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おうちにかえりたい編
ごまかし
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王が帰った後、気分が優れないと部屋にこもることにしたはずなんだけど。
ユリアに、ひどい顔をしているので気分転換でもしてきてくださいと放り出された。……あれ、私一応、雇用主。
解せんと思いながらも侍女のお仕着せを拝借し、髪色も付け髪でごまかして庭を歩いていた。
歩いていたら、ちょうど良い木があったので、上った。
ちょっと昔上ったなとか、兄様が落ち込むと上っていたなとか思い出したのもある。
張り付いている虫みたいと言われて、腹が立ったから枝から上るようにしている。こう、手が届く枝を掴んで、体を引き上げて。
きちんと座ってスカートを直しているときだった。
「……なにしてんの?」
呆れたような声を聞いたのは。
もう見慣れた色だなと金髪の男を見下ろす。
「木登り?」
はぁとため息をつかれた。なにか悪いことしたかな?
「見た目とのギャップがすごいな。元気そうで、なによりだ」
もしや、心配などしたんだろうか。その表情からは呆れしか読み取れなかった。
「部屋に行ってみればもういないって言われ、こっちの方に手頃な木があるからあっちにいるって言ってたから来てみれば」
ユリアが私の生態を把握している。いや、確かに替え玉を依頼したときに細かいくらい打ち合わせしたけど。兄弟には半日も持たなかったって、尋問されたと小刻みに震えながら言っていた。……今から思えば、なにしていたのかしらね。私の弟妹。
いまでも国には来ないからずっと顔を合わせていなかったのだし。
「そちらに行っても?」
「折れるんじゃない?」
信じがたいと見られたけど、案外重いんだよ。武器くらいいくつか仕込んでいる。それに、見た目より重いと言われたことは数知れず……。皆、兄弟だから、容赦ない。すぐ下の妹と見比べられたのは、殺意しか湧かない思い出。
「じゃあ、しばらくここにいなよ」
念押しもされて仕方なく待つことにする。別に移動する必要もない。
こちらの服装に合わせたのかずいぶんと砕けた口調だったなと思う。でも、これも素の話し方、ではない気がする。
つかみ所がないなぁ。
味方にいても、敵にいても厄介そう。今ぐらいが、ちょうどいい。
足をぶらぶらさせる遊びから、もっと上に上ろうかなと考え始めるくらいには時間がたった。
「……危ないのでそれ以上、上らないでくださいね」
おや、口調が戻っている。
「頑丈だから平気よ」
「俺の心臓が可哀想なので、やめてください」
「気にする必要あるの?」
諦めたのか木の下に敷布を広げ始めた。妙に可愛らしいカゴには色々詰まっているようだ。
長丁場だと思ったのか本も用意している。
何冊積むつもりだろうか。
無理に降りてこいなんて言わない。
兄様たちはうろうろと落ちない? 大丈夫? そっち行く? 泣いてない? とうるさかった。性格も行動も違うのにそこだけは一緒で、変なのって笑った。
姉様たちは腰に紐を付けて、よし、大丈夫! と去っていた。ついでにおやつ入りの籠と水筒も用意していた。夜ご飯までは帰ってきなさいねっ! って。
下の弟妹は、小さい頃は泣いたり叫んだりして、少し大きくなったら下で遊びだした。
姉様も楽しいことしよって。
落ち込んでいる暇もないくらいの。
そして、そこに幼なじみはいなかった。
「ねえ、レオン」
「なんですか、姫様」
「なんで、帰らないの?」
「なんでですかね」
投げやり過ぎる返答だった。
木の上からはつむじくらいしか見えない。ぱらりと本をめくる音が聞こえた。
なんで、見つかっちゃったかな。
「そんなにお嫌ですか」
どれくらいたっただろうか。
