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第7章 25日目の奇跡
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暦の神を祝う日が近づくと、村はいつもより明るく賑やかになります。
寒い風が吹いても、人々の笑い声の方が強く響く――そんな日。
「アメリア様、こちらのお花、祭壇に飾ってもよろしいですか?」
「はい、赤い花は勇気の色ですから、中央に置きましょう」
兵士たちがもってきた木の枝を彩りながら、わたしは微笑みました。
この辺境の暦祭は、王都のように豪華ではありません。けれど、ひとりひとりが心を込めて作る飾りがあたたかくて愛しいのです。
「本当に助かりますよ、アメリア様」
「いえ、わたしのほうこそ。皆さんに支えられてばかりですから」
そんな会話をしていたら、背後から声がしました。
「支えられてばかり、ではないな」
振り返ると、ライナルト様が立っていました。
凛とした姿。けれど今日はいつになく柔らかな笑みです。
「領内の者たちが言っていた。“花の令嬢が来てから、雪が和らいだ”と」
「そ、それは偶然です。暦の神さまのおかげです!」
慌てて否定するわたしに、彼は小さく笑いました。
「謙虚だな。だが――この冬の空気は確かに変わった。春は近い」
そう言って、手にしていた何かを差し出してきました。
小さな木箱。蓋を開けると、中には白い花飾りがありました。雪花草を模した細工で、花びらの中央に小さな石が埋め込まれています。
「これは……」
「暦の石だ。25の印が刻まれている。お前が生まれた日だろう」
「あ……!」
胸の奥が跳ねました。
まさか、覚えていてくださったなんて。
「この領では、祭の日とお前の誕生日が重なるそうだな。……祝福を」
彼の声が静かに響き、頬にほんのり熱が上りました。
「ライナルト様……ありがとうございます。本当に、うれしいです」
「礼を言うなら、笑え。お前の笑顔は冬を遠ざける」
思わず笑って、両手で花飾りを握りしめました。
その瞬間、村の子どもたちが走り出してきます。
「アメリア様! 誕生日なんでしょ!?」
「歌、歌っていい?」
「もう……あなたたち、誰が教えたの!?」
わたしの抗議も届かず、子どもたちが輪になって小さな歌を歌い始めました。
ライナルト様も軍服の袖をまくり、笑いながら拍子を取ってくれます。
笑顔の輪が雪の中に広がるその光景に、胸の奥が温かくなりました。
「……25日に生まれるのが、こんなに嬉しい日になるなんて」
言葉がこみ上げます。
いつかは呪いだと思っていた数字が、いまは光を持って輝いて見える。
「アメリア」
「はい」
「お前がこの地に来てから、兵たちはよく笑うようになった。村に子どもたちの声が戻った。……それだけで十分、奇跡だ」
その言葉に、思わず胸が締めつけられました。
わたしは首飾りに触れながら、そっと顔を伏せます。
「奇跡なんて、わたしにはもったいない言葉です。
でも、もしこんな日々が少しでも続くなら……それが一番の幸福です」
ライナルト様は静かに頷き、ついでわずかに手を伸ばしました。
その手が、わたしの髪に触れます。やさしく指先が一房をすくい上げました。
胸の鼓動が早まる。
けれど、不思議と怖くありませんでした。むしろ、包み込まれるように心が落ち着いていく。
「お前の髪に、陽が当たると……氷が溶けるようだ」
その囁きに、息が止まる。
頬が熱くて、視線を合わせることもできない。
「ライナルト様……そのようなことを言われたら……」
「事実を言っただけだ」
少し照れたように目を逸らす彼の姿が、どこまでもあたたかでした。
~~~~~~~~~~
日が落ちるころ、祭の炎が焚かれ、村人たちが集まって踊り出しました。
わたしも誘われ、輪の中に入ります。
雪の上を踏むたびに、地面の下の春が目を覚ますような気がしました。
ふと視線を上げると、ライナルト様がこちらを見ていました。
焚火の光に照らされた銀の目が、どこまでもやさしく光っています。
「見ていてくださっているんだ……」
その一瞬が、胸いっぱいの幸福で満たされました。
凍った時間に、ようやく春の色が差したような。
暦の神に祈ります――どうか、この日が終わらないで。
~~~~~~~~~~
祭のあと、村人たちが引き上げた広場に、ふたりきりが残りました。
雪が静かに舞い落ちる夜。
焚火の名残が淡く光り、まだ少しあたたかい。
「外は冷える。早く屋敷に戻れ」
「はい。でも、もう少しだけ見ていたくて……」
「雪を?」
「はい。……この白さが、好きになりました。
この地に来て、ようやく雪が優しく見えるようになった気がします」
そう言うと、ライナルト様は少しだけ微笑みました。
手袋を外し、ゆっくりと手を伸ばしてきます。
その手が、わたしの頬にふれました。
冷たいはずの指先が、驚くほどやわらかでした。
「おめでとう、アメリア。……25日目の娘」
息が詰まる。
「……ありがとうございます」
声が震えました。
でも笑って答えられたのは、彼の手のぬくもりがあったから。
「この日を、忘れるな」
「忘れません。25日は、わたしの運命が変わった日ですから」
