【完結】25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても

朝日みらい

文字の大きさ
9 / 20

第9章 氷を溶かす手

しおりを挟む
 その夜から、空模様が急に変わりました。  
 王都から吹く南風は冷たく荒れ狂い、まるで春を追い払うように吹雪を運んできたのです。

 辺境の地に住む人々は皆、嵐の前触れを察して家屋の窓を閉めていました。  
 いつもあたたかい領地の屋敷も、この夜ばかりは骨の髄まで震えるような寒さに包まれています。

「まさか……また雪が……」

 窓の外を見ながら小さく呟いたとき、ひゅう、と風が鳴いて灯火が揺れました。  
 窓枠の隙間から吹き込む白い息が、指先に触れただけで痛いほど冷たい。

「アメリア様、部屋の戸をしっかり閉めてください!」

 カーラさんが慌てて飛び込んできました。  
 薪を重ねてくれても、炎が追いつかない。

「ライナルト様は?」
「将軍様は村の警備に出られました。塔の見張りを交代で見ていらっしゃいます」

「この吹雪で……!?」

「ええ、あの方は……そういうお人なんです」

 カーラさんの言葉が胸の奥で響きました。  
 責任と孤独を、その身ひとつで全部背負おうとする人。  
 ライナルト様らしい――そう思うほど、胸が締めつけられます。

「……やっぱり、わたし行かなきゃ」

 カーラさんが止めるのも聞かず、マントを肩に羽織りました。  
 誰かが待っているというだけで、足は勝手に動くものなのだと、その時初めて知りました。


~~~~~~~~~~


 外は、まるで凍った世界そのものでした。  
 雪が風に踊り、足跡をすぐに覆い隠していきます。  
 灯りを頼りに、わたしは塔の方向へと歩きました。

「ライナルト様……どこに……!」

 声が風にさらわれていく。  
 それでも進み続けました。  
 冷気が頬を刺し、髪が凍りつくほどの夜。  
 と、その時――吹雪の向こうから影が動きました。

「アメリア!」

 低く響く声。  
 振り返るより早く、強い腕がわたしを抱き寄せます。

「こんなところで何をしている!」
「ライナルト様……ご無事で……よかった……!」

 その瞬間、肩の力が抜けました。  
 膝が雪に沈み、彼の胸の中に崩れるように倒れこんでしまいました。

「馬鹿者、凍傷になるぞ」

 声音はいつものように冷たくても、抱きしめる腕は強く、そしてあたたかかった。  
 彼の胸に顔を埋めた途端、心の奥までほどけていくような気がしました。

「どうして……わざわざ来た」
「あなたが出て行ったままだったから、心配で……何もできませんけど、側にいたくて……」

 吐息に混じる雪の匂い。  
 わたしの声は泣いているように震えていました。

 ライナルト様は少し黙ってから、低く言いました。

「……俺は、誰にも心配なんてされたくないと思っていた。  
 けれど今、お前にそう言われて――少しだけ、救われた気がする」

「救われた……?」

「ああ」

 顔を上げると、彼の瞳が近くにありました。  
 吹雪の白を背景に、その瞳の青が小さく揺れています。  
 それは氷ではなく、水の色でした。  
 長く閉ざされていた湖が解けて、光を映すような。

「もう少しで終わる吹雪だ。中へ――」

 そう言いかけた彼の声が途切れ、わたしの指先を取りました。

「冷たい手だな……」

「す、すみません……手袋を落としてしまって」

「全く……」

 彼は自分の手袋を脱ぎ、ためらいもなくわたしの手を包み込みました。  
 指と指が重なる。熱がじんわりと溶け出していく。  
 心臓の鼓動が一つ、また一つと速くなっていきました。

「これで少しは暖まる」
「……はい。でも、あなたの手が冷たくなってしまいます」
「俺のことは構うな。もともと氷の将軍だ」

 冗談めいた口調に思わず笑ってしまい、頬が緩みました。

「そんなふうに笑うな。困る」

「どうしてですか?」
「……目を逸らせなくなる」

 その言葉に、呼吸が止まりました。  
 雪の音が遠のいて、世界がふたりきりになったような気がする。

「……ライナルト様」

 わたしは彼の胸に寄りかかったまま、静かに尋ねました。

「もし、この吹雪が止んだら……私、何をすべきでしょうか」
「まずは、熱い茶を飲んで眠れ。それからでいい」

「違うんです。王都のことが気になって仕方なくて……セリーナの手紙、あれはきっと――」

「見透かしているな。俺もお前も、きっと巻き込まれる。だが慌てるな」

 そう言いながら、彼はわたしの髪をそっと払ってくれました。  
 雪の粒が指先で砕けていく。

「何があっても俺が守る。……あの夜、誓ったはずだ」

「誓い……?」

「お前を凍らせないことを、だ」

 頬に触れる彼の手が、優しくてあたたかくて――その温もりに、涙がこぼれそうになりました。

「ありがとう、ライナルト様……」

 風が弱まり、吹雪が次第に静まっていきました。  
 見上げた空に月がのぞき、雲の切れ間から星が輝き始めます。

「ほら、止んだな」
「はい……不思議ですね。雪がやんだだけなのに、世界が明るく見えます」

「それはお前が光を見つけたからだ」

「光……?」

「そうだ。俺の目にも、その光が見える」

 言葉の意味をすぐには受け取れませんでした。  
 でも、彼の瞳が真っすぐにこちらを映していて、もう目を逸らせません。

 指先が、再び強く結ばれました。  
 氷は溶け、心の奥まであたたかさが流れ込んでくる。

「アメリア。お前が来てから、この領地には春が来た。……それは嘘じゃない」

「ライナルト様……」

 その名を呼ぶ声が震えたのは、寒さのせいだけじゃありませんでした。

