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第39章 冬の誓い
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風が冷たくなり始めたある朝、ヴァレンティーヌ領にも初雪が舞い降りました。
空気は澄んで、吐く息が白く立ち上る。
薬草園の木々もすっかり冬支度で、夏に咲いた花たちは、静かに来春を待つ緑の影になっていました。
「寒いですね。でも、この静けさも悪くありません」
私は手にした籠を抱え、霜に覆われた小枝をそっと撫でました。
その背後で、雪を踏む音が聞こえます。
「ひとりで外に出るとは。まったく、君は懲りないな」
低く落ち着いた声。振り返ると、アレクシス様が毛付きのマントを羽織って立っておられました。
白い息が彼の唇からこぼれ落ち、いつもより優しい表情に見えます。
「旦那様、見張らないでください。私はただ、冬草の芽を確認していただけです」
「もう少しで雪が深くなる。君の小さな足跡がすぐ見つかるくらいだ」
「足跡が消えたら、ちゃんと探してくださいます?」
「当然だ。君を見失うことだけは、どんな雪でも許さない」
彼の冗談混じりの言葉に、胸がほっと温かくなりました。
白い空から静かに降り続ける雪。
その中で、アレクシス様がそっと私の肩に自身のマントを掛けてくださいます。
「……やっぱり、冬はあなたが似合いますね」
「氷の公爵だからか?」
「いえ。あなたがいる冬は、あたたかいからです」
そう言うと、彼が少し照れたように目を細めました。
風の音の代わりに、静かな鼓動のリズムが響いていました。
* * *
屋敷へ戻ると、暖炉のそばでメアが羊毛のひざ掛けを広げていました。
「奥さま、お帰りなさいませ! 雪がこんなに早く降るなんて、冬も驚いてるんじゃありませんか」
「ふふ、確かに王都より早いですね」
「旦那様と二人きりで雪見なんて、なんだか詩のようです」
「メア、また余計なことを……!」
私が慌てると、メアは笑いながらお茶を差し出しました。
甘い香りに包まれ、気づけば頬が緩みます。
アレクシス様も隣に腰を下ろし、カップの湯気を見つめながら言いました。
「この冬で、君と出会ってからもう四年になるな」
「……そうでしたね。時が経つのは早いです」
「最初の冬は冷たい風ばかりで、君の指も震えていた」
「その冬を越えたから、今があるんです」
彼が珈琲の湯気越しに微笑みました。
煤けた暖炉の灯がその頬を温かく照らしています。
「リリアーナ。今年の冬は、少しだけ新しい約束をしないか?」
「約束、ですか?」
その瞳が真っ直ぐに私を捉えました。
静かな声で、ゆっくりと一つひとつの言葉を紡ぐように言います。
「これから先の冬も、春も、君と共に刻んでいく。その証を、今日ここで結びたい」
「……アレクシス様?」
驚いている私の前で、彼は懐から小さな箱を取り出しました。
淡い金の模様が施された指輪が、炎の光を受けてきらりと輝きます。
「この指輪、かつての祖母の形見だ。君に受け継いでほしい」
「そんな、大切なものを……」
「君こそ、私にとっての永遠だからだ。呪いを癒した君が、今度は“奇跡の証”を残す番だ」
胸の奥に熱がこみ上げ、涙が滲みました。
私はそっと手を差し出し、彼が指輪をはめてくださるのを見つめます。
ひやりとした金属が、次の瞬間じんわりと温度を帯びていきました。
「わあ……あたたかいです」
「君の手が温めたんだ」
そのまま彼が私の手を取って頬に当てました。
皮膚越しに伝わる体温。
それが言葉にならないすべての誓いのようで、胸がいっぱいになりました。
「ありがとう、アレクシス様……。私も誓います。あなたの冬を、何度でもあたためてみせます」
「……それが私の幸せだ」
二人の手の上、雪明かりが淡く照らしています。
外では風が唸りながらも、屋敷の中だけは穏やかなぬくもりに満ちていました。
* * *
夜。
眠る前に窓の外を眺めれば、白い庭に月が降り注いでいました。
光を帯びた薬草の木々が、まるで星の海のように静かに輝いています。
「静かね……。春の薬草も、夏の花も、今は眠ってるだけ」
背後から視線を感じて振り返ると、アレクシス様が寝間着姿で私を見ています。
手には二つの温かいミルクのカップ。
「働き者の妻に、せめて夜くらいは甘い休息を」
「まあ、旦那様がミルクを淹れてくださる日がくるとは」
「君がいないと、何をしても味気なくてな」
からかい合いながらミルクを飲むと、体の芯までぽかぽかと温まりました。
カップを置いたアレクシス様が、そっと私を抱き寄せます。
「リリアーナ」
「はい」
「君は私の人生の25番目の奇跡だ。
だがな、これからの奇跡は“時間”の中にあると思うんだ」
「時間の中に……?」
「君と一緒に笑う日が増え、君を呼ぶ瞬間が増える。
その数こそが、次の25だ」
「……素敵なお言葉です。でも数えきれなくなったら?」
「その時は、覚えていればいい。――君が隣にいる限り、奇跡は止まらない」
その囁きに、胸の奥がじんわりと熱い。
私は目を閉じ、彼の肩にそっと頭をもたせました。
「では、春になったらまた一輪、奇跡を数えましょう」
「約束だ。雪が溶けたら庭でティータイムしよう」
夜明け前、雪が静かに降り積もる。
