではあろうが、二人だけの時ににしてもらいたいものだな」

 わかんないなぁという顔をしまたまま素直に肯く。
 独占欲、というやつだろうか。
 あるいは嫉妬だろうか。
 人前で言うなら牽制もあるだろうけど。相手は、誰なんだろう。

 王弟なら、順調に不仲になっていると思えば良いのかな。
 あちらの関心が、聖女様から離れぎみだとわかっただけ良いのだけど。逆に執着を感じて気持ち悪いというか。

 微妙に後味の悪いままに昼食会は終了した。
 なぜか、王にエスコートされて部屋まで戻ることになってしまった。なぜか、腰に手を回されているのか理解不能である。
 しかし、兄様もやってたと、一応、仮にも夫であるなら拒否しないもの、とは思う。思うんだけど。

 手の動きがさ。
 ……。

 困った顔はしているけど、うん、鳥肌が立つよね。これ以上とか無理だわ。何かあったときのための強力睡眠薬用意してもらおう。
 気持ち良くなるお薬も。
 常用しなければ、大丈夫。

 本当ならうつむいた方が良いんだろうけど、そうすると王は視界に入ってくるからそのまま前を見ている。
 この殴りたい衝動!

 全部を相手にする戦力があったら、躊躇なく、殴る。

 本当は我慢なんて無意味なんじゃないか。綺麗に片付ける必要とか無くて、全部、壊していけばいいのでは?
 手当たり次第に。

 イライラが溜まっていくが、部屋は遠い。中枢からものすごく離れた場所であったことは今となっては最悪だ。

「部屋を移そうと思う」

「こちらでも、問題ありません」

「王妃として遇するのだから、王妃の部屋にいるべきだろう」

 廊下でする話ではないな。
 雑談でもしない。

 妃の一人でしかない、から、ずいぶん変わっている。

「聖女様に悪いですわ」

「貴方の方が、上であるのだから遠慮などいらないよ」

 優しげに微笑まれても、ぞっとする。
 最初からこうならともかく、今のこれはきつい。部屋を移動しようものならすぐに乗り込んで来るだろう。

 世の中には腹上死という不名誉な死に方があってだな、あとはわかるな。
 という気分でどの毒薬が不審でないか考えはじめた。心臓あたりを弱らせてからやると良いのよとふふふと笑ったのはどちらの姉様だったか。
 まあ、どちらでも魔女より魔女らしいという評判は嘘ではない。

「そんな」

「無理にとは言わないが、近々用意をする。待っていてくれ」

 いや、本当にその自信ってどこから出てくるのか。周りの人も怪しまないの?
 好意を持つところどこにあったんだろうって。
 顔か、顔が良いからころっと騙されているとか思われているのか。そうだとすればろくな人はいなそうな気がする。

 まあ、国の運営と人格は別だ。滞りなく、運営はしているのだからその方面は能があるあるんだろう。

 ところで、その手、そろそろ切り離してよろしいかしら?

 どうにか我慢しているがね。笑顔で武装しない私の忍耐力はそんなに無い。

「ありがとうございました」

 部屋にどうにかたどりついて、礼を言う。ご満悦の王にはとっととお帰りいただきたいが、なにか居座る予感しかしない。

「申しわけございません。今日はつかれてしまって」

 悲しげな顔でお帰り願う。
 さすがにこれは通じたようで、不満そうだが大人しく帰って行った。

「またな」

 二度とくんな。

 部屋に戻れば、侍女たちが勢揃いしていた。皆、不安顔で、疲れ切った私の顔を見るなり世話を焼きはじめる。

 ユリアはそっと離れてメリッサと話し込んでいる。聞く気も起きないわ。

 ソファに座り、お茶のカップをぼんやり持つ。
 ああ、疲れた。
 この方面は私は苦手だ。良くも悪くも私の周りには異性が少なかった。ジニーであったときは別に男としか認識されていないから、何かあることもなかった。
 逆に女性のあしらい方が得意とも言える。

「いかがいたしますか?」

「休むわ」

 触られた所全部洗い流したいくらいの嫌悪はちょっと潔癖すぎるかもしれない。
 え、これ以上? 無理無理。

 ハニートラップは本気でやめた方がよかった。
 ジニーなら別に良かったんだけど、ヴァージニアではダメだった。

 さすがに落ち込むわ。

 落ち込むついでにその日から二日ほど寝込んだ。嘘でもなく、ユリアが厳かに疲労ですと宣言していた。

 夢うつつに頭を撫でられたような気もする。ユリアに聞けばぎくりとした顔をしていたので、犯人はいるらしい。
 人であるなら、ローガンあたりだろうか。
 呼びつけておいて、寝込んでいたから。

