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聖女と魔王と魔女編
弟は不満である6
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「うーん。姉様の電波が」
「伝播?」
「違うけど同じ感じ。ごめーんていってる。なにしたの姉様」
「……なにを察知したんです?」
「たぶん、あっちで予想外のことあったんじゃない? それでこっちも大変じゃないかと気がついたとか。遅い。遅すぎるよ。姉様」
今、夜中にリアルに逃亡中となるとほんとにもう、なにしてんのとフィンレーは言いたい。
フィンレーと彼が隠れ家を逃げ出したのには理由がある。襲撃されたのだ。
ローガンの店の一角に匿っていたのは、ほとんど周知の事実になっていたので意外でもなんでもなかった。
フィンレーもローガンも想定して既に逃亡先も確保し、下準備もしていた。
なんなら襲撃予想日すら彼は立てていた。時刻もほぼ正確で、彼以外が表情をひきつらせていたのはまだ記憶に新しい。
そのくらい簡単にやるのならば以降の予定も予定通りにこなすだけの簡単なこと。
そう言いたいところだが、既に予定外のことが起きている。
ちらりとフィンレーは隣に立つ少年(ライル)に視線を向けた。
ライルは予定外に逃走経路に現れた。出会いがしらにローガンにぶっ飛ばされそうになったところをフィンレーと彼で止めた。
当の本人は青ざめた表情のまま、兄が言った通りここで待っていましたと告げた。
彼はあいつと唸って、ライルに伝言でもないのかと聞けば、我が家は女王陛下のもとに下ることにしたと答えた。フィンレーでもわかるほどに重い言葉だった。
次兄が婿に出ることになり、そちらも陛下のご意向に従うようですよとなんでもないことで続いたのにはフィンレーは表情をひきつらせた。
不本意ながら派閥と勢力図に詳しくなっているからわかる。ライルの実家は中立派のようで、先々代の派閥だ。本人たちの意思はともかく、近衛に属し、王のそばにいたということは裏切らないという想定をされていたに違いない。
いざというときには、王を捕縛させることも考えていたに違いない。そこまで重要な位置を占めていた家が離反。
大丈夫? という話にはうちの長兄は猪突猛進なのですと肩をすくめていた。
それ、大丈夫じゃないからぁっ! と肩をつかんでゆすってしまった。
『でも、友達が困ってるのはほっとけないので』
そういうライルはいいやつだとフィンレーは思った。早死にする。
やばい、確保しなきゃ。妙な使命感がフィンレーに生まれた瞬間だった。
予定外にやってきた少年がもたらした情報は、彼にとって意外であったらしい。少し黙って、考える時間が欲しいとすら言いだした。
ほんと、捨てときゃいのにと呟いていた彼はなんだか面白そうだった。あれは無意識だなとフィンレーは思う。
その少しの時間を待っている間にごめーんというなにかがやってきたのだ。
フィンレーは大変なことに、と返そうと思って、やめた。
大丈夫。
その一言で、安心などしないだろうが、現状を伝えると色々放り出して戻ってきかねない。やるべきことのほうが今は重いだろう。
フィンレーはため息をつく。
「大丈夫ですか?」
やや不安そうに声をかけるライルにフィンレーはぱたぱたと手を振る。
「姉様なら平気じゃない? あとソランとイリューのほうが心配。生きてるかな」
「あいつらしぶといんで大丈夫です」
そう言いながらも心配そうなライル。
フィンレーも不安になってきた。姉様、彼らの無事は確保してください。僕の友人なんですと続けて思念を送っておいた。届くといいなとやや期待する。
意外と時間がかかってるなとフィンレーは彼に視線を向けた。フィンレーからすれば、いつもは即決に近い判断を下すように見えたのだ。
彼は今は普通そうに見えて、機嫌が良さそうに見える。穏やかそうに見えてぞくぞくするやつだ。フィンレーは思わず顔をしかめたら、ライルもなんだか嫌そうな顔をしていた。
「それにしても誰が半死人なんですか」
「肉体的には虚弱だから、半死人は半死人」
「でも、生き生きしていますよね」
「そうだね……」