外の冷たい景色とは裏腹に、部屋の中は、灯とぬくもりと愛の気配で満たされていました。
空気は澄んで、吐く息が白く立ち上る。
薬草園の木々もすっかり冬支度で、夏に咲いた花たちは、静かに来春を待つ緑の影になっていました。
「寒いですね。でも、この静けさも悪くありません」
私は手にした籠を抱え、霜に覆われた小枝をそっと撫でました。
その背後で、雪を踏む音が聞こえます。
「ひとりで外に出るとは。まったく、君は懲りないな」
低く落ち着いた声。振り返ると、アレクシス様が毛付きのマントを羽織って立っておられました。
白い息が彼の唇からこぼれ落ち、いつもより優しい表情に見えます。
「旦那様、見張らないでください。私はただ、冬草の芽を確認していただけです」
「もう少しで雪が深くなる。君の小さな足跡がすぐ見つかるくらいだ」
「足跡が消えたら、ちゃんと探してくださいます?」
「当然だ。君を見失うことだけは、どんな雪でも許さない」
彼の冗談混じりの言葉に、胸がほっと温かくなりました。
白い空から静かに降り続ける雪。
その中で、アレクシス様がそっと私の肩に自身のマントを掛けてくださいます。
「……やっぱり、冬はあなたが似合いますね」
「氷の公爵だからか?」
「いえ。あなたがいる冬は、あたたかいからです」
そう言うと、彼が少し照れたように目を細めました。
風の音の代わりに、静かな鼓動のリズムが響いていました。
* * *
屋敷へ戻ると、暖炉のそばでメアが羊毛のひざ掛けを広げていました。
「奥さま、お帰りなさいませ! 雪がこんなに早く降るなんて、冬も驚いてるんじゃありませんか」
「ふふ、確かに王都より早いですね」
「旦那様と二人きりで雪見なんて、なんだか詩のようです」
「メア、また余計なことを……!」
私が慌てると、メアは笑いながらお茶を差し出しました。
甘い香りに包まれ、気づけば頬が緩みます。
アレクシス様も隣に腰を下ろし、カップの湯気を見つめながら言いました。
「この冬で、君と出会ってからもう四年になるな」
「……そうでしたね。時が経つのは早いです」
「最初の冬は冷たい風ばかりで、君の指も震えていた」
「その冬を越えたから、今があるんです」
彼が珈琲の湯気越しに微笑みました。
煤けた暖炉の灯がその頬を温かく照らしています。
「リリアーナ。今年の冬は、少しだけ新しい約束をしないか?」
「約束、ですか?」
その瞳が真っ直ぐに私を捉えました。
静かな声で、ゆっくりと一つひとつの言葉を紡ぐように言います。
「これから先の冬も、春も、君と共に刻んでいく。その証を、今日ここで結びたい」
「……アレクシス様?」
驚いている私の前で、彼は懐から小さな箱を取り出しました。
淡い金の模様が施された指輪が、炎の光を受けてきらりと輝きます。
「この指輪、かつての祖母の形見だ。君に受け継いでほしい」
「そんな、大切なものを……」
「君こそ、私にとっての永遠だからだ。呪いを癒した君が、今度は“奇跡の証”を残す番だ」
胸の奥に熱がこみ上げ、涙が滲みました。
私はそっと手を差し出し、彼が指輪をはめてくださるのを見つめます。
ひやりとした金属が、次の瞬間じんわりと温度を帯びていきました。
「わあ……あたたかいです」
「君の手が温めたんだ」
そのまま彼が私の手を取って頬に当てました。
皮膚越しに伝わる体温。
それが言葉にならないすべての誓いのようで、胸がいっぱいになりました。
「ありがとう、アレクシス様……。私も誓います。あなたの冬を、何度でもあたためてみせます」
「……それが私の幸せだ」
二人の手の上、雪明かりが淡く照らしています。
外では風が唸りながらも、屋敷の中だけは穏やかなぬくもりに満ちていました。
* * *
夜。
眠る前に窓の外を眺めれば、白い庭に月が降り注いでいました。
光を帯びた薬草の木々が、まるで星の海のように静かに輝いています。
「静かね……。春の薬草も、夏の花も、今は眠ってるだけ」
背後から視線を感じて振り返ると、アレクシス様が寝間着姿で私を見ています。
手には二つの温かいミルクのカップ。
「働き者の妻に、せめて夜くらいは甘い休息を」
「まあ、旦那様がミルクを淹れてくださる日がくるとは」
「君がいないと、何をしても味気なくてな」
からかい合いながらミルクを飲むと、体の芯までぽかぽかと温まりました。
カップを置いたアレクシス様が、そっと私を抱き寄せます。
「リリアーナ」
「はい」
「君は私の人生の25番目の奇跡だ。
だがな、これからの奇跡は“時間”の中にあると思うんだ」
「時間の中に……?」
「君と一緒に笑う日が増え、君を呼ぶ瞬間が増える。
その数こそが、次の25だ」
「……素敵なお言葉です。でも数えきれなくなったら?」
「その時は、覚えていればいい。――君が隣にいる限り、奇跡は止まらない」
その囁きに、胸の奥がじんわりと熱い。
私は目を閉じ、彼の肩にそっと頭をもたせました。
「では、春になったらまた一輪、奇跡を数えましょう」
「約束だ。雪が溶けたら庭でティータイムしよう」
夜明け前、雪が静かに降り積もる。
外の冷たい景色とは裏腹に、部屋の中は、灯とぬくもりと愛の気配で満たされていました。
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