ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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聖女と魔王と魔女編

討伐

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 扇動に向いているんだよ。私はね。

 そう言って笑う彼女は、少しばかり自慢げだった。

「機会をあげよう。
 ただ一度だ。
 ここに、武器も鎧も置いていく。砦の外は魔物ばかりで、これでも足らないかもしれないが逃げることはできるかもしれない」

 そう告げたことを裏付けるように用意されるもの。

「しかし、あの魔物たちは、国を荒らすだろう。ここで止めねば、北方を超えてどこまでもいってしまうかもしれない。
 だから、私はここで討伐する」

 美しい女王は自らも鎧に包み、剣を取った。

「国を思う心があるならば、共に行くことを許そう」

 答えを聞かずに彼女は踵を返した。




「ヴァージニア様、いいんですか?」

 ソランが不安そうに尋ねていた。

「どうかな。
 ねえ、ウィル、よかった? 戦うものの心を刺せたかな」

 素直に成果を聞くような声にウィリアムはしばし黙った。
 捕らえた反逆者を皆開放し、武器すら提供すると聞いたときには反対の声が上がった。それを今は人の争いにかかわっている場合ではない。それに、魔物と争う権利はあるだろうと言って治めた。

「俺にはできない決断ですね」

 裏切者を信用するわけではなく、どうでもいいと放り投げるのは難しい。
 ヴァージニアはウィリアムの返答を気にした様子もなく通路を歩く。これから魔物を討伐するとも思えないような軽い足取り。

 夜明けから始まった魔物の襲撃は、日が昇った今その事態の深刻さを知らしめていた。
 砦を囲むように現れた狼。
 挑発するように外壁で遊ぶ猿。

 報告だけでなく、ウィリアムはそれを見張り台から見てきた。
 彼よりも長く砦にいる者すら見たことのない数の魔物。それもただいるだけでなく統率がとれている。それはある事実を予見させていた。

 魔王が目覚めたのかもしれないと。

 浮足立った砦の兵たちをウィリアムは抑えたが、それも長く持つものではないと思っていた。それでも女王陛下を逃がすまではと耐えるように告げるのは少々心苦しいものがあった。

 当の女王陛下(ヴァージニア)はウィリアムの懇願を退け、剣を取り、討伐を告げる。
 止める者を黙らせるために、彼女の実力をわからせる相手もさせられた。こちらは怪我をさせないようにひやひやしたというのに、悪気なくやっぱり強いなぁと笑う。
 そこまで思い出してウィリアムは眉を寄せた。

 ヴァージニアは一昨日、野暮用があるからユリアをヴァージニアだと思うようにとだけ告げてどこかへ消えた。
 同行を申し出る前に、砦と兄様のお守よろしくと先手で頼まれた。他に頼める人がいないと言われれば否と言えなかった。特に、その兄を勝手に外に出さないように、どうか頼むと両手をがしっと握られての話だったので、よほどのことだろうと。
 アイザックは少しばかり不機嫌そうに、砦の兵の相手をしていた。あの人、魔物よりも全然強すぎるんですけどの苦情と手ごたえがないという苦情を聞きながらなんとかやり過ごした。
 幸いにもユリアのほうは、薬作るんで、と引きこもっていたので何も問題は起こさなかった。

 そして、昨日、帰ってきたときには魔女と先代の王と一緒にいて。
 何事か話をした後に、ようやくウィリアムが呼ばれた。

 そして、魔王討伐をすると宣告された。

 実際、倒すわけではないが、そうしたと思わせる。その裏で、時間をかけて魔王を代替わりさせ力の分散をさせる予定なのだという。
 元々世界の調整役として存在しているのに、ずっと眠ったままでいるのがよくなかったのだと魔女は苦い顔で告げた。
 次代魔王として先代の王、バートが適任であるので身を守るように言われたが。
 あの男に意味深げに笑われたのが、腹が立つ。

