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第26章 永遠の庭園
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王都の祝宴が終わってから、幾日かが過ぎました。
人々の祝福と光の喧騒を離れ、私はアレクシス様と共に再びヴァレンティーヌ領へ戻ってきました。
長い道のりを経て、見慣れた丘と薬草園の香りが鼻をくすぐるその瞬間、胸の奥がほっと温かくなりました。
「やっぱり、帰ってくると落ち着きますね」
「そうだな。王座の間よりも、この風の方が心地よい」
アレクシス様が手綱を引き、馬車が止まります。
空は澄みわたり、春を越えて初夏の光を帯びていました。あの冬の日が、遠い夢のように思えます。
城門を抜けると、使用人や村人たちが花籠を手に迎えてくれました。
その中で、メアが一際明るい声をあげます。
「お帰りなさいませ、リリアーナ様! 公爵様!」
「ただいま、メア。庭の様子はどう?」
「ええ、とっても! 昨日“永遠草”が花を咲かせたんです!」
「永遠草が……」
私は思わず息をのみました。
あの“氷華草”が変化し、春の終わりに咲くと言われていた奇跡の花。
アレクシス様と泉で祈ったあの夜の光が、今も続いていたのです。
「見に行こう」
「はい!」
手を取りあって庭園へ向かいました。
***
薬草園の奥、あの泉の名残のある区画。
そこには、純白の花々が満ちていました。
花弁は少し透明で、陽の光を浴びると淡い青と銀が混じるように輝いています。
まるで氷の欠片が光と共に息づくようでした。
「……綺麗」
「まるで雪の精の花だな」
アレクシス様が穏やかに笑い、花の中に一歩踏み入る。
白い花々が風に揺れ、足跡が消えていくたびに香りがふわりと広がりました。
「“永遠草”……この名にしたのは、あなたでしたね」
「ああ。どんな冬のあとにも必ず咲く花。お前が諦めなかった証だからな」
アレクシス様が私の方を振り向きました。
その瞳の奥に映るのは、もう氷ではなく、柔らかい春の光。
「リリアーナ。……俺はこの庭と同じだと思う」
「この庭と?」
「冷たい霜に覆われて、光も届かなかった。それをお前が溶かしてくれたんだ」
彼が一歩近づいて、私の頬に触れました。
優しい指先が、花の香りより温かく感じます。
「お前を初めて見たとき、地味で小さな令嬢だと思った」
「そうでしたよね。きっとあの時の私は……怖がってばかりでした」
「だが、すぐにお前以外の誰もいらないと思った」
低く囁く声に、胸の奥がじんと締めつけられました。
彼の瞳の奥に映る自分が、ほんの少し涙に滲んで見えます。
「あなたに出会えて、良かったです。25人の花嫁の中で、わたしが最後で本当に良かった」
「25番目の奇跡だな」
そうつぶやいた彼が微笑み、私の頬を包みました。
「今では、この数字が一番好きだよ」
「私もです。25――あなただけが見つけてくれた証です」
風が吹き抜け、花びらが宙を舞いました。
アレクシス様がその中で私の手を取り、ゆっくり指を絡めます。
「リリアーナ。これが俺の誓いだ」
「誓い……?」
「お前を永遠に護る」
彼の言葉に、胸の内があふれました。
「それなら、私もひとつお願いがあります」
「なんだ?」
「この花のように、私の心も永遠に咲かせてください」
驚いたように少し息をのみ、それから、ふっと笑う。
アレクシス様が私を抱き寄せ、額と額を合わせました。
「約束する。どんな時も、お前が笑えるよいな場所を作る」
「はい……私も、あなたの隣で咲き続けますね」
白い花びらが風に舞い、空へ吸い込まれていきます。
それは、まるでふたりの誓いが光に変わって天に昇っていくかのようでした。
***
その日の夕暮れ、薬草園の丘から見た景色は、まるで新しい世界でした。
群青の空に淡い茜が染まり、風の音が穏やかに吹き抜けます。
アレクシス様は隣で静かに言いました。
「この景色を、王国中の人々に見せたいな」
「きっと皆、癒されますよ」
「だが本音を言えば――俺はこの景色をお前だけに見せたいんだが」
「まあ……そんな贅沢を考えていたのですか?」
「贅沢はお前に似合うんだ」
そう言って笑う顔を見て、自然と私も笑顔になりました。
ふと、手にしていたノートを開き、筆をとります。
「この“永遠草”をもとにした新しい薬の研究も始めたいです」
「今度はどんな薬だ?」
「愛を守る薬です」
「……愛を?」
「心を冷たくする毒にも、必ず温める方法があると証明したいんです」
アレクシス様が静かに頷き、視線を空へ向けました。
「お前らしいな」
「ふふ、褒め言葉として受け取りますね」
遠くの鐘が鳴り響きました。
領地の村に夕暮れの合図が届くころ、青白い“永遠草”が再びひときわ強く光を放つ。
アレクシス様は手を取られました。
そっと抱き寄せられ、耳元で彼が囁きます。
「リリアーナ。愛している」
「……私もです。いつまでも」
胸の奥から溢れる言葉は、もう恐れではなく、ひたすらな幸福に満ちていました。
風が吹く。丘の上、ふたりの影が重なる。
時間すら止まりそうな瞬間――鳥たちが空へ飛び立ち、光の粒が花からこぼれました。
「この景色を、あなたに……贈ります」
