25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第12章 25番目の奇跡

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 春が終わり、やわらかな緑の風がヴァレンティーヌ領を包んでいました。  
 王都での騒動からしばらく――。  
 私たちは、あの日と同じ馬車で再び領地へ戻ってきたのです。

「お嬢様! おかえりなさいませー!」  
 門前には、使用人たちが列をなしていました。  
 皆が笑顔に染まっていて、それだけで胸が熱くなります。  

「ただいま。……長く留守にしてごめんなさい」

 庭園からは花の香りが漂っています。  
 薬草園も、冬の姿が嘘のように活気づいていました。  
 風に揺れる薬草の群れは金色の波のようで、私は思わず息を呑みました。

「見てください、公爵様。……本当に、こんなにも」

「ああ。まるで王国がここだけ春を遅らせたようだ」

 アレクシス様の低い声が、風に乗って響きます。  
 視線を向けると、彼の頬が柔らかく光に照らされていました。  
 氷のようなその人が、今は光そのもののように見えます。

 ふと、彼が私の方を振り向きました。  
 「リリアーナ、立ち止まるな。――行くぞ」

「どこへ?」

「見せたいものがある」  
 そう言って差し出された彼の手を、私はためらいなく取ります。  

     ◇ ◇ ◇ 

 導かれたのは、薬草園の一番奥――。  
 そこにあったのは、見覚えのない小さな建物でした。  
 白い壁と大きな窓、屋根の上には花を模した風見の飾り。

「これは……?」

「研究小屋だ。お前のために建てさせた。  
 ここなら、雨の日でも思う存分、薬草の研究ができる」

「公爵様……これを、私に?」

「あの日、お前が言っていた。『努力は誰かを癒すためにある』と。  
 その言葉をずっと覚えていた。だからこれも、お前の“癒しの居場所”だ」

 言葉が出ませんでした。  
 胸の奥が温かくて、込み上げる涙が止められません。  

「ありがとうございます……!」  
 思わず両手で口を覆う私を見て、アレクシス様は少しだけ微笑みます。  
 その表情は、氷が完全に解けて流れた後に残る静かな光のよう。  

「顔を上げろ。――これでは泣かれ損だ」

「泣かれ損、なんて……!」

「そんな顔を見せるな。……反則だろう」

 彼は視線を逸らしながら、小さく呟きました。  
 それが人前なら決して見せない弱さであることを、私は知っています。  
 だからこそ、嬉しくて、たまらなく愛おしかったのです。

     ◇ ◇ ◇ 

 夕暮れ。  
 二人で薬草園の中央を歩きながら、夜風に頬を撫でられました。  
 鳥の鳴き声も、子どもたちの笑い声も、ここでは全部優しく響きます。

「リリアーナ」  
「はい、公爵様」

「25人目――。俺が数え続けた数字だ。  
 呪いと思っていたあの数が、こうして奇跡になるとはな」

「奇跡、ですか?」

「そうだ。……24人が去ったのは、お前に出会うためだった」

 彼がそう言いながら指先で私の頬を撫でました。  
 指の温もりが、優しく肌に触れ、胸の奥へ染み込んでいきます。

「……同じです。私も“25番目の花嫁”になれて良かった」

「なぜだ?」

「だって、“最後”があなたでよかったから」

 その言葉に、アレクシス様の手が止まりました。  
 そして次の瞬間、私をそっと腕の中へと引き寄せます。  
 肩に当たる胸の鼓動。氷のような音ではなく、ちゃんと“人の温もり”でした。

「お前が来てから、俺は初めて、季節が変わるのを楽しみに思った」

「……公爵様」

 彼の腕の中で、時間がゆっくりと溶けていく――。  
 薬草園の花の香りと一緒に、胸の奥まであたたかな風が流れ込みます。

「25という数字、もう嫌いじゃないな」

「いいえ。むしろ、“幸運の数字”ですね」

 私が笑うと、アレクシス様はわずかに眉を緩めました。  
 その表情に、私の心まで満たされていくようです。

     ◇ ◇ ◇ 

 夜。  
 窓の外には星々の光が降り注ぎ、静かな薬草の香りが漂っていました。  
 机の上には新しい薬草学の記録本――表紙には、金色の文字で刻まれています。

 《ヴァレンティーヌ公爵夫人 リリアーナの研究記録》  

 アレクシス様の手によって印された署名が、その下に添えられていました。

「……やっぱり、あなたは不器用な方ですね」

「何の話だ」

「こんな形で“愛してる”を伝えるなんて」

「……言葉にするまでもないだろう」

「でも、私は聞きたかったのです」

 彼は一度だけ息を吐き、ゆっくり私の方へ手を伸ばしました。  
 髪を撫でながら囁く声は、以前の冷たさを完全に失っています。

「――愛している。25番目で、ようやく見つけられた」

 その言葉に、視界が滲みました。  
 もう怖くありません。過去も、呪いも、何ひとつ。  

 私は小さく頷き、その手を握り返しました。  

「私もです。何度生まれ変わっても、あなたの25番目でいたい」

 外では、風が舞うように花びらを運び、夜空へと溶けていきました。 
 
 それはまるで祝福の雨のように、私たちの肩へ静かに降り注ぎます。
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