そして、彼はほんの一瞬だけ、わたしの額に唇を触れさせました。
雪が舞い散る音の中で、心臓の鼓動だけが強く響いていました。
寒い風が吹いても、人々の笑い声の方が強く響く――そんな日。
「アメリア様、こちらのお花、祭壇に飾ってもよろしいですか?」
「はい、赤い花は勇気の色ですから、中央に置きましょう」
兵士たちがもってきた木の枝を彩りながら、わたしは微笑みました。
この辺境の暦祭は、王都のように豪華ではありません。けれど、ひとりひとりが心を込めて作る飾りがあたたかくて愛しいのです。
「本当に助かりますよ、アメリア様」
「いえ、わたしのほうこそ。皆さんに支えられてばかりですから」
そんな会話をしていたら、背後から声がしました。
「支えられてばかり、ではないな」
振り返ると、ライナルト様が立っていました。
凛とした姿。けれど今日はいつになく柔らかな笑みです。
「領内の者たちが言っていた。“花の令嬢が来てから、雪が和らいだ”と」
「そ、それは偶然です。暦の神さまのおかげです!」
慌てて否定するわたしに、彼は小さく笑いました。
「謙虚だな。だが――この冬の空気は確かに変わった。春は近い」
そう言って、手にしていた何かを差し出してきました。
小さな木箱。蓋を開けると、中には白い花飾りがありました。雪花草を模した細工で、花びらの中央に小さな石が埋め込まれています。
「これは……」
「暦の石だ。25の印が刻まれている。お前が生まれた日だろう」
「あ……!」
胸の奥が跳ねました。
まさか、覚えていてくださったなんて。
「この領では、祭の日とお前の誕生日が重なるそうだな。……祝福を」
彼の声が静かに響き、頬にほんのり熱が上りました。
「ライナルト様……ありがとうございます。本当に、うれしいです」
「礼を言うなら、笑え。お前の笑顔は冬を遠ざける」
思わず笑って、両手で花飾りを握りしめました。
その瞬間、村の子どもたちが走り出してきます。
「アメリア様! 誕生日なんでしょ!?」
「歌、歌っていい?」
「もう……あなたたち、誰が教えたの!?」
わたしの抗議も届かず、子どもたちが輪になって小さな歌を歌い始めました。
ライナルト様も軍服の袖をまくり、笑いながら拍子を取ってくれます。
笑顔の輪が雪の中に広がるその光景に、胸の奥が温かくなりました。
「……25日に生まれるのが、こんなに嬉しい日になるなんて」
言葉がこみ上げます。
いつかは呪いだと思っていた数字が、いまは光を持って輝いて見える。
「アメリア」
「はい」
「お前がこの地に来てから、兵たちはよく笑うようになった。村に子どもたちの声が戻った。……それだけで十分、奇跡だ」
その言葉に、思わず胸が締めつけられました。
わたしは首飾りに触れながら、そっと顔を伏せます。
「奇跡なんて、わたしにはもったいない言葉です。
でも、もしこんな日々が少しでも続くなら……それが一番の幸福です」
ライナルト様は静かに頷き、ついでわずかに手を伸ばしました。
その手が、わたしの髪に触れます。やさしく指先が一房をすくい上げました。
胸の鼓動が早まる。
けれど、不思議と怖くありませんでした。むしろ、包み込まれるように心が落ち着いていく。
「お前の髪に、陽が当たると……氷が溶けるようだ」
その囁きに、息が止まる。
頬が熱くて、視線を合わせることもできない。
「ライナルト様……そのようなことを言われたら……」
「事実を言っただけだ」
少し照れたように目を逸らす彼の姿が、どこまでもあたたかでした。
~~~~~~~~~~
日が落ちるころ、祭の炎が焚かれ、村人たちが集まって踊り出しました。
わたしも誘われ、輪の中に入ります。
雪の上を踏むたびに、地面の下の春が目を覚ますような気がしました。
ふと視線を上げると、ライナルト様がこちらを見ていました。
焚火の光に照らされた銀の目が、どこまでもやさしく光っています。
「見ていてくださっているんだ……」
その一瞬が、胸いっぱいの幸福で満たされました。
凍った時間に、ようやく春の色が差したような。
暦の神に祈ります――どうか、この日が終わらないで。
~~~~~~~~~~
祭のあと、村人たちが引き上げた広場に、ふたりきりが残りました。
雪が静かに舞い落ちる夜。
焚火の名残が淡く光り、まだ少しあたたかい。
「外は冷える。早く屋敷に戻れ」
「はい。でも、もう少しだけ見ていたくて……」
「雪を?」
「はい。……この白さが、好きになりました。
この地に来て、ようやく雪が優しく見えるようになった気がします」
そう言うと、ライナルト様は少しだけ微笑みました。
手袋を外し、ゆっくりと手を伸ばしてきます。
その手が、わたしの頬にふれました。
冷たいはずの指先が、驚くほどやわらかでした。
「おめでとう、アメリア。……25日目の娘」
息が詰まる。
「……ありがとうございます」
声が震えました。
でも笑って答えられたのは、彼の手のぬくもりがあったから。
「この日を、忘れるな」
「忘れません。25日は、わたしの運命が変わった日ですから」
そして、彼はほんの一瞬だけ、わたしの額に唇を触れさせました。
雪が舞い散る音の中で、心臓の鼓動だけが強く響いていました。
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