~~~~~~~~~~

 屋敷に戻って暖炉の前へ座ったとき、体の震えがようやく収まりました。  
 マントを乾かしている間も、あの瞬間の温もりが消えませんでした。

 火の光に照らされたライナルト様が、毛布を肩に掛けてくれます。

「もう無茶をするな」
「はい……でも、行ってよかったです」
「……俺も、そう思う」

 彼の視線が、わたしの首元の暦石にとまりました。  
 そこに映る火のゆらめきが、まるで心臓の鼓動と重なるように光ります。

「その石は、いつも光っているのか?」
「いいえ。時々だけです。まるで、心が動く瞬間を知っているみたいに」

 彼は少し黙って、穏やかな声で言いました。

「なら今は、俺の心も動いているんだろうな」

 その言葉に息を呑みました。  
 暖炉の火が少し強く燃え上がり、影がゆらりと揺れます。

 次の瞬間、彼がそっと手を伸ばし、わたしの手を取って――。

「もう寒くないな」
「ええ……あなたのせいです、きっと」

 そう言って笑うと、彼の肩の力が少し抜けて静かな安堵の笑みを見せました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

【完結】婚約解消を言い渡された天使は、売れ残り辺境伯を落としたい

ユユ
恋愛
ミルクティー色の柔らかな髪 琥珀の大きな瞳 少し小柄ながらスタイル抜群。 微笑むだけで令息が頬を染め 見つめるだけで殿方が手を差し伸べる パーティーではダンスのお誘いで列を成す。 学園では令嬢から距離を置かれ 茶会では夫人や令嬢から嫌味を言われ パーティーでは背後に気を付ける。 そんな日々は私には憂鬱だった。 だけど建国記念パーティーで 運命の出会いを果たす。 * 作り話です * 完結しています * 暇つぶしにどうぞ

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも
恋愛
「好きです。付き合ってください!」  大きな桜の木に花が咲き始めた頃、その木の下で、彼は真っ赤な顔をして告げてきた。  嬉しさに胸が熱くなり、なかなか返事ができなかった。その間、彼はまっすぐ緊張した面持ちで私を見ていた。そして、私が「はい」と答えると、お互い花が咲いたような笑顔で笑い合った。  中学校の卒業式の日だった……。  あ~……。くだらない。  脳味噌花畑の学生の恋愛ごっこだったわ。  全ての情熱を学生時代に置いてきた立花美咲(24)の前に、突然音信不通になった元カレ橘蓮(24)が現れた。  なぜ何も言わずに姿を消したのか。  蓮に起こったことを知り、美咲はあの頃に置き去りにした心を徐々に取り戻していく。 ──────────────────── 現時点でプロローグ+20話まで執筆ができていますが、まだ完結していません。 20話以降は不定期になると思います。 初の現代版の恋愛ストーリーなので、遅い執筆がさらに遅くなっていますが、必ず最後まで書き上げます! 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました

志熊みゅう
恋愛
 十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。  卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。  マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。  その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。  ――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。  彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。  断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!

追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~

ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。 完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、 家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。 そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。 「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」 契約だけの夫婦のはずだった。 お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。 静かで優しさを隠した公爵。 無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。 二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。 しかしその噂は王国へ戻り、 「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。 「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」 契約結婚は終わりを告げ、 守りたい想いはやがて恋に変わる──。 追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。 そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、 “追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。 ---

処理中です...