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第38章 25の祝福
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春から夏へと季節が移り変わろうとしていました。
王都では復興の風が吹き渡り、人々の笑顔が戻っています。
そして今、王と議会の勅命によって——
新しい薬草研究所「25の祝福の庭」が建設されようとしていました。
「公爵夫人、こちらが中央棟の完成予想図でございます!」
建築長に手渡された図面を見て、思わず息を呑みました。
円形の庭に沿って研究棟、温室、医務室が並び、その中心に水晶の塔が立つ。
光が差し込むと、塔の先端の花模様が白く照らす仕掛けになっています。
「……本当に、あの日の夢が形になったのですね」
「リリアーナ様の構想ですもの。薬草と人が共に生きる場所、のお言葉どおりですよ!」
メアが嬉しそうに笑います。
王都から招かれた若い薬師たちが、砂埃を上げながら測量をしています。
その光景に、胸がじんわりと温かくなりました。
「アレクシス様にも見ていただきたいです」
「公爵閣下なら、もうお越しですよ」
声の方を振り向くと、少し離れた場所にアレクシス様の姿がありました。
白シャツに外套を羽織り、指揮官らしい凛々しさと穏やかさをたたえています。
「旦那様、いらしてたんですね!」
「ええ。風が穏やかだったので散歩がてらに」
「まるで、視察の名を借りた見守りですね」
私が笑うと、彼は小さく肩をすくめて微笑みました。
昔なら表情ひとつ動かさなかった人が、今ではこんなにも柔らかく微笑む。
その変化が、何よりも嬉しく思えます。
「君が立てた“25の祝福”という名、なかなか洒落ているな」
「25番目は特別だから——少し縁起を担ぎました」
「呪いの数字を、幸福の象徴に変えたのは君だぞ」
そう言いながら、アレクシス様は私の手を取りました。
少し土のついた指先にもためらいなく触れ、優しく指を絡めます。
「……働き者の妻だ。だが、休むことも覚えるように」
「はい。でも、動いている方が幸せなんです。人を癒すということは、私自身を癒すことでもありますから」
「なら好きに働け。ただし、夜は必ず私の隣で眠ること」
「……それは命令、ですか?」
「愛の契約だ」
恥ずかしくなるような言葉を平然と口にする彼。
思わず頬を赤らめると、メアが後ろで転びそうになっていました。
* * *
その日の午後、式典が開かれました。
研究所には王から贈られた“祝福の鐘”が掲げられ、人々が見守る中で初めての音を響かせます。
澄んだ音が空を渡るたびに、花弁が舞い落ちるようでした。
「この土地が、癒しの王国の象徴となりますように」
私は祈るように言葉を口にしました。
「そして、この庭に宿る25の草が、人々の命に寄り添い続けますように」
拍手が湧き起こり、鐘の音と混ざり合います。
視界の先、風にそよぐ木々の間で、アレクシス様が静かに頷いているのが見えました。
その眼差しが「誇り」そのもののようで、胸がいっぱいになります。
* * *
夕刻。
式典を終え、二人だけで庭を歩いていました。
白い花を咲かせた薬草が並ぶ中、アレクシス様が立ち止まります。
「風が心地いいな。……知ってあおるか? “風の花嫁”という伝承」
「ええ。氷の公爵を癒す娘の物語、ですよね」
「その続きを作るなら、今の君が主人公だ」
「それなら、結末も書き直しましょう。“花嫁は永遠の癒しとなり、国に風を残した”」
「素晴らしい結びだな」
微笑みながら、アレクシス様は私の指に口づけを落としました。
風が二人の間をやわらかく通り抜けてゆく。
夕陽の金色が光の粒となって、彼の髪も私のドレスも照らしています。
「……リリアーナ」
「はい?」
「この光景を、25年後にも一緒に見よう」
「25年後、ですか?」
「ああ。君の“働きすぎ”を見守る約束と、もう一度25という奇跡を数えるために」
胸の奥で波のように温かなものが広がりました。
私はその手を強く握り返します。
「約束です。25年後も、あなたの隣で花を摘んでいます」
「きっと、世界で一番美しい庭になる」
そう言った彼の笑顔に、私は微笑みで応えました。
* * *
その一年後、「25の祝福の庭」は正式に開所を迎えました。
若い薬師たちが次々と育ち、飢えや病に苦しむ人々へ薬を届けていきます。
王都はかつてない繁栄を遂げ、人々はこの地を“癒しの都”と呼びました。
薬草園の中央には、私とアレクシス様が植えた一本の木が根を張っています。
春になると白い花を咲かせ、枝先で風がやさしく鳴るのです。
「25という数字が、こんなに幸せを呼ぶとは思いませんでしたね」
「君が願った数字だからだ。奇跡は人の心から生まれる」
「……あなたのように、ですか?」
「いや、君が先に教えてくれた」
ふと、遠くで子どもたちが笑いながら走っていくのが見えました。
その姿を見守りながら、私はそっとアレクシス様の腕に寄り添います。
「アレクシス様。これが、私の“25の祝福”です」
「なら、私の祝福も言わせてくれ。“そばに君がいること”だ」
やさしい声に心が満たされました。