「やっぱり、気に入らない?」

「そういうことではありません。
 陛下のお望みのままに」

 なにが気に入らないと思われたのかはわからない。

「砦の人たち、中にいてもいいんだよ? こっちで何とか出来るし、その範囲でなんとかするし」

「死をも恐れず、ということはありませんが、少なくとも、君主を放置して後ろで見守れというのは侮辱になりますね」

「被害はゼロにはならない」

「いままでも、そうでした。
 病死などといわれず、ちゃんと、守ったのだと知らしめるだけでそれには価値がある」

「じゃあ、なんで、ものすっごい怖い顔してたわけ?」

「……秘密です」

「秘密なの?」

 不満そうなヴァージニアにウィリアムは答えなかった。
 たとえば、ウィリアム殿なんて呼んでいたのに、今はウィルと呼ぶとか、後ろを任せられるとか言われたことが嬉しかったとか。そういうことはこの人は気にも留めていない。
 好ましい、だけに留まらないものに気がつきもしない。

「皆が待っています。
 先に行きます」

 暴言を吐く前に、ウィリアムは視界から消えることにした。

「ソラン、あれなに?」

「姫様は、男心ってもんを学んだほうがいいですよ。
 ジニーにもあるでしょ、それ」

「あれにあるのは乙女の夢」

「あー、姉ちゃんが、力説した、素敵の具現化」

「そうそう。
 そういえば、フィンレーがね……」

 のんびりとした会話が聞こえてくる。緊迫した雰囲気はどこにもない。
 ソランたちといるときのヴァージニアは年相応よりも少し幼いように見えた。少しだけ、特別、と彼らが気がついているかは知らない。
 ただ、少し、痛みを覚える。

 もし、と考えても遅い。
 ウィリアムは気がつかなかった。全ての彼女に会っても、それが同じとは少しも。その時点で資格も何もない。

 今できるのは、失態を挽回するくらいだ。それもできるかも怪しいが。
 このことが終わったら、国を出るほうがいいだろうなと漠然と思っていた。






「死にますね。死ぬんです。死なないんですけど」

 意味が分からないけれど意味が分かる。そんなことが存在するとはウィリアムも思ってもみなかった。

 ウィリアムは砦の広場で待つユリアにつかまっていた。広場に出た瞬間なので誰かの出待ちでもしていたのかもしれない。
 彼女は白い神官服を着て、ベールをかぶっている。白い衣装というのは光の神の神官服だ。ユリアは薬神の神官と聞いているので、双方の神にお伺いを立てて了承を得て着ている、らしい。
 聖女の代役として、それっぽいことする、という雑な説明があったが、なにもできないのではないだろうか。

 本物はもういないと結果だけ聞いている。ウィリアムは現時点ではそれ以上聞く気はなかった。終わったことを聞くのは、いろいろ片付いたあとでいい。

「守ると言われているんだろう?」

「殺気に激にぶ、その方面の才能壊滅と言われた私ですよ。
 後方支援の薬箱に何期待してんですか」

 回復役でもなく、薬箱。
 ウィリアムは、小さく笑った。

「俺も気にかけておくよ」

「絶対ですよ! オスカーはアイザック様についてるって言うし」

「どうして?」

「深入りさせて、死なせないためで、死にそうになったら引きずってくる役目です。で、もし、死んだら蘇生薬をぶっこむので扱いを知っている人がいないとだめなんですよ」

「……なんか、ひどいな」

「ひどいですよ」

 他に言いようがある気もするが、言葉が出てこない。兄様は戦闘狂(バトルジャンキー)とヴァージニアが言うだけある。

「過去一、テンション上がってて怖すぎます」

「……そうか」

 その当人は広場の端にいるが、あそこだけなんか違うとでも言うように誰も近づかない。

「あ、姫様、来た。
 じゃ、魔女様もそろそろ来ますね。では、よろしくお願いしますね」

 怯えていた様子も見せずにユリアはヴァージニアに近づいていった。
 合わせたように魔女が姿を見せ、ヴァージニアの隣に並んだ。

 その三人は少し冗談でも言ったように笑いあって、皆の前に立つ。

 悲壮感もなにもなく、ただ、楽しいことでもあるように。

「共に参りましょう。
 我らで討ち取るのです」

 ただ、それだけで掌握する。

 このことは、後々まで残るだろう。


 魔王を討ち取ったという一報が、国内外に伝わるまであと少し。
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