【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい

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(1)傷ついた令嬢

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セリーヌ・アルヴィスは、いつも「完璧な貴婦人」と評されていた。

社交界では彼女の姿が見えただけで話題になり、侯爵家の令息アルトゥールとの婚約は「理想の結婚」と持て囃されていた。

彼女の黒髪は夜空のように深く、青い瞳は高貴な輝きを放っていると誰もが称賛した。

舞踏会ではその優雅な振る舞いが一目で人々の心を掴み、微笑みだけで周囲を虜にするほどだった。

しかし、そんな輝かしい人生が一夜にして崩れるとは、誰が想像できただろうか。

あの日、セリーヌは舞踏会から帰る馬車の中で、普段通りうっとりとアルトゥールの甘い言葉を思い返していた。
  
「君の瞳はまるで湖だ、僕はそこに沈みたい。」  

彼の声が思い出されるたび、心に小さな火が灯るようだった。

湖に沈むという表現がロマンチックかどうかは別として、セリーヌはその真剣な眼差しと声の響きを愛おしく思っていた。

「沈むのは困るけれど…」と、ひとりごちて微笑み、指先で耳飾りを弄びながら窓の外の景色に目を向けた。

月明かりが草原を照らし、道端の小川がキラキラと輝いていた。

夜の静けさが、彼女の幸福な心情をさらに引き立てていた。

しかしその瞬間、馬車は突然大きく揺れ、ガタンという音と共に止まった。

前方からは御者の叫び声が響き、その声は緊迫感に満ちていた。

続いて、金属がぶつかる音、そして馬の嘶きが耳をつんざいた。

セリーヌは突然の出来事に体を硬直させた。

「何が起きているの…?」

胸の中にじわじわと広がる不安を抑えようとするように、きつく手を握り締めた。

恐る恐る窓の外を覗くと、そこには暗闇の中で鈍く光る刀剣を手にした盗賊団が馬車を取り囲んでいた。

頭に巻かれた布と無精髭、そして獣のような目が不気味にセリーヌを睨みつけていた。

彼女の鼓動は一瞬で速まり、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。  

「まさか盗賊…?」

声にならない声が喉元で詰まり、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

「身分の高そうな令嬢さんだな。さぞかし良いものを持っているだろう?」
  
リーダーらしき男が不敵な笑みを浮かべながら馬車に近づいてきた。

その表情は獲物を前にした猛獣そのものだった。

セリーヌは震えながらも、必死に冷静さを装おうとした。  

「何か誤解があるのではなくて?」

と震える声で問いかけるも、彼女の言葉など意にも介さない様子で、男はさらに近づいてきた。

護衛の騎士たちはすでに倒れ、身を守る術は何一つ残されていなかった。

セリーヌは馬車の奥に押し込まれるように身を縮め、必死に考えた。

「どうすればいいの…誰か、助けて…」

心の中で祈るように繰り返したが、返ってくるのは風の音だけだった。

「お願いだから見逃してください…!」

セリーヌは最後の力を振り絞って懇願した。

彼女の声は震え、かすかに涙が混じっていた。

しかし、その瞬間だった。

盗賊のリーダーが振り上げた剣が、冷たい光を放ちながらセリーヌの頬を掠めた。

鋭い痛みが走り、続いて温かい液体が頬を伝う。

彼女の青い瞳が恐怖に見開かれた。

「ほらよ、これで大人しくしてな。」

男は剣を肩に乗せ、嘲笑うように言った。

その言葉に込められた冷酷さに、セリーヌの全身から力が抜け、震える手で頬に触れると、指先に血が滲んだ。

「私…死ぬの?」

そんな考えが頭をよぎり、彼女の目からはとめどなく涙が溢れ出した。

だが、盗賊たちは馬車の金銭だけを奪うと、次第に姿を消していった。

セリーヌは震える体を馬車の壁にもたせかけ、ただ呆然とその場に座り込んだ。

月明かりが薄れ、夜の闇が彼女を飲み込むように静かに広がっていった。
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