質問がやってきた。
「女性にとっては好きな男以外には触れたくないと言われますけどね。一応、建前上、夫婦ですし? そんな過剰なものではないでしょう?」
「そうね」
それは肯定する。
そして、それを意外に思ったのか見上げてきた。
「我慢出来ると思っていたの」
思った以上に嫌だった。心構えが出来ていないところに急に来られたのもよくなかった。何らかの対策は本当にいる。私は役者と思い込んでみるか。
三番目の兄様(ジュリアンにいさま)の熱く語った思いが役に立つ日がきた。
語られた後に後遺症(ダメージ)は知らないけどねとウィンクされた。
……そういえば、過剰に色気のある男ってのは三番目の兄様(ジュリアンにいさま)だったけど、あれの真似をしたい気はしない。退廃的って言うんだ。あれは。
レオンの表情をよぎった後悔が、なにかやったんだなと思うけど、気にしても仕方ない。
「料理長が、タルトにプリンをいれたと言ってましてね。表面を焦がしてぱりぱりしてみたと威張ってました」
今までの話を聞かなかったように、全く別の話をしてきた。
「……ふぅん?」
「ここに試食があるんです」
なにが入ってるかと思えば。
四番目の弟(フィンレー)が、作ってたな似たようなもの。あちらはパイの生地にプリン液を入れて、うちの弟天才と思ったものだ。兄様が驚愕の顔してたけど。
液体があったら何かにいれたくなるのは仕方ないのではないだろうか。
よっと少し反動をつけて飛び降りる。
ふわりとスカートが広がり、そう言えば、ダメだと言われたことを思い出した。もう遅い。
「……スカートでそれはやめた方が良いとおもいますよ」
……見えたのね。
ご丁寧に顔を背けていた風ではあるが、白状するのはよろしくないのでは?
「忘れなさい」
「なんで、短剣四本も仕込んでるのか聞きたいですけど」
「忘れなさい」
「おっかないなぁ」
ぶつぶつと言いながら、タルトを皿にのせる。一口で食べ終わりそうな小さいもの。
汚れない、無駄にならない、掃除の手間も減る! パーフェクトじゃない? とドヤ顔していたのを思い出す。あの子は、今も元気だろうか。ぷくぷくしているのは安心してしまうけど、健康には良くない、と思う。たぶん。
座れば言わないでもお茶を用意される。程よくぬるいお茶は雑な味がした。
「貴方がいれたの?」
「他に誰が? ああ、ディラスは忙しいから俺のためには滅多にいれないんですよ」
「黙ってきたの?」
曖昧に笑って、答えなかった。
かわりに不自然なくらい距離を開けて座った。間違っても触れることもない距離。
面白くない。
「……で、なんで距離を詰めたんです?」
「なんとなく?」
呆れた顔とため息。
「読みます?」
「んー?」
諦めたように本を手渡してくる。
「最近流行の恋愛小説だそうですよ。ご参考に」
真顔でこれを読んでいたんだろうか。視線を向ければ、なにか? とでも言うように見返される。
まあ、ごまかされたような気もするが、本を読むのもいいだろう。
かさりとわざと立てられた足音に顔を上げる。
ユリアが呆れた顔を隠しもせずに立っていた。
「……差し出がましいようですが」
「ん?」
「なぁに?」
「……息ぴったりですね。二人とも無表情すぎてなにか深刻な話でもしているかのようです」
そうだっただろうか。
お互いの無表情を確認して、あれそうだっけ? みたいな顔を作るまでが一緒だった。
「遅いと思えば、なんというかリラックスしすぎです。この敵だか味方だかわかんないような男に」
ユリアがびしっとレオンを指さす。
別に不快ではない。さらに籠絡も必要ないし、ここまで噂が広がれば取り立てて良い顔をすることもない。
「なんていうか、どうでもいい?」
「……俺にも傷つくハートくらいあるんだよ?」
「幻滅したからって、離れるわけでも、ないでしょう?
それは確信に近い。相互に利用価値があると思っていなければなりたたないけど。
レオンのきょとんとしたような顔が珍しい。
「なに? 俺口説かれてる?」
「口説いても良いわよ。それで、全部、くれるならね」
もちろん、権力も武力もごっそりいただく。なにを考えているかもどうするかも洗いざらいぶちまけてもらわねば。
その上で、自分のために使う。
「俺以外のものが含まれているので、お応えできないな。どうせ俺がオプションだろ」
まるで、自分だけなら応えるとでも言っているように聞こえたけど。その後に起こる色々は想像するだけで厄介だ。
「そうね」
で、同意してなんで傷ついたような顔をしたのか。作ったのか、無意識なのか曖昧だ。無自覚と思った方が良いかな。
想定したより、好意的でやはり戸惑いの方が強い。
「ふたりとも放っておくとどこまでも堕ちてきそうで怖いんですよ。離れて、離れて」
ユリアが強引に割って入ってきた。元々彼女が入り込むくらいの隙間はある。
「なんですか。これ。いただきますね」
自棄のように言ってタルトを口に放り込んだ。かっと目を見開いて、タルトと私の顔を見比べている。
「教えてないんですよね? え、ここにも天才がっ!」
「そうそう。四番目の弟(フィンレー)が作ったのに似てるでしょう?」
小さく吹き出すのが聞こえた。二人でぎろりと見れば何事もなかったような顔をしている。
黙っているとお茶が出てきた。もう冷えている。控えめに言っておいしくない。これに文句でも言えとでも言うのだろうか。
「ああ、なんか、国で出てきたのもこんなお茶ばかりでしたね」
「……貴方たちの故郷ってこんなお茶、王族でも飲むんですか?」
「ええ、そうね。別に飲めれば良いじゃない」
こんなって。生水でもあるまいし。
加熱しているだけで上等だ。
だから、なんで、辛そうな顔をしたのだろうか。
ユリアとも顔を見合わせてもわからない。この子は基本的に生活に関することは雑だから。調合だけが神経質。
「知っていたことと理解したことの乖離が、ちょっとね」
完全にごまかした笑い。
見透かされても隠したかったものは一体なんだったんだろうか。
「お嬢様たちでお楽しみください」
数冊の本だけは回収して彼は立ち去るようだ。
「ありがとう」
たぶん、これは彼の好意だ。利用するとかそんな話を抜きにした。
返答はなかった。
「さて、姫様、困った事になりました」
「ユリアが出てきて大丈夫?」
「オスカーにお留守番を押しつけてきました」
一人で怒ってそうな気がする。俺に黙ってなにしてんのとか言い出しそうだ。立ち位置は雇用関係よりも遠縁の親族に近い気がする。
まあ、ちょっとだけ、疑惑もあるんだけど。
それはローガンに聞いてからにしよう。近々呼び出さないと。
「一つ、加護が暴走しています。
正確にいえば、闇の神が降臨した結果、あちこちの加護が安定を失い、強化されたり低下したりしています。
私の方は強化が過ぎて、今まで出来なかった薬が作れるようになってしまっています。薬神様から注意がやってきました」
「……蘇生薬的な?」
倫理的、製造法、材料的な問題から禁忌とされる薬だ。純粋に技術的にも難しすぎる。
「的な。作ります? 材料で何人殺すんだってヤツですけど」
「仮死薬だけは用意しておいて。まあ、役に立たない方が良いけど」
誰かを黙って連れ出すなら死んだことを装った方が良い。ただ、本気で死ぬ可能性のある毒薬だから使わないに越したことはない。
改良を試みていた三番目の妹(マッドサイエンティスト)が、どうやっても1/2の壁を越えられないと嘆いていた。もちろん、人以外で試していたが積み上がる死体の山は悪夢に見そうだった。
別な意味で恐怖だなと彼女の未来を考えずにはいられない。
「承知しました。材料が届き次第、ローガンの所に戻らねばなりませんが、大丈夫ですか?」
「仕方ないわ。ここでは作れないでしょう?」
「オスカーに任せるのも不安なので代わりにソフィアを寄越します。あの子もちょっと不安ですけど。
姫様もちゃんと気を付けてくださいね。私が強化されている比じゃないはずです」
「そんなにおかしい?」
「効果が強すぎる気がします。なにをもらったかはわからないんですけど、安心感、っていうんですかね。側にいれば良いみたいな気持ちにはなります」
躊躇うように、ユリアは続けた。
「あんまりあの人好きじゃないんですけど、無遠慮に姫様に触らないことは評価してます。でもきっと、他の人はそうじゃありませんよ。どうにかして、手に入れようとしたっておかしくない」
「好都合で不都合ね」
「というわけでジニーが目の毒過ぎて、薬盛ったりする可能性もあるので、食べ物飲み物は絶対もらわないでくださいね。あと、私も一切、やりません」
なぜ、自信満々に薬を盛る宣言をされたんだろうか。ユリアはすぐにへにょりと眉を下げて、申しわけございませんと、呟いた。
「困った子ね。オスカーはちゃんと捕まえておくのよ?」
「そっちは、努力の問題では埋まらな問題が。だから問題なんですけど。解決出来る気がしません」
問題が多い。貴方たちの間になにがあるのだ。
興味をそそられるが、聞くなという顔のユリアにつっこみたくない。話してくれる気になるまで、待とう。
「では、貴方と一緒に理由を付けて下げるわ。それと、そうね、ローガンを呼んで欲しいの」
「ここに?」
今までにない要望にユリアが目をぱちぱちしている。
今まではわたしが行った方がいいと思ったことが多かったし、気分転換にもなったからね。
でも、これは城内ですることに意味がある。
「ええ、王妃としての私に会って欲しいのよ」
「なんかやらかしたんですか?」
やらかしたんだと思うわ。
一体、どこからが共謀して、仕込んでいたんだか。
「聞けばわかるわ」
ここに来て、信頼に足る人が零に逆戻りとは中々にシビアだ。
ユリアに、ひどい顔をしているので気分転換でもしてきてくださいと放り出された。……あれ、私一応、雇用主。
解せんと思いながらも侍女のお仕着せを拝借し、髪色も付け髪でごまかして庭を歩いていた。
歩いていたら、ちょうど良い木があったので、上った。
ちょっと昔上ったなとか、兄様が落ち込むと上っていたなとか思い出したのもある。
張り付いている虫みたいと言われて、腹が立ったから枝から上るようにしている。こう、手が届く枝を掴んで、体を引き上げて。
きちんと座ってスカートを直しているときだった。
「……なにしてんの?」
呆れたような声を聞いたのは。
もう見慣れた色だなと金髪の男を見下ろす。
「木登り?」
はぁとため息をつかれた。なにか悪いことしたかな?