しばしの沈黙。
「僕が悲鳴を上げる前に、姉様には帰ってきてほしい」
そんなことにはならないとフィンレーは思っているが、早く帰ってきてとは切実に思う。もちろん、用事が済んでからだ。そこまで持ちこたえるのがフィンレーの役目でそのあとは丸投げする気満々だ。
フィンレーは王ではない。代行でもないのだ。
「もう、無理とか叫んでいるじゃないか」
少しばかり呆れたような声が聞こえた。彼の立て直しは済んだらしい。
「そういうんじゃないよ。僕に傷がついたらこの国は、おしまいだからね。
兄様は優しくないから、荒らすだけ荒らして、ほったらかしにするよ。
そのほうが、近くの国がちょっかい出したり、争いが収まらないだろう?」
「統治しない?」
「するわけないじゃないか。遠いし、そこまで面倒みたくない。そもそも姉様への対応で零とどころかマイナスもいいところ。
本当なら姉様もそのつもりだったと思うよ」
「そのわりに、ちゃんとしていた」
「そーだよ。心変わりしたんだよ」
良いかどうかはフィンレーにはわからない。
前よりは楽しそうで、辛そうで、笑うから。
「だからね、死なせらんないの。
わかる? 僕も死ねない、あなたも死なせない。ほかの誰が死んでもいいけど、これだけは曲げられない」
「わかってるよ。恨み買っているつもりはあったけど、逆恨み怖いねぇ」
「詐欺師がなにいってんの」
「詐欺師、確かにね」
おかしそうに笑う男をフィンレーは睨む。いっそ邪眼があればよかったと思う。
もう包帯もしていない目は、揺れ動く虹色をしている。じっと見ているとフィンレーですらおかしくなってきそうだった。
人の目ではない。
その目で見える世界は、どうなのだろう。
「その目、使えるようになった?」
「見えるよ。ちゃんとね」
「それは良かった。
じゃあ、次にいくよ。経路を……なに?」
「怖くない?」
穏やかで、少しばかり怯えの気配のする問いだった。
フィンレーは片眉をあげて不満を示した。
「はあ? 僕よりも弱い男がなにいってんの。行く先と予定を教えて。殲滅は得意だ」
「……確かに、あのお姫様の弟だね」
「あなたはあなたの仕事をするんだよ」
「わかった」
「わかればよろしい」
フィンレーは姉の真似をして宣言する。
「さあ、首領の顔でもみにいこうじゃないか」
「伝播?」
「違うけど同じ感じ。ごめーんていってる。なにしたの姉様」
「……なにを察知したんです?」
「たぶん、あっちで予想外のことあったんじゃない? それでこっちも大変じゃないかと気がついたとか。遅い。遅すぎるよ。姉様」
今、夜中にリアルに逃亡中となるとほんとにもう、なにしてんのとフィンレーは言いたい。
フィンレーと彼が隠れ家を逃げ出したのには理由がある。襲撃されたのだ。
ローガンの店の一角に匿っていたのは、ほとんど周知の事実になっていたので意外でもなんでもなかった。
フィンレーもローガンも想定して既に逃亡先も確保し、下準備もしていた。
なんなら襲撃予想日すら彼は立てていた。時刻もほぼ正確で、彼以外が表情をひきつらせていたのはまだ記憶に新しい。
そのくらい簡単にやるのならば以降の予定も予定通りにこなすだけの簡単なこと。
そう言いたいところだが、既に予定外のことが起きている。
ちらりとフィンレーは隣に立つ少年(ライル)に視線を向けた。
ライルは予定外に逃走経路に現れた。出会いがしらにローガンにぶっ飛ばされそうになったところをフィンレーと彼で止めた。
当の本人は青ざめた表情のまま、兄が言った通りここで待っていましたと告げた。
彼はあいつと唸って、ライルに伝言でもないのかと聞けば、我が家は女王陛下のもとに下ることにしたと答えた。フィンレーでもわかるほどに重い言葉だった。
次兄が婿に出ることになり、そちらも陛下のご意向に従うようですよとなんでもないことで続いたのにはフィンレーは表情をひきつらせた。
不本意ながら派閥と勢力図に詳しくなっているからわかる。ライルの実家は中立派のようで、先々代の派閥だ。本人たちの意思はともかく、近衛に属し、王のそばにいたということは裏切らないという想定をされていたに違いない。
いざというときには、王を捕縛させることも考えていたに違いない。そこまで重要な位置を占めていた家が離反。