「そして俺は、お前に永遠を贈るよ……」
唇が重なり、世界が静かに金色に染まりました。
人々の祝福と光の喧騒を離れ、私はアレクシス様と共に再びヴァレンティーヌ領へ戻ってきました。
長い道のりを経て、見慣れた丘と薬草園の香りが鼻をくすぐるその瞬間、胸の奥がほっと温かくなりました。
「やっぱり、帰ってくると落ち着きますね」
「そうだな。王座の間よりも、この風の方が心地よい」
アレクシス様が手綱を引き、馬車が止まります。
空は澄みわたり、春を越えて初夏の光を帯びていました。あの冬の日が、遠い夢のように思えます。
城門を抜けると、使用人や村人たちが花籠を手に迎えてくれました。
その中で、メアが一際明るい声をあげます。
「お帰りなさいませ、リリアーナ様! 公爵様!」
「ただいま、メア。庭の様子はどう?」
「ええ、とっても! 昨日“永遠草”が花を咲かせたんです!」
「永遠草が……」
私は思わず息をのみました。
あの“氷華草”が変化し、春の終わりに咲くと言われていた奇跡の花。
アレクシス様と泉で祈ったあの夜の光が、今も続いていたのです。
「見に行こう」
「はい!」
手を取りあって庭園へ向かいました。
***
薬草園の奥、あの泉の名残のある区画。
そこには、純白の花々が満ちていました。
花弁は少し透明で、陽の光を浴びると淡い青と銀が混じるように輝いています。
まるで氷の欠片が光と共に息づくようでした。
「……綺麗」
「まるで雪の精の花だな」
アレクシス様が穏やかに笑い、花の中に一歩踏み入る。
白い花々が風に揺れ、足跡が消えていくたびに香りがふわりと広がりました。
「“永遠草”……この名にしたのは、あなたでしたね」
「ああ。どんな冬のあとにも必ず咲く花。お前が諦めなかった証だからな」
アレクシス様が私の方を振り向きました。
その瞳の奥に映るのは、もう氷ではなく、柔らかい春の光。
「リリアーナ。……俺はこの庭と同じだと思う」
「この庭と?」
「冷たい霜に覆われて、光も届かなかった。それをお前が溶かしてくれたんだ」
彼が一歩近づいて、私の頬に触れました。
優しい指先が、花の香りより温かく感じます。
「お前を初めて見たとき、地味で小さな令嬢だと思った」
「そうでしたよね。きっとあの時の私は……怖がってばかりでした」
「だが、すぐにお前以外の誰もいらないと思った」
低く囁く声に、胸の奥がじんと締めつけられました。
彼の瞳の奥に映る自分が、ほんの少し涙に滲んで見えます。
「あなたに出会えて、良かったです。25人の花嫁の中で、わたしが最後で本当に良かった」
「25番目の奇跡だな」
そうつぶやいた彼が微笑み、私の頬を包みました。
「今では、この数字が一番好きだよ」
「私もです。25――あなただけが見つけてくれた証です」
風が吹き抜け、花びらが宙を舞いました。
アレクシス様がその中で私の手を取り、ゆっくり指を絡めます。
「リリアーナ。これが俺の誓いだ」
「誓い……?」
「お前を永遠に護る」
彼の言葉に、胸の内があふれました。
「それなら、私もひとつお願いがあります」
「なんだ?」
「この花のように、私の心も永遠に咲かせてください」
驚いたように少し息をのみ、それから、ふっと笑う。
アレクシス様が私を抱き寄せ、額と額を合わせました。
「約束する。どんな時も、お前が笑えるよいな場所を作る」
「はい……私も、あなたの隣で咲き続けますね」
白い花びらが風に舞い、空へ吸い込まれていきます。
それは、まるでふたりの誓いが光に変わって天に昇っていくかのようでした。
***
その日の夕暮れ、薬草園の丘から見た景色は、まるで新しい世界でした。
群青の空に淡い茜が染まり、風の音が穏やかに吹き抜けます。
アレクシス様は隣で静かに言いました。
「この景色を、王国中の人々に見せたいな」
「きっと皆、癒されますよ」
「だが本音を言えば――俺はこの景色をお前だけに見せたいんだが」
「まあ……そんな贅沢を考えていたのですか?」
「贅沢はお前に似合うんだ」
そう言って笑う顔を見て、自然と私も笑顔になりました。
ふと、手にしていたノートを開き、筆をとります。
「この“永遠草”をもとにした新しい薬の研究も始めたいです」
「今度はどんな薬だ?」
「愛を守る薬です」
「……愛を?」
「心を冷たくする毒にも、必ず温める方法があると証明したいんです」
アレクシス様が静かに頷き、視線を空へ向けました。
「お前らしいな」
「ふふ、褒め言葉として受け取りますね」
遠くの鐘が鳴り響きました。
領地の村に夕暮れの合図が届くころ、青白い“永遠草”が再びひときわ強く光を放つ。
アレクシス様は手を取られました。
そっと抱き寄せられ、耳元で彼が囁きます。
「リリアーナ。愛している」
「……私もです。いつまでも」
胸の奥から溢れる言葉は、もう恐れではなく、ひたすらな幸福に満ちていました。
風が吹く。丘の上、ふたりの影が重なる。
時間すら止まりそうな瞬間――鳥たちが空へ飛び立ち、光の粒が花からこぼれました。
「この景色を、あなたに……贈ります」
「そして俺は、お前に永遠を贈るよ……」
唇が重なり、世界が静かに金色に染まりました。
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