「見た目とのギャップがすごいな。元気そうで、なによりだ」
もしや、心配などしたんだろうか。その表情からは呆れしか読み取れなかった。
「部屋に行ってみればもういないって言われ、こっちの方に手頃な木があるからあっちにいるって言ってたから来てみれば」
ユリアが私の生態を把握している。いや、確かに替え玉を依頼したときに細かいくらい打ち合わせしたけど。兄弟には半日も持たなかったって、尋問されたと小刻みに震えながら言っていた。……今から思えば、なにしていたのかしらね。私の弟妹。
いまでも国には来ないからずっと顔を合わせていなかったのだし。
「そちらに行っても?」
「折れるんじゃない?」
信じがたいと見られたけど、案外重いんだよ。武器くらいいくつか仕込んでいる。それに、見た目より重いと言われたことは数知れず……。皆、兄弟だから、容赦ない。すぐ下の妹と見比べられたのは、殺意しか湧かない思い出。
「じゃあ、しばらくここにいなよ」
念押しもされて仕方なく待つことにする。別に移動する必要もない。
こちらの服装に合わせたのかずいぶんと砕けた口調だったなと思う。でも、これも素の話し方、ではない気がする。
つかみ所がないなぁ。
味方にいても、敵にいても厄介そう。今ぐらいが、ちょうどいい。
足をぶらぶらさせる遊びから、もっと上に上ろうかなと考え始めるくらいには時間がたった。
「……危ないのでそれ以上、上らないでくださいね」
おや、口調が戻っている。
「頑丈だから平気よ」
「俺の心臓が可哀想なので、やめてください」
「気にする必要あるの?」
諦めたのか木の下に敷布を広げ始めた。妙に可愛らしいカゴには色々詰まっているようだ。
長丁場だと思ったのか本も用意している。
何冊積むつもりだろうか。
無理に降りてこいなんて言わない。
兄様たちはうろうろと落ちない? 大丈夫? そっち行く? 泣いてない? とうるさかった。性格も行動も違うのにそこだけは一緒で、変なのって笑った。
姉様たちは腰に紐を付けて、よし、大丈夫! と去っていた。ついでにおやつ入りの籠と水筒も用意していた。夜ご飯までは帰ってきなさいねっ! って。
下の弟妹は、小さい頃は泣いたり叫んだりして、少し大きくなったら下で遊びだした。
姉様も楽しいことしよって。
落ち込んでいる暇もないくらいの。
そして、そこに幼なじみはいなかった。
「ねえ、レオン」
「なんですか、姫様」
「なんで、帰らないの?」
「なんでですかね」
投げやり過ぎる返答だった。
木の上からはつむじくらいしか見えない。ぱらりと本をめくる音が聞こえた。
なんで、見つかっちゃったかな。
「そんなにお嫌ですか」
どれくらいたっただろうか。
質問がやってきた。
「女性にとっては好きな男以外には触れたくないと言われますけどね。一応、建前上、夫婦ですし? そんな過剰なものではないでしょう?」
「そうね」
それは肯定する。
そして、それを意外に思ったのか見上げてきた。
「我慢出来ると思っていたの」
思った以上に嫌だった。心構えが出来ていないところに急に来られたのもよくなかった。何らかの対策は本当にいる。私は役者と思い込んでみるか。
三番目の兄様(ジュリアンにいさま)の熱く語った思いが役に立つ日がきた。
語られた後に後遺症(ダメージ)は知らないけどねとウィンクされた。
……そういえば、過剰に色気のある男ってのは三番目の兄様(ジュリアンにいさま)だったけど、あれの真似をしたい気はしない。退廃的って言うんだ。あれは。
レオンの表情をよぎった後悔が、なにかやったんだなと思うけど、気にしても仕方ない。
「料理長が、タルトにプリンをいれたと言ってましてね。表面を焦がしてぱりぱりしてみたと威張ってました」
今までの話を聞かなかったように、全く別の話をしてきた。
「……ふぅん?」
「ここに試食があるんです」
なにが入ってるかと思えば。
四番目の弟(フィンレー)が、作ってたな似たようなもの。あちらはパイの生地にプリン液を入れて、うちの弟天才と思ったものだ。兄様が驚愕の顔してたけど。
液体があったら何かにいれたくなるのは仕方ないのではないだろうか。
よっと少し反動をつけて飛び降りる。
ふわりとスカートが広がり、そう言えば、ダメだと言われたことを思い出した。もう遅い。
「……スカートでそれはやめた方が良いとおもいますよ」
……見えたのね。
ご丁寧に顔を背けていた風ではあるが、白状するのはよろしくないのでは?
