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(2)婚約破棄という追い打ち
セリーヌは命を取り留めたものの、右頬には深い傷跡が残った。
包帯が顔を覆い、痛む体でベッドに横たわる日々が続いた。
屋敷の中に響くのは時計の音だけで、かつて自分の周りに絶えなかった賑やかな会話や笑顔は遠い昔の出来事のように思えた。
包帯を取る日が来るのが恐ろしく、鏡を見る勇気が出ない。
だが、避けられないその瞬間は容赦なく訪れた。
使用人の手伝いを借りながら、セリーヌは震える手で最後の包帯を取り外した。
ぎこちなく差し出された鏡を、彼女はしばらく受け取ることができなかった。
「大丈夫です、お嬢様…」と使用人が小声で促したが、その声にはどこか不安が滲んでいた。
意を決して鏡を覗き込んだ瞬間、セリーヌの青い瞳が見開かれた。
そこに映っていたのは、かつて社交界の華と呼ばれた自分ではなく、右頬に深い傷跡を刻まれた知らない顔だった。
傷口はすでに塞がっていたものの、その赤黒い線が不気味に主張している。
高貴で完璧だった容姿の欠片が失われたその姿を見て、セリーヌの目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「どうして…どうしてこんなことに…」と声を漏らしながら、彼女は鏡を床に落としてしまった。
その音に驚いた使用人が慌てて鏡を拾い上げたが、セリーヌの涙は止まらなかった。
だが、もっと心を抉られたのは婚約者アルトゥールの態度だった。
傷の治療が終わり、勇気を振り絞って再び彼に会ったときのこと。
セリーヌは胸の奥で不安と希望が交錯するのを感じていた。
彼は自分を見てくれるだろうか、以前と変わらず愛してくれるだろうか――そんな期待を抱きながら彼の前に立った。
だが、その瞬間、アルトゥールの顔に浮かんだ微妙な表情を見て、彼女の希望は音を立てて崩れた。
「セリーヌ…」
アルトゥールは目を逸らしながら言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「君の内面を愛していると、僕は信じていたんだ。でも…やっぱり僕は弱い人間なんだ。こういう状況で、僕は君と幸せになれる自信がない。」
彼の声には自己憐憫が滲み、まるで被害者を演じているかのようだった。
その言葉に、セリーヌは何も言い返せなかった。
痛みで胸が締め付けられるようだったが、彼に縋ることだけはしたくなかった。
「…そうですか」とか細い声で答え、震える手でスカートの裾をつまんだ。
「あなたがそうお考えなら、それ以上申し上げることはありません。」
アルトゥールはその場で婚約破棄を申し出た。
彼女が去る前に「すまない」と小さな声で呟いたが、その言葉に含まれる軽薄さにセリーヌの胸はさらに冷たくなった。
数日後、アルトゥールは裕福な侯爵令嬢との新しい婚約を発表した。
そしてアルトゥールだけではなかった。
アルヴィス伯爵夫妻もまた、セリーヌへの態度を冷たくしていった。
彼女の存在そのものが家の評判を傷つけると考えたのだろう。
母の侯爵夫人はかつてセリーヌのために用意した豪華なドレスを次々と物置に仕舞い込んだ。
その様子を見てもセリーヌは何も言えなかったが、胸の奥で少しずつ何かが壊れていく音がした。
屋敷の中で、セリーヌの存在は徐々に薄れていった。
かつては広間で笑顔を浮かべ、客人に囲まれていた彼女だったが、今や誰からも話しかけられることはなかった。
自分がまるで透明人間になったかのように感じる日々が続き、心は徐々に荒れていった。
ついに、母の侯爵夫人がセリーヌに冷たく言い放った。
「もうこの家には君の居場所はないわ。」
その言葉は剣で刺されたようにセリーヌの胸に突き刺さった。
続けざまに、家族が決めた縁談の話が告げられた。
相手は名ばかりの伯爵で、社交界では「醜い」と噂されているラウル・ヴァレールという男だった。
その知らせを聞いたとき、セリーヌはただ黙って立ち尽くし、目の前が霞むような感覚に襲われた。
家族にとって自分は、もうただの荷物でしかないのだと悟るのに時間はかからなかった。
包帯が顔を覆い、痛む体でベッドに横たわる日々が続いた。
屋敷の中に響くのは時計の音だけで、かつて自分の周りに絶えなかった賑やかな会話や笑顔は遠い昔の出来事のように思えた。
包帯を取る日が来るのが恐ろしく、鏡を見る勇気が出ない。
だが、避けられないその瞬間は容赦なく訪れた。
使用人の手伝いを借りながら、セリーヌは震える手で最後の包帯を取り外した。
ぎこちなく差し出された鏡を、彼女はしばらく受け取ることができなかった。
「大丈夫です、お嬢様…」と使用人が小声で促したが、その声にはどこか不安が滲んでいた。
意を決して鏡を覗き込んだ瞬間、セリーヌの青い瞳が見開かれた。
そこに映っていたのは、かつて社交界の華と呼ばれた自分ではなく、右頬に深い傷跡を刻まれた知らない顔だった。
傷口はすでに塞がっていたものの、その赤黒い線が不気味に主張している。
高貴で完璧だった容姿の欠片が失われたその姿を見て、セリーヌの目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「どうして…どうしてこんなