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第10章 嘲笑の妹
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王城の大広間には静寂が落ちていました。
アレクシス様が言い放った一言で、場の空気は完全に変わっていたのです。
――「リリアーナ・ヴァレンティーヌが、この薬を創った」
その宣言が王の前でなされた瞬間、誰もが息を呑みました。
セリーヌも、ライオネル殿下も、まるで氷像のように動けずにいます。
「公爵閣下……! それは誤解です、この姉は――」
「言い訳は結構だ」
アレクシス様の声は、あくまでも冷ややかでした。
けれどその眼差しは、まっすぐに私一人へと向けられていて。
氷のようなまなざしなのに、不思議と、それが私を包む温度に思えたのです。
「目の前の真実が見えぬ者に、公の場で語る資格はない。退け」
その声に従うように、殿下の背筋がわずかに震え、誰も言葉を返せません。
沈黙が落ち、玉座の前に立つ王だけが低く唸りました。
「……公爵殿、真実は明らかのようだな。報告書に彼女の名を正式に記せ」
それだけで、終わりました。
あっけないほどに。
でもあの瞬間――長い年月、誰にも認めてもらえなかった“努力”が、確かに報われた気がしたのです。
◇ ◇ ◇
王城をあとにした私たちは、夕暮れの庭園を抜けて外へ出ました。
風には白い花びらが舞い、淡い金色の光があたりを包んでいます。
メアが泣きながら鼻をすすり、グレゴールが「若い者のため息が眩しすぎる」と照れ隠しのようにつぶやきました。
「公爵様……ありがとうございました」
「礼は要らん。俺は当然のことをしたまでだ」
アレクシス様はそう答えて、ちらと空を見上げました。
春とはいえ、王都の空はまだ冷たい。それでも、雲間から覗く光が彼の横顔をやわらかく照らしています。
「……貴方が来てくださらなければ、私、一人ではきっと何もできませんでした」
「できただろう。お前のことだ、自分の力で解決していたはずだ」
「……そんな風に言われたのは、初めてです」
胸がきゅっとなって、思わず目を逸らしました。
でも、アレクシス様はふいに歩みを止め、私の方へ向き直ります。
「もう“妹の代わり”ではない。――お前は、俺の妻だ」
「……!」
そこに込められた言葉の重さに、思わず息を呑みました。
“契約の妻”ではなく、“俺の妻”。
その意味を、彼は静寂の中で明確にしてくださったのです。
胸の奥にふわりと光が灯るような感覚。
それでも私が何かを返そうとするより早く、奥の回廊から声が響きました。
「公爵様、その言葉、本気ですの?」
セリーヌでした。
未だ涙の跡を残した顔で、それでもどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべています。
「そんな女のどこがいいの? 地味で、平凡で、見る価値もない……! 私は貴方に選ばれるはずだったのよ!」
「セリーヌ……やめて」
「うるさい!」
妹の叫びが反射して、石壁が震えました。
その声には、私がかつて味わった劣等感とは逆の――“失う痛み”が滲んでいます。
「ねぇ公爵様、どうせ哀れみでしょ? “地味な女を救ってやった”って、そういう優越感がほしいだけなんでしょう!?」
吐き捨てるような言葉。
けれど、その刃は私ではなくアレクシス様の方を傷つけてしまうのではと、私は一歩踏み出しました。
「やめて、セリーヌ。わたし、もうあなたを責めたりしない。――でもこれ以上、彼を侮辱しないで」
「どうして庇うの!? あの王子を奪ったのはこの私よ!」
新たな涙が、妹の瞳を濡らしました。
その瞬間、アレクシス様が一歩前に出ます。
静かに、だが一切の容赦なく。
「――愛を知らぬ者が、誰かを嘲る資格はない」
低い声が、空気を切り裂きました。
セリーヌが息を呑み、まるで剣を向けられたかのように後ずさります。
「愛は、与えられることではない。奪おうとする限り、永遠に手にできぬ」
「……なによ、その言葉。愛なんて……!」
妹は震えながら首を振り、足早に庭の出口へと走り去っていきました。
遠ざかる背中に、私は何も言えませんでした。
けれど、心の中では――ようやく、終わったのだと感じていました。
◇ ◇ ◇
春の風が頬を撫でます。
その温もりを含んだ風の中で、アレクシス様がそっと私の肩を抱き寄せました。
「恐かったか?」
「いえ……むしろ、もう軽くなった気がします」
「そうか」
彼は息を吐き、目を細めました。
普段は冷たいその眼差しが、信じられないほど柔らかく見えます。
「お前のような者を、俺は見たことがない。誰からも奪わず、誰の光も踏みにじらずに、生きようとする者など」
「そんな、大げさな……」
「大げさではない」
そう言って、彼は一歩私の前に立ち、両手でそっと頬に触れました。
驚くほど慎重に、まるでガラス細工を扱うように優しい指先です。
「……これが、俺の本心だ」
頬に触れる掌が少しだけ震えていました。
氷の公爵――そう呼ばれた人が、今では温もりそのものを宿している。
「アレクシス様……」
「言葉は要らん。だが……もう二度と、お前を“代わり”などと呼ばせはしない」
その声音に、胸の奥が甘く痛みました。
涙がこぼれそうになるのを堪えきれず、私は小さく頷くしかありません。