「忘れなさい」
「なんで、短剣四本も仕込んでるのか聞きたいですけど」
「忘れなさい」
「おっかないなぁ」
ぶつぶつと言いながら、タルトを皿にのせる。一口で食べ終わりそうな小さいもの。
汚れない、無駄にならない、掃除の手間も減る! パーフェクトじゃない? とドヤ顔していたのを思い出す。あの子は、今も元気だろうか。ぷくぷくしているのは安心してしまうけど、健康には良くない、と思う。たぶん。
座れば言わないでもお茶を用意される。程よくぬるいお茶は雑な味がした。
「貴方がいれたの?」
「他に誰が? ああ、ディラスは忙しいから俺のためには滅多にいれないんですよ」
「黙ってきたの?」
曖昧に笑って、答えなかった。
かわりに不自然なくらい距離を開けて座った。間違っても触れることもない距離。
面白くない。
「……で、なんで距離を詰めたんです?」
「なんとなく?」
呆れた顔とため息。
「読みます?」
「んー?」
諦めたように本を手渡してくる。
「最近流行の恋愛小説だそうですよ。ご参考に」
真顔でこれを読んでいたんだろうか。視線を向ければ、なにか? とでも言うように見返される。
まあ、ごまかされたような気もするが、本を読むのもいいだろう。
かさりとわざと立てられた足音に顔を上げる。
ユリアが呆れた顔を隠しもせずに立っていた。
「……差し出がましいようですが」
「ん?」
「なぁに?」
「……息ぴったりですね。二人とも無表情すぎてなにか深刻な話でもしているかのようです」
そうだっただろうか。
お互いの無表情を確認して、あれそうだっけ? みたいな顔を作るまでが一緒だった。
「遅いと思えば、なんというかリラックスしすぎです。この敵だか味方だかわかんないような男に」
ユリアがびしっとレオンを指さす。
別に不快ではない。さらに籠絡も必要ないし、ここまで噂が広がれば取り立てて良い顔をすることもない。
「なんていうか、どうでもいい?」
「……俺にも傷つくハートくらいあるんだよ?」
「幻滅したからって、離れるわけでも、ないでしょう?
それは確信に近い。相互に利用価値があると思っていなければなりたたないけど。
レオンのきょとんとしたような顔が珍しい。
「なに? 俺口説かれてる?」
「口説いても良いわよ。それで、全部、くれるならね」
もちろん、権力も武力もごっそりいただく。なにを考えているかもどうするかも洗いざらいぶちまけてもらわねば。
その上で、自分のために使う。
「俺以外のものが含まれているので、お応えできないな。どうせ俺がオプションだろ」
まるで、自分だけなら応えるとでも言っているように聞こえたけど。その後に起こる色々は想像するだけで厄介だ。
「そうね」
で、同意してなんで傷ついたような顔をしたのか。作ったのか、無意識なのか曖昧だ。無自覚と思った方が良いかな。
想定したより、好意的でやはり戸惑いの方が強い。
「ふたりとも放っておくとどこまでも堕ちてきそうで怖いんですよ。離れて、離れて」
ユリアが強引に割って入ってきた。元々彼女が入り込むくらいの隙間はある。
「なんですか。これ。いただきますね」
自棄のように言ってタルトを口に放り込んだ。かっと目を見開いて、タルトと私の顔を見比べている。
「教えてないんですよね? え、ここにも天才がっ!」
「そうそう。四番目の弟(フィンレー)が作ったのに似てるでしょう?」
小さく吹き出すのが聞こえた。二人でぎろりと見れば何事もなかったような顔をしている。
黙っているとお茶が出てきた。もう冷えている。控えめに言っておいしくない。これに文句でも言えとでも言うのだろうか。
「ああ、なんか、国で出てきたのもこんなお茶ばかりでしたね」
「……貴方たちの故郷ってこんなお茶、王族でも飲むんですか?」
「ええ、そうね。別に飲めれば良いじゃない」
こんなって。生水でもあるまいし。
加熱しているだけで上等だ。
だから、なんで、辛そうな顔をしたのだろうか。
ユリアとも顔を見合わせてもわからない。この子は基本的に生活に関することは雑だから。調合だけが神経質。
