ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おまけ

かわいげというもの

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 皮肉なことだ。

「一番認めてくれたのは、自分を殺そうとした女だとはな」

 人としてというか夫として好きにはならないが、王としては認める。
 だから仕事手伝って。ハリボテ女王さまの影武者として。
 そう悪びれもなく手紙を送ってくる。

 この手紙が来るまでに魔王城というべき場所に住まいを移して一月と少したっている。こっち忙しいから、しばらくそこで生活しててと連れてこられたその次がこれである。

 質が悪いにもほどがある。

「ひどい手紙ですね」

 バートが渡した手紙をシィが一瞥しそう言う。

「そうだな」

「断りますよね」

「受ける」

 驚愕という表情のシィにバートは真面目に答えた。

「もう一枚見ろ。月給がこれだ」

 月給と歩合の給料表が入っていた。書類一枚処理につき銀貨何枚からはじまり、月給は金貨で払うと書いてある。
 本来はやりたくもない仕事ではあるが、生活するということはなにかと物入りなのだ。
 残念ながら文無し無職居候と最悪な状況。給金を払ってくれる相手がいるなら、嫌だろうが応じるほかない。
 その考えにすぐ至ったのは自分でも意外に思ったところではある。

「わぁ、支払い金貨って」

 シィが表情を引きつらせてその紙をみていた。バートよりも熱心なくらいだったが、シィにできる作業ではない。
 バートには日常のことができないのとは逆に。

 バートは日常生活に必要なことがほとんどできない。生まれも育ちも王族で、やるべきことが違い過ぎたせいだ。そのほとんどをシィに任せざろうえなかった。
 一応、やろうとはしたのだが、魔女がやめてくれと真顔で言うほどの惨事だった。ばつが悪いどころではなかった。
 バートは記憶の底に封じておきたいが、シィが何もできないんですねと言いたげに見られる事にうずく。
 シィがバートの世話をしているのは、誰かに命じられたからでも仕事でもない。ただの好意である。それがひどく落ち着かなかった。

「これで給金くらい払えるはずだ」

 シィはぱかんと口と目を見開いている。
 よほど驚いたらしい。

「よく働いてくれて感謝している。
 気に入らないことも多いだろうが、これからも頼む」

「…………はぁ。
 わかったので、奮発してください」

「それは相手側の都合だな。最初からそんなに頼まないだろう」

「どうでしょう。
 たぶん、今、すっごい忙しいと思いますよ。二か月くらい王城を空けて、凱旋の処理は他人に任せたとしても戦死者の国葬と賠償について決めて、ですよね?」

「よく知っているな」

「諜報部なので当然です」

 胸を張って言うところが、バートには褒められ待ちの犬のように思えた。
 シィはよく躾けられた猟犬ではない。
 芸を覚えた野良犬程度だ。それも、資質の良い育てがいがありそうなである。

 褒めて、やさしくして、甘やかして、懐かせることもできるだろう。いいように使うことも。
 誰もそうしなかったようだから。

 主としていたらしいあの男も諜報部には見向きもしなかったようだった。バートもこれの存在は知らなかった。私兵の延長線上のようで、誰にも手綱を握られていない組織。危なっかしいから潰したいとヴァージニアが言うわけである。
 新しく躾けるにも主は定めてあり言うことを聞く保証もない。しかも元々の主には少しばかり避けられている。それなのに妙な忠誠心だけがあった。

「それはここでは忘れていろ。役に立たん」

「でも」

「いつか呼ばれる日まで、待ってろ」

 バートはそう言っておくことにした。呼ばれることはきっとないと知りながら。
 不満そうでも反論をしないシィにもわかってはいるのだろう。納得できないだけで。

「今日は魔女を見たか?」

「魔女様は二日酔いと嘆きながら手紙を渡して、寝るの。起こさないで明日までとおっしゃっていました」

「……あの酔っ払い」

 神秘とは無縁の魔女である。だが、魔王が魔物を発生させるが、それをうまく動かしていたのは魔女であったという事実は軽くはない。多少の予定ががあったにせよ、屠るべきものは血の海に沈めていたのだから。