 ようやく熱も下がった日にユリアに宣言した。

「私はあと三日くらい寝込んでいる設定でよろしく」

 ユリアが少々うんざりした顔なのは偽姫様を再び組み立てたからだ。愛着が出てきた、ような気がする。
 いや、バラバラ死体状態はちょっと嫌だけど。

「いつになくやる気なのはなぜですか?」

「鳥籠に鳥を入れたら、始末できるから」

「さようで。よっぽど嫌なんですね」

 言わなくても理解してくれて嬉しい。
 オスカーは今夜はいない。日が暮れる前に城下に降りてもらった。少し、様子が変わっていたところが気にかかる。

 ユリアも朝は遅いので、起きる頃にはいないのでそこはきちんと取り繕っていただきたい。

「よろしく」

「ええ、姫様も気を付けてくださいね。主に私に」

 ……うっかり薬盛られないように気を付けたい。


「思ったより元気そうでなにより」

 早朝、裏庭に出たところで偶然風にレオンに遭遇した。
 いつも鍛錬するときの服装と付け髪で色を変えているだけなのだから、発見は容易だろう。
 彼ならば、と注釈はつくが。

 一体、どんな目をしていれば見破れるのか。

「たまたま?」

 そう聞いたが偶然じゃない。
 名のない小さな花束がこの二日ほど朝、扉の前に置いてあったそうだ。ユリアがうっかり踏みそうになりましたと乾いた笑いをしていたから。
 粗忽者と言うなかれ。寝起きなんてそんなものだ。

「そうですね」

 目を眇めて見る動作ははじめた見た気がする。レオンは眩しいものをみたように一度目を閉じた。

「くらくらする」

 小さく呟いて、苦笑いをされた。やばいなぁと続けられる。
 見上げようとしたらがしっと頭を押さえられた。

「やめて。理性が揺らぐ」

「なぜ」

「信じらなんないくらい、かわいく見えているから」

 普通に可愛いではダメなのか。むしろ否定的だ。そして、可愛いから揺らぐ理性とは一体。

 疑問に思いながらも質問したらまずそうなので、黙ることにした。頭の上の手を払うと先に歩き出す。
 きちんと足音が付いてくるところに安堵する。

「わかってない顔されるのが、地味に傷つくもんなんですね。」

「説明する気ないでしょう?」

「説明したら、お遊びは終了でしょう? もっとも、そろそろおしまいなんでしょうけど」

 ある意味目的は既に達している。
 王と聖女の間はかなりの距離が生まれそうで、ジニーの付け込む隙はできた。今なら、彼女がいなくなっても思うほど騒がない可能性が高い。
 その上、皆の視線はこちらに集まっている。

 代わりに、私自身の危機は高まったけど。
 ついでにレオンもかなり危険なはずだ。こっちは物理的な生命の危機的。もうちょっと王は冷静だと思ってたんだけど。

 いや、うん、ちょっと反省している。

「なんて顔してんです?」

 何の気無しに顔をのぞき込まないで欲しい。瞬間移動でもしたのか。そんなに距離はあったわけではないからおかしくはないけど、びっくりするから。

「どんな顔」

「あいつ、しなねーかなぁ、って顔」

 考えがそのまま顔に出てた。

「困ったお姫様ですね。助けが来るのをまってればいいのに」

「そして、助けてくれた人と恋に落ちて幸せに暮らしましたって?」

 それは彼の主に相当する人なのだろう。おそらくは、正統な血統を持つもの。そう思えばこの態度はあり得る。

 王に成り代わろうという意志は彼から感じられない。今の王や王弟に忠誠を誓っている風でもない。
 事なかれ主義というわけでもない。

 兄様への心証を良くするなら、待遇を改善したり、王との名かを取り持つなりやることがあるだろうにそれは放置。
 失態を挽回したい、という気持ちがない。

 王を排斥したいんだとさすがにわかる。もちろん、自分も責任をかぶるつもりだろう。だから、私の遊びに付き合っても良いと、そういうことだ。

「お姫様ってそういうものでしょ?」

 ふざけた話だ。

「そんな悪いやつじゃないよ」

「悪いのだけど、好意を持つ男性はいるの」

 それは、失言だった。

「は?」

 まじまじと見られた。

「うそ、だれ、いや、きかない」

 そして聞かなかったことにしたらしい。私としても追及はされたくない。失言である。むかついたとも言い換えても良い。

「どこかにちゃんと逃げるのよ? つまんないことで、捕まらないで」

 こんな話、聞きはしないと確信している。こちらの準備が整うまで、なにも起きないといいのだけど。

「善処します」

 それは遠回しの否定って兄様が言ってた。


 それで、手を振って別れた。


「何気なく、仲良いですよね」

 急な声に驚いたが、出来る限りゆっくり振り向いた。

「オスカーも背中に湧くのやめて」

 面白がるような笑みが、たちが悪い。どこまで、見て、聞いていたのか。

「あちらは気がついていたようですけどね。ジニーのご予定を聞きましょう?」

「あの巻き毛、ええとなんて言ったかな、のところにお茶しに行って帰ってくる」

「他は巡回ってところですか。姫君のところへは?」

「昼ぐらいには顔を出すつもり。朝は兵舎でゴハンでも食べようかな。一緒にいこう」

 今日の服装を渡された。
 とは言っても上着とマントくらいだ。他は細々とした荷物をいれた鞄。

「まあ、良いんですけどね。気を付けてくださいね」

 首をかしげる。

「誑かすのもほどほどに、ってことですね」

「そんなつもりはないんだけどな」

 オスカーは肩をすくめた。

「それで、姫様はどなたが好きなんですか?」

 無言で足に蹴りを入れておいた。避けなかったんだからわかってて言ったんだから。

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