夕陽の空を見上げると、白い花びらが一枚、風に乗って舞い上がる。
それはまるで、空が微笑むように輝いて見えました。
王都では復興の風が吹き渡り、人々の笑顔が戻っています。
そして今、王と議会の勅命によって——
新しい薬草研究所「25の祝福の庭」が建設されようとしていました。
「公爵夫人、こちらが中央棟の完成予想図でございます!」
建築長に手渡された図面を見て、思わず息を呑みました。
円形の庭に沿って研究棟、温室、医務室が並び、その中心に水晶の塔が立つ。
光が差し込むと、塔の先端の花模様が白く照らす仕掛けになっています。
「……本当に、あの日の夢が形になったのですね」
「リリアーナ様の構想ですもの。薬草と人が共に生きる場所、のお言葉どおりですよ!」
メアが嬉しそうに笑います。
王都から招かれた若い薬師たちが、砂埃を上げながら測量をしています。
その光景に、胸がじんわりと温かくなりました。
「アレクシス様にも見ていただきたいです」
「公爵閣下なら、もうお越しですよ」
声の方を振り向くと、少し離れた場所にアレクシス様の姿がありました。
白シャツに外套を羽織り、指揮官らしい凛々しさと穏やかさをたたえています。
「旦那様、いらしてたんですね!」
「ええ。風が穏やかだったので散歩がてらに」
「まるで、視察の名を借りた見守りですね」
私が笑うと、彼は小さく肩をすくめて微笑みました。
昔なら表情ひとつ動かさなかった人が、今ではこんなにも柔らかく微笑む。
その変化が、何よりも嬉しく思えます。
「君が立てた“25の祝福”という名、なかなか洒落ているな」
「25番目は特別だから——少し縁起を担ぎました」
「呪いの数字を、幸福の象徴に変えたのは君だぞ」
そう言いながら、アレクシス様は私の手を取りました。
少し土のついた指先にもためらいなく触れ、優しく指を絡めます。
「……働き者の妻だ。だが、休むことも覚えるように」
「はい。でも、動いている方が幸せなんです。人を癒すということは、私自身を癒すことでもありますから」
「なら好きに働け。ただし、夜は必ず私の隣で眠ること」
「……それは命令、ですか?」
「愛の契約だ」
恥ずかしくなるような言葉を平然と口にする彼。
思わず頬を赤らめると、メアが後ろで転びそうになっていました。
* * *
その日の午後、式典が開かれました。
研究所には王から贈られた“祝福の鐘”が掲げられ、人々が見守る中で初めての音を響かせます。
澄んだ音が空を渡るたびに、花弁が舞い落ちるようでした。
「この土地が、癒しの王国の象徴となりますように」
私は祈るように言葉を口にしました。
「そして、この庭に宿る25の草が、人々の命に寄り添い続けますように」
拍手が湧き起こり、鐘の音と混ざり合います。
視界の先、風にそよぐ木々の間で、アレクシス様が静かに頷いているのが見えました。
その眼差しが「誇り」そのもののようで、胸がいっぱいになります。
* * *
夕刻。
式典を終え、二人だけで庭を歩いていました。
白い花を咲かせた薬草が並ぶ中、アレクシス様が立ち止まります。
「風が心地いいな。……知ってあおるか? “風の花嫁”という伝承」
「ええ。氷の公爵を癒す娘の物語、ですよね」
「その続きを作るなら、今の君が主人公だ」
「それなら、結末も書き直しましょう。“花嫁は永遠の癒しとなり、国に風を残した”」
「素晴らしい結びだな」
微笑みながら、アレクシス様は私の指に口づけを落としました。
風が二人の間をやわらかく通り抜けてゆく。
夕陽の金色が光の粒となって、彼の髪も私のドレスも照らしています。
「……リリアーナ」
「はい?」
「この光景を、25年後にも一緒に見よう」
「25年後、ですか?」
「ああ。君の“働きすぎ”を見守る約束と、もう一度25という奇跡を数えるために」
胸の奥で波のように温かなものが広がりました。
私はその手を強く握り返します。
「約束です。25年後も、あなたの隣で花を摘んでいます」
「きっと、世界で一番美しい庭になる」
そう言った彼の笑顔に、私は微笑みで応えました。
* * *
その一年後、「25の祝福の庭」は正式に開所を迎えました。
若い薬師たちが次々と育ち、飢えや病に苦しむ人々へ薬を届けていきます。
王都はかつてない繁栄を遂げ、人々はこの地を“癒しの都”と呼びました。
薬草園の中央には、私とアレクシス様が植えた一本の木が根を張っています。
春になると白い花を咲かせ、枝先で風がやさしく鳴るのです。
「25という数字が、こんなに幸せを呼ぶとは思いませんでしたね」
「君が願った数字だからだ。奇跡は人の心から生まれる」
「……あなたのように、ですか?」
「いや、君が先に教えてくれた」
ふと、遠くで子どもたちが笑いながら走っていくのが見えました。
その姿を見守りながら、私はそっとアレクシス様の腕に寄り添います。
「アレクシス様。これが、私の“25の祝福”です」
「なら、私の祝福も言わせてくれ。“そばに君がいること”だ」
やさしい声に心が満たされました。
夕陽の空を見上げると、白い花びらが一枚、風に乗って舞い上がる。
それはまるで、空が微笑むように輝いて見えました。
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