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聖女と魔王と魔女編
魔女は口説かない2
しおりを挟む「はぁ!? 魔王退治ぃ!?」
素っ頓狂なこと言いだした。
急用、夜中でも来いと非常連絡手段で呼ばれてきたらいきなりこれだ。
わかっていたが、茶番にもほどがある。
「なに言ってんの? この女王様」
同席していた侍女らしき人に聞くと処置なしなんですと言いたげに首を横に振った。そのあと彼女はそつなくどれを開けましょうかと酒瓶を見せてくる。
そこそこに古めかしいそれはこの砦の秘蔵品だと思うのだけどね。勝手に持ち出していいのかな。
まあ、飲むけど。
「赤。あと、その白は持ち帰る」
ふざけているなら帰ると言わせないように用意したんだろう。確かに飲みついでに与太話を聞いてもよいと思うようなモノだ。
私が席に着いたのを確認して、侍女が酒を開封する。
「それで、女王陛下、なにをおっしゃっていますの?」
優雅かはどうかはさておいて、私はグラスを揺らしながら問いかける。
「女王様だから、命じてもいいんだけどね? 確かあったよね。魔王退治を命じることができる権限」
「……あったねぇ。
なんでそんな砂粒並の契約条件読んでるの」
魔女と王の契約は口頭だけで済ませるものではない。ちゃんと書面で交わされる。破棄するときは燃やすんだけど、片方が燃やすと相手方も燃えるらしい。
記録にある中では一度もないので真偽はわからない。
「契約書は隅から隅まで読めというのが兄様の教え。
いい話には裏がある。裏の裏まで調べてから返答しろ」
「良い御教育で」
嫌味のつもりが、そうでしょう! 兄様のご慧眼がすごいんだから! とご機嫌になった。そのまま兄様すごいの伝説に突っ込みそうになったので慌てて止めた。
まえにうちの弟かわいいんだから無限ループにはまったことがある。他のことでは冷淡の恐ろしい女だが、こと兄弟になると話は別だ。
なお、うちの妹が生意気可愛いというのも聞いたことがある。なんだその生意気可愛いって。
「つまんないって顔しない。
落ち着いたら酒の肴に聞いてあげるよ。代わりにうちの魔王伝説もきかせるから」
「魔王伝説って何」
「パジャマが可愛いから始まって、寝言がと」
「……惚気られてる?」
「その魔王を倒そうってんだから、普通の理由じゃ許さないし、場合によっては契約破棄」
どこから話したほうがいいかなと呟いているところを見ると隠し事が多そうだ。
というか、どこも説明されていないかもしれないといまさら気がつく。いきなり来いという連絡だったし、事前に説明と言えるようなものはなかった。簡単なメモは辛うじて手紙扱いにしてもいいが、説明にはなっていなかった。
あれ? いいように振り回されているのは私か?
真実の愛だのにいっぱいいっぱいになったのが悪いのか?
「まずは夏の女神が野放しみたい」
「は? 闇のお方の管理下にないの?」
「ないみたい。私も聞いてなかった。罠に嵌めるとは聞いたけどね。下準備はしてるらしいよ」
「光のお方は野放しが通常だし……」
「それが、ちょっと別件で忙しいって言伝が来たの。なにしてるのかな」
「別な意味で怖い」
「同意するわ。
とりあえず、目先のことを考えるとどうあっても魔王と遭遇しそうなのは避けられない。
聖女を送還失敗したら詰むし、その前に遭遇しても詰むなら、今の魔王様にはひいてもらったほうがいいわ」
「で、討伐。
現実的じゃないわね。あの方、300年は寝ているのよ?」
魔王を殺すと言われて、私が狼狽えないのは可能であるように少しも思えないからだ。
ちょくちょく半覚醒はしているものの本格的な目覚めはない。目覚めたら、この辺り更地になる。そこまでの自殺願望はないだろう。
「寝たまま死なない?」
「前例はないわね。するなら阻止するわよ。もちろん」
「対処法も考えていてその話はきいてもらえるかしら」
「聞くだけはね」
「蘇生薬があるの」
「殺しても生き返ればいいじゃないって言うの暴論だと思うわよ」
「私もそう思う。
仮死薬は?」
「それ半分死ぬやつ。賭けにしてももうちょっと分の良いのをもってきてちょうだい」
「権限の譲渡」
「……ふぅん? そんなの聞いたことないわね」
内心を隠してそう告げた。このあたりは秘密にしておきたいところだ。
しかし、ヴァージニアは嬉しそうに笑った。
「わかった。私が全部仕切るから」
「ちょ、まった! 悪かったって。譲渡はできる。条件がやたら厳しい」
嫌な予感どころの騒ぎじゃない笑い方しやがった。
どこからその情報を聞きつけたんだか。
魔王というのは、その役をするのは誰でもよいわけでもない。自然発生的に生まれるときもあれば、人が作り出すこともある。