外では王都の夜景が流れ、オレンジ色の灯りが遠くに滲んでいます。
アレクシス様が言い放った一言で、場の空気は完全に変わっていたのです。
――「リリアーナ・ヴァレンティーヌが、この薬を創った」
その宣言が王の前でなされた瞬間、誰もが息を呑みました。
セリーヌも、ライオネル殿下も、まるで氷像のように動けずにいます。
「公爵閣下……! それは誤解です、この姉は――」
「言い訳は結構だ」
アレクシス様の声は、あくまでも冷ややかでした。
けれどその眼差しは、まっすぐに私一人へと向けられていて。
氷のようなまなざしなのに、不思議と、それが私を包む温度に思えたのです。
「目の前の真実が見えぬ者に、公の場で語る資格はない。退け」
その声に従うように、殿下の背筋がわずかに震え、誰も言葉を返せません。
沈黙が落ち、玉座の前に立つ王だけが低く唸りました。
「……公爵殿、真実は明らかのようだな。報告書に彼女の名を正式に記せ」
それだけで、終わりました。
あっけないほどに。
でもあの瞬間――長い年月、誰にも認めてもらえなかった“努力”が、確かに報われた気がしたのです。
◇ ◇ ◇
王城をあとにした私たちは、夕暮れの庭園を抜けて外へ出ました。
風には白い花びらが舞い、淡い金色の光があたりを包んでいます。
メアが泣きながら鼻をすすり、グレゴールが「若い者のため息が眩しすぎる」と照れ隠しのようにつぶやきました。
「公爵様……ありがとうございました」
「礼は要らん。俺は当然のことをしたまでだ」
アレクシス様はそう答えて、ちらと空を見上げました。
春とはいえ、王都の空はまだ冷たい。それでも、雲間から覗く光が彼の横顔をやわらかく照らしています。
「……貴方が来てくださらなければ、私、一人ではきっと何もできませんでした」
「できただろう。お前のことだ、自分の力で解決していたはずだ」
「……そんな風に言われたのは、初めてです」
胸がきゅっとなって、思わず目を逸らしました。
でも、アレクシス様はふいに歩みを止め、私の方へ向き直ります。
「もう“妹の代わり”ではない。――お前は、俺の妻だ」
「……!」
そこに込められた言葉の重さに、思わず息を呑みました。
“契約の妻”ではなく、“俺の妻”。
その意味を、彼は静寂の中で明確にしてくださったのです。
胸の奥にふわりと光が灯るような感覚。
それでも私が何かを返そうとするより早く、奥の回廊から声が響きました。
「公爵様、その言葉、本気ですの?」
セリーヌでした。
未だ涙の跡を残した顔で、それでもどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべています。
「そんな女のどこがいいの? 地味で、平凡で、見る価値もない……! 私は貴方に選ばれるはずだったのよ!」
「セリーヌ……やめて」
「うるさい!」
妹の叫びが反射して、石壁が震えました。
その声には、私がかつて味わった劣等感とは逆の――“失う痛み”が滲んでいます。
「ねぇ公爵様、どうせ哀れみでしょ? “地味な女を救ってやった”って、そういう優越感がほしいだけなんでしょう!?」
吐き捨てるような言葉。
けれど、その刃は私ではなくアレクシス様の方を傷つけてしまうのではと、私は一歩踏み出しました。
「やめて、セリーヌ。わたし、もうあなたを責めたりしない。――でもこれ以上、彼を侮辱しないで」
「どうして庇うの!? あの王子を奪ったのはこの私よ!」
新たな涙が、妹の瞳を濡らしました。
その瞬間、アレクシス様が一歩前に出ます。
静かに、だが一切の容赦なく。
「――愛を知らぬ者が、誰かを嘲る資格はない」
低い声が、空気を切り裂きました。
セリーヌが息を呑み、まるで剣を向けられたかのように後ずさります。
「愛は、与えられることではない。奪おうとする限り、永遠に手にできぬ」
「……なによ、その言葉。愛なんて……!」
妹は震えながら首を振り、足早に庭の出口へと走り去っていきました。
遠ざかる背中に、私は何も言えませんでした。
けれど、心の中では――ようやく、終わったのだと感じていました。
◇ ◇ ◇
春の風が頬を撫でます。
その温もりを含んだ風の中で、アレクシス様がそっと私の肩を抱き寄せました。
「恐かったか?」
「いえ……むしろ、もう軽くなった気がします」
「そうか」
彼は息を吐き、目を細めました。
普段は冷たいその眼差しが、信じられないほど柔らかく見えます。
「お前のような者を、俺は見たことがない。誰からも奪わず、誰の光も踏みにじらずに、生きようとする者など」
「そんな、大げさな……」
「大げさではない」
そう言って、彼は一歩私の前に立ち、両手でそっと頬に触れました。
驚くほど慎重に、まるでガラス細工を扱うように優しい指先です。
「……これが、俺の本心だ」
頬に触れる掌が少しだけ震えていました。
氷の公爵――そう呼ばれた人が、今では温もりそのものを宿している。
「アレクシス様……」
「言葉は要らん。だが……もう二度と、お前を“代わり”などと呼ばせはしない」
その声音に、胸の奥が甘く痛みました。
涙がこぼれそうになるのを堪えきれず、私は小さく頷くしかありません。
外では王都の夜景が流れ、オレンジ色の灯りが遠くに滲んでいます。
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