25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第11章 見返しの宴

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 王都の夜が春の香りを帯びるころ、公爵夫妻として招かれた夜会の日がやってきました。  
 大広間いっぱいに灯されたシャンデリアと花々、  
 数えきれぬほどの貴族たちの視線に、私は少しだけ緊張していました。

「大丈夫ですよ、お嬢様! 今日は主役です!」  
 背後でメアが小声で励ましてくれます。  
「主役なんて、とんでもないわ。わたしはただ――」  
「薬草で王家を救った英雄ですっ! ねぇ、公爵様もそう思いますよね!」

「……言葉が過ぎる、メア」  
 低く冷ややかな声にメアが「ひゃっ」と飛びのきました。  
 アレクシス様の横顔は、いつも通り凍てついたような静けさを湛えています。  
 けれど今日は、いつもより少し柔らかく見えるのです。  
 彼の腕に触れられながら、大広間へと歩みを進めました。

     ◇ ◇ ◇ 

 会場には華やかな音楽と香水の匂いが満ちていました。  
 出迎えた貴族たちが、私たちの姿を見てざわめきます。

「……あれが“氷の公爵と、その妻”か」  
「地味な令嬢だと聞いていたが……思っていたよりも――」  
 そんな囁きが耳に届きましたが、いまの私には不思議と恐れはありません。  
 隣に、あの人がいるから。  

「リリアーナ・ヴァレンティーヌ公爵夫人であらせられる!」

 従者の声が響き渡ると同時に、中央のダンスホールが静まりました。  
 王が立ち上がり、満足げに微笑みます。  
 「この者の功によって、王城は毒より救われた。薬草学の新しい章が開かれたのだ」

 ざわ……と人々の間に感嘆が広がり、光の波のように拍手が起こりました。  
 ――あの王都で、誰にも見向きもされなかった“地味すぎる令嬢”。  
 まさかこんな日が来るとは。

 祝辞が終わり、貴婦人たちが次々と話しかけてきます。  
 「まあ素敵なご功績!」「公爵様はお幸せですわね!」  
 その声の裏には、以前私を蔑んだ顔も混じっていました。  
 それでも、私はただ笑顔で応じます。

「ありがとうございます。努力を見てくださった方たちと、支えてくれた人たちのおかげです」

 ――そのとき。  
 入り口の方でざわめきが起こりました。

「え、あれは……」  
「エインズワース家の……次女では?」

 現れたのは、衰えたドレス姿のセリーヌとライオネル殿下。  
 二人の姿を見た瞬間、空気が重くなるのを感じました。

 彼らは直接の招待客ではなかったはず。  
 それでも、誇りを失った瞳の奥には、かすかな焦りが見えました。

「姉さま……!」  
 セリーヌは私を見て小さく息を飲みます。  
 しかしその顔にはまだ意地が残っていました。

「あなたがこんな華やかな場に立つなんて……信じられない」  
「信じるかどうかは、あなた次第です。でも、努力は嘘をつきませんから」

 静かにそう答えると、セリーヌは唇を噛んで俯きました。  
 私の隣で、アレクシス様が一歩前に出ます。  
 その瞬間、場の視線が彼に集まりました。

「――皆の者、この場を借りて、ひとつ告げておこう」

 氷のように澄んだ声が、響き渡ります。  
 「この妻を“地味”だと嘲った者よ。見よ。彼女の知識と手は、国を救った。  
 我がヴァレンティーヌ家は、彼女を誇りとする」

 ざわついていた人々が、息をのんで沈黙しました。  
 そして次の瞬間、拍手が再び渦をまきました。  
 思わず目を見開く私をよそに、アレクシス様はほんのわずかに笑います。

「……公爵様……微笑まれました、いま……!」

 隅でメアが小声で叫び、グレゴールが「奇跡ですな」と呟きました。  
 けれど私は、もう何も言えませんでした。  
 ただ、心臓が早鐘を打っています。

 公爵様は私の手を取り、ゆっくりとホールの中央へ導きました。  
 見上げると、彼の瞳の奥に微かな光が宿っています。

「踊れるか?」  
「……久しぶりですが、ええ」

 音楽が再び流れはじめました。  
 優しく背中を支えられ、回されるたび、灯りが揺れる。  
 これまでの冷たい沈黙とは違う、静かな熱が息づいていました。

「皆が見ています……」  
「構わん。――見せてやる」

 彼は低く囁くと、私の手を強く引き寄せました。  
 人々が見守る中、氷の公爵が笑ったのです。

「25番目の花嫁。お前が、俺を人に戻した」

「……そんな大げさなことを」

「大げさではない。……この腕を、もう二度と離さない」

 彼の言葉に、胸の奥が溶けるようでした。  
 ざまぁと囁くような春の風が、王都のホールを通り抜けます。  

 音楽が終わり、アレクシス様が私を腕の中で静かに抱き寄せます。  
 耳もとで、低く優しい声が響きました。

「――これからも、共に立て」

「はい、公爵様」

 頬を寄せたままそう答えると、彼の胸の中から微かな笑いがこぼれました。 
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