ここの魔王の発生には初代魔女が関与している。
先代の魔王を討伐するために魔女たちはこの北の地で争い、勝利したように見えた。それが事故みたいなもので、たまたま魔女の弟子に魔王の権限が譲渡されてしまった。
もちろん、その場にいた魔王討伐をしたものたちは委譲されたものも殺そうとした。簡単そうに見えるから。
だが、残ったのは魔女と新しい魔王だけ。
以後、魔女は魔王を飼殺すことになる。
外には、魔王を封じるために他の者は亡くなり、魔女のみが生き残ったことになっている。
真実を知るものは抹殺するので、その中身については知られていないだろう。ただ、委譲できるって話は王家には伝えていた。そこから知ることも可能ではある。腑に落ちないけど。
魔女はなぜ魔王の力が譲渡されてしまったのかを研究し続けた。その答えは100年ほどで見つかる。
魔女と同じように、魔王も血縁で繋がる。
魔王と同じ血縁というのは、この世に残っているのだろうか。確か、なんか、孤児で、どこかの国から逃げ出したとかなんとか……。
「だいたいさぁ、300年以上前の血縁とかどうやって探すんだよ、って話じゃない?」
「いるよ」
「は?」
「私が、探したのでも、気がついたわけでもないの。ほんと、なに考えているかわからない人だわ」
ヴァージニアは苛立ったように杯をあけた。
「諜報部というのがあるらしいの」
「ああ、アレの子飼いの組織ね。知らなかったんだ」
あれも本人は困っていて、そんなつもりないのになんかできてたとぼやいていた。俺、そーゆーつもりで拾ってないと。
上司行方不明で迷走の結果、ここで燻っていたのか。
へー、そーだったんだ―程度の気軽さで返答したことを後悔した。
冷ややかを超えた視線をヴァージニアに向けられたから。おっと、寒気が。
「知らなかったわよ。今日、さっき、知ったの。で、そいつが、延命のお願いと同時に出してきた情報よ。あれを殺すのは骨が折れるでしょうから、弱くして叩けばよいと」
「えげつな。
それはそれとしてあなたに命乞いね」
「ええ、本当に、人のことなんだと思っているのかしら」
目が据わっている。
迂闊に触れてはいけないようだ。私はちびちびとお酒を舐める。いい味だ。年月の重みがよい渋みになっている。ヤケ酒するにはもったいない。
「先代の王。適合するわ」
「うっそぉ」
「それも、父方の血よ。この地でただ一人の魔王候補が、あれよ」
「気兼ねなく殴り倒せそうな気はするけど……。お気の毒に」
「引継ぎ後、即、寝てもらうわ。ほんと、かわいそう」
ヴァージニアはふてくされたようにそう締めくくる。
どこまでその気分かはわからない。無表情のほうが素に近いと知っていると演技か、と思うけどね。
さて、機嫌が良いときにと考えていたが、これ以上遅くなるわけにもいかない。酒代の利子分くらいは働かないと真面目に取り立てられる。
「そういえば、手紙をもらっていたんだ。
必要な時に使ってほしい」
「弟からかしら」
彼女は軽い口調で受け取る。動揺を示さないのは、少しばかり面白くない。
人のことを振り回すのはお手の物であっても、振り回されるのはやなんだろうな。内心はらわたが煮えくり返っていてもおかしくはない。
八つ当たりをされる前に帰ろう。
「じゃ、帰るよ」
「ユリア、お渡しして」
「ご所望の白と見つけた古いお酒もご一緒に」
ずっと黙っていた侍女はそう言って、木箱を一つ寄こした。
「では、詳細を決めたら連絡するわ」
「ん。次は、祝杯をあげたいね」
「ええ。特別なものを用意するわ」
そう言って、別れた。
「しっかしまあ、ブチ切れてたなぁ」
空を飛びながら一人呟く。居城まではまだ遠い。あんまり帰りたくないなぁと思うが自分で蒔いた種だ。
私は抱えていた木箱の中から紙を引き抜く。
予定通りに返す。それから狩りを始める。
それだけ書かれた紙を私は燃やした。やはり、魔王討伐はしないらしい。事前に茶番をすると連絡をもらっていなければ暴れていたところである。
女神が野放しでのぞき見しているかもしれない前提での話。魔女と女王の話ならば監視するはずだ。と。
確かにちらりと神威は感じた。それも熱さをかんじたのだから、間違いはないだろう。
女神さまは首尾は上々とご満悦だろう。
魔女と魔王と聖女の悲劇が望み通りに繰り広げられようとするから。
イレギュラーの女王陛下がなにをしでかすかなんて考えにも入れない。
人の子程度と甘く見ているに違いない。ふふっと笑いが込み上げてきた。
あの父は一つだけ良いことをした。わが友人をここに呼んだことだけは、そう数えていい。
「じゃあ、はじめようか」
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