「起こします?」

「起きてから話す。どうせ中身を知らないんだろうから、素面でないと二度手間だ」

 魔女は時々、バートに手紙やものを渡してくるがその中身を確認してはいない。一度聞いたときには中身を確認する非常識な奴だと思ったの? と嫌そうな顔をしていた。それから歯形がついたり、剥がしかけだったりするのは狼と猿のせいだから、ほっといてないからと弁解し始めた。

 魔女にとってバートは捕虜や囚人であるという認識ではないらしい。魔王の後継者候補であまり機嫌を損ねて出ていかれては困る、という感じのようだ。
 魔王となったバートが何かしでかすのではないかとは考えていない。あるいは自分たちに都合が悪ければ、討伐してしまおうという話なのだろう。

 引き継いだばかりの魔王は最弱なので死なないようにと言っていたのは、警告であったのかは謎ではあるが。

「では、お昼でも食べますか? 今日もシチューですけど」

「……かまわん」

 いい加減他のものが食べたいが、文句を言う立場ではなかった。
 魔女も魔王もちょっとした楽しみとしての食事はするが、体の維持に食事は必要ない。そのため料理するということができない。自分で何か作るという発想がないのだ。
 バートは料理どころか、野菜も洗ったこともない。

 辛うじて料理ができると言えるのはシィだけである。そのシィですら野戦料理くらいしか……と視線を泳がせるほどだった。

「レシピ本と素材買いに行きたいですね……」

 げんなりしたような声でシィが嘆いている。バートは力強く頷くしかない。

「頑張ってほしい」

「過去一の励ましをどうも。
 こーゆーとこがさぁ……」

「なんだ」

「はぁ。なんでもありません。お好きな料理を教えてください」

「肉」

「……あなたほんとに王様してました?」

「料理方法とかは知らん。大体冷めていて温かければそれでいい」

 とはいってもやっぱり同じものが続くと飽きるのではあるが。言えば、作らないと宣言されるのは一か月くらい前にやらかした。黙って食べて礼を言えばなにかは出てくる。
 食事に関しては手伝いは断られているバートに出来るのは、大人しく座っているくらいだ。
 もうほんとに座っててくださいと言われるくらいであるので、本気でダメらしい。

「この私が絆されるとか……」

 ぼそぼそと呟くシィ。絆されるポイントがどこかあっただろうかとバートは思うが、黙っていることにした。なんでもやたら喋ればよいというものでもないことを知っている。

「肉詰めパイにしましょう。
 次にパイのレシピ欲しいって手紙に書いてください」

「女王陛下に?」

「あの人、意外とやってくれそうですよ。面白がって。
 おっかないですけど、思ったより気さくで、その延長線上で使い潰されそうです。それもいいかなって思わせる恐ろしい人でもありますけど」

「シィも?」

「私は勘弁してもらいたいですね。
 そうでなくても睨まれてるんです。あら、じゃあ、死んでくれるのとか言いだしそうです。怖い」

「なにをしたんだ?」

「秘密です。陛下に殺されそうなので、墓場までもっていきます」

 シィがややこわばったような表情で言うのだからよほどのことだろう。しかし、バートが見ていたヴァージニアはいつも通りだった。つまり、常に物騒である。
 可憐でか弱く何もできなそうに見えていたあの頃の自分がおかしかったと断言できる。

 あの頃は、常に誰かが次の行動の指示を呟いているようだった。そうしなければならないという焦燥は今はない。優しく甘いあの声は、もうない。

「……ま、お昼です。お昼。あー、夢に見る塊肉。魔物肉って食べられるって聞いたんですが、どうですかね」

「そこらへんにいるモノを殺して食おうという発想の野蛮さに震える」

「肉ってどうやってできるか知ってますぅ?」

 表情をひきつらせたシィにバートは余計なことを言ったと反省したが遅かった。
 お肉というのはですねぇとわからされた。

「私がいないとダメですね。一般常識ですよ」

 ふんすと鼻息荒くシィは言う。

「ダメだろうな。今後も頼む」

「…………頼まれました」

 がっくりうなだれた理由をバートが知るのはもっとずっと先のことだった。
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