25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても

朝日みらい

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第8章 過去からの手紙

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 春の風が、ようやくこの地にも届きました。

 雪解けの水が小川を流れ、庭では小さな芽が競い合うように伸びています。  
 氷に閉ざされていた世界が、いまや柔らかな緑に変わっていく。

 冬のあいだ、ずっと荒れていた花壇も、少しずつ彩りを取り戻しました。  
 黄色い花、白い花、そして新しい赤いつぼみ。

「こんなに花が咲くのは、何年ぶりかしらねえ」

 カーラさんが目を細めて言います。

「みんな、貴女のおかげですよ」
「いえ……私ひとりの力じゃありません。みんなが頑張ったからです」

 わたしが笑うと、風が優しく頬を撫でました。  
 まるで、暦の神が「よくやった」と褒めてくれているようです。

 それでも心のどこかで、小さな不安がありました。  
 こんなに穏やかな日が続くなんて、信じられない――そんな気持ちです。


~~~~~~~~~~


 その日の午後、厨房で焼き菓子を手伝っていると、玄関の方で騒めきが起こりました。

「王都からの使者が参りました!」

 兵士の声に、わたしは思わず手を止めました。  
 王都――あの場所から、わたしのもとへ……?

 胸の奥が冷たくなりました。  
 何か悪い知らせではないか、嫌な予感が拭えません。

 応接間に通されると、そこには見知らぬ従者が立っていました。  
 深紅の封蝋を押した手紙を持ち、丁寧に頭を下げます。

「子爵家の娘、アメリア様に届けるよう、王都より預かりました」

 赤い封蝋に見覚えがありました。  
 義妹セリーナの家の家紋です。

(どうして、今……?)

 震える指で封を切ると、優美な花文字が踊るように綴られていました。

『お姉さま、お元気かしら? 王宮では毎日が華やかで、わたくしは幸せそのものです。  
 殿下も心優しくて――あなたを追放したのが正しい判断だったと、日々感じています。』

 そこまで読んだところで、指先から力が抜けました。

 笑いながら、心がすっと冷えていく。  
 目尻がかすかに熱くなって、視界が滲みました。

『あなたが身代わりを務めてくださったおかげで、わたくしは“真の王太子妃”として輝いていますわ』

 最後の行には、紅の印章が押されていました。  
 けれど……それは王家の紋章。  
 セリーナに使う権限はないはずのものです。

(おかしい……これは、誰かがセリーナを通して――)

 そこまで考えた瞬間、背後から声がしました。

「顔色が悪いな。どうした」

 ライナルト様です。  
 彼の姿を見た瞬間、張り詰めていた糸が切れたように胸が波打ちました。

「王都から手紙が届いたのです。義妹から……でも、封蝋が、変で……」

「見せろ」

 彼は手紙を受け取り、目を細めます。  
 鋭い視線が一瞬で全てを見抜くようでした。

「この印章は王族の財務院印。個人では決して使えぬものだ。……王都で何か起きている」

「財務院……?」

「王宮の内部権限を持つ者だ。つまり、セリーナの背後に――王家の誰か、またはその近臣が動いている」

 低い声が、暖炉の火を揺らしました。

「アメリア、恐らくこれは挑発だ。お前を再び王都へ引き戻すための。  
 だが、俺の領でそんな真似はさせない」

「……ライナルト様」

 彼の言葉が心にしみました。  
 けれど、その直後──何か遠くで雷鳴のような音が響き、空が曇ってきました。

「天候が急に……」
「南風が変だ。王都方向から吹いている」

 ライナルト様は窓を見上げ、険しい顔をしました。

「アメリア。これから何が起ころうと、恐れるな。その“暦石”を大切にしておけ」

 わたしは首元のペンダントに手を添えました。  
 25の数字を刻んだ石が、微かに光を放っています。

「もしかして、この石が……?」
「あの石は古い暦の勇者が遺したものだ。25日に生まれし者が触れれば、運命の羅針盤が動くといわれている」

「運命の、羅針盤……」

「信じるか?」
「……はい。だって、いまのわたしは、あの日あなたに出会えた運命を信じていますから」

 その言葉に、彼はしばし沈黙したあと――ほんの少し笑いました。

「君は本当に……不思議な人だ」

 外の風がやんで、薄い雲の隙間から光が差しこみました。  
 その光が彼の横顔を照らし、雪のように柔らかく見えました。

「ライナルト様、もしまた何かあっても……私は逃げません。  
 25日に生まれた意味を、ちゃんと探したいのです」

「……なら、俺もその傍にいよう」

 その一言が、胸の奥を熱く打ちました。  
 寒さも恐れも消えて、ただ心臓の音だけが響く。

 運命を変える日々は、まだ終わっていなかった。  
 むしろ、ここから再び――始まろうとしている。

~~~~~~~~~~

 夜。  
 机の上に置いたあの手紙を、もう一度見つめました。

 紙の端に、薄く書き足された言葉がありました。  
 まるで、誰かが上書きするように。

『――“25の日”、王都で運命が動く。』

 封蝋の印が淡く赤く光り、すぐに消えた。  
 息を呑む間もなく、心臓が跳ね上がります。

 これはただの手紙じゃない。  
 誰かが、“導いている”。

「25の日……? それって――」

 窓の外を見ると、北の空に白い雪が舞い戻っていました。  
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