大丈夫? という話にはうちの長兄は猪突猛進なのですと肩をすくめていた。
それ、大丈夫じゃないからぁっ! と肩をつかんでゆすってしまった。
『でも、友達が困ってるのはほっとけないので』
そういうライルはいいやつだとフィンレーは思った。早死にする。
やばい、確保しなきゃ。妙な使命感がフィンレーに生まれた瞬間だった。
予定外にやってきた少年がもたらした情報は、彼にとって意外であったらしい。少し黙って、考える時間が欲しいとすら言いだした。
ほんと、捨てときゃいのにと呟いていた彼はなんだか面白そうだった。あれは無意識だなとフィンレーは思う。
その少しの時間を待っている間にごめーんというなにかがやってきたのだ。
フィンレーは大変なことに、と返そうと思って、やめた。
大丈夫。
その一言で、安心などしないだろうが、現状を伝えると色々放り出して戻ってきかねない。やるべきことのほうが今は重いだろう。
フィンレーはため息をつく。
「大丈夫ですか?」
やや不安そうに声をかけるライルにフィンレーはぱたぱたと手を振る。
「姉様なら平気じゃない? あとソランとイリューのほうが心配。生きてるかな」
「あいつらしぶといんで大丈夫です」
そう言いながらも心配そうなライル。
フィンレーも不安になってきた。姉様、彼らの無事は確保してください。僕の友人なんですと続けて思念を送っておいた。届くといいなとやや期待する。
意外と時間がかかってるなとフィンレーは彼に視線を向けた。フィンレーからすれば、いつもは即決に近い判断を下すように見えたのだ。
彼は今は普通そうに見えて、機嫌が良さそうに見える。穏やかそうに見えてぞくぞくするやつだ。フィンレーは思わず顔をしかめたら、ライルもなんだか嫌そうな顔をしていた。
「それにしても誰が半死人なんですか」
「肉体的には虚弱だから、半死人は半死人」
「でも、生き生きしていますよね」
「そうだね……」
しばしの沈黙。
「僕が悲鳴を上げる前に、姉様には帰ってきてほしい」
そんなことにはならないとフィンレーは思っているが、早く帰ってきてとは切実に思う。もちろん、用事が済んでからだ。そこまで持ちこたえるのがフィンレーの役目でそのあとは丸投げする気満々だ。
フィンレーは王ではない。代行でもないのだ。
「もう、無理とか叫んでいるじゃないか」
少しばかり呆れたような声が聞こえた。彼の立て直しは済んだらしい。
「そういうんじゃないよ。僕に傷がついたらこの国は、おしまいだからね。
兄様は優しくないから、荒らすだけ荒らして、ほったらかしにするよ。
そのほうが、近くの国がちょっかい出したり、争いが収まらないだろう?」
「統治しない?」
「するわけないじゃないか。遠いし、そこまで面倒みたくない。そもそも姉様への対応で零とどころかマイナスもいいところ。
本当なら姉様もそのつもりだったと思うよ」
「そのわりに、ちゃんとしていた」
「そーだよ。心変わりしたんだよ」
良いかどうかはフィンレーにはわからない。
前よりは楽しそうで、辛そうで、笑うから。
「だからね、死なせらんないの。
わかる? 僕も死ねない、あなたも死なせない。ほかの誰が死んでもいいけど、これだけは曲げられない」
「わかってるよ。恨み買っているつもりはあったけど、逆恨み怖いねぇ」
「詐欺師がなにいってんの」
「詐欺師、確かにね」
おかしそうに笑う男をフィンレーは睨む。いっそ邪眼があればよかったと思う。
もう包帯もしていない目は、揺れ動く虹色をしている。じっと見ているとフィンレーですらおかしくなってきそうだった。
人の目ではない。
その目で見える世界は、どうなのだろう。
「その目、使えるようになった?」
「見えるよ。ちゃんとね」
「それは良かった。
じゃあ、次にいくよ。経路を……なに?」
「怖くない?」
穏やかで、少しばかり怯えの気配のする問いだった。
フィンレーは片眉をあげて不満を示した。
「はあ? 僕よりも弱い男がなにいってんの。行く先と予定を教えて。殲滅は得意だ」
「……確かに、あのお姫様の弟だね」
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