「知っていたことと理解したことの乖離が、ちょっとね」
完全にごまかした笑い。
見透かされても隠したかったものは一体なんだったんだろうか。
「お嬢様たちでお楽しみください」
数冊の本だけは回収して彼は立ち去るようだ。
「ありがとう」
たぶん、これは彼の好意だ。利用するとかそんな話を抜きにした。
返答はなかった。
「さて、姫様、困った事になりました」
「ユリアが出てきて大丈夫?」
「オスカーにお留守番を押しつけてきました」
一人で怒ってそうな気がする。俺に黙ってなにしてんのとか言い出しそうだ。立ち位置は雇用関係よりも遠縁の親族に近い気がする。
まあ、ちょっとだけ、疑惑もあるんだけど。
それはローガンに聞いてからにしよう。近々呼び出さないと。
「一つ、加護が暴走しています。
正確にいえば、闇の神が降臨した結果、あちこちの加護が安定を失い、強化されたり低下したりしています。
私の方は強化が過ぎて、今まで出来なかった薬が作れるようになってしまっています。薬神様から注意がやってきました」
「……蘇生薬的な?」
倫理的、製造法、材料的な問題から禁忌とされる薬だ。純粋に技術的にも難しすぎる。
「的な。作ります? 材料で何人殺すんだってヤツですけど」
「仮死薬だけは用意しておいて。まあ、役に立たない方が良いけど」
誰かを黙って連れ出すなら死んだことを装った方が良い。ただ、本気で死ぬ可能性のある毒薬だから使わないに越したことはない。
改良を試みていた三番目の妹(マッドサイエンティスト)が、どうやっても1/2の壁を越えられないと嘆いていた。もちろん、人以外で試していたが積み上がる死体の山は悪夢に見そうだった。
別な意味で恐怖だなと彼女の未来を考えずにはいられない。
「承知しました。材料が届き次第、ローガンの所に戻らねばなりませんが、大丈夫ですか?」
「仕方ないわ。ここでは作れないでしょう?」
「オスカーに任せるのも不安なので代わりにソフィアを寄越します。あの子もちょっと不安ですけど。
姫様もちゃんと気を付けてくださいね。私が強化されている比じゃないはずです」
「そんなにおかしい?」
「効果が強すぎる気がします。なにをもらったかはわからないんですけど、安心感、っていうんですかね。側にいれば良いみたいな気持ちにはなります」
躊躇うように、ユリアは続けた。
「あんまりあの人好きじゃないんですけど、無遠慮に姫様に触らないことは評価してます。でもきっと、他の人はそうじゃありませんよ。どうにかして、手に入れようとしたっておかしくない」
「好都合で不都合ね」
「というわけでジニーが目の毒過ぎて、薬盛ったりする可能性もあるので、食べ物飲み物は絶対もらわないでくださいね。あと、私も一切、やりません」
なぜ、自信満々に薬を盛る宣言をされたんだろうか。ユリアはすぐにへにょりと眉を下げて、申しわけございませんと、呟いた。
「困った子ね。オスカーはちゃんと捕まえておくのよ?」
「そっちは、努力の問題では埋まらな問題が。だから問題なんですけど。解決出来る気がしません」
問題が多い。貴方たちの間になにがあるのだ。
興味をそそられるが、聞くなという顔のユリアにつっこみたくない。話してくれる気になるまで、待とう。
「では、貴方と一緒に理由を付けて下げるわ。それと、そうね、ローガンを呼んで欲しいの」
「ここに?」
今までにない要望にユリアが目をぱちぱちしている。
今まではわたしが行った方がいいと思ったことが多かったし、気分転換にもなったからね。
でも、これは城内ですることに意味がある。
「ええ、王妃としての私に会って欲しいのよ」
「なんかやらかしたんですか?」
やらかしたんだと思うわ。
一体、どこからが共謀して、仕込んでいたんだか。
「聞けばわかるわ」
ここに来て、信頼に足る人が零に逆戻りとは中々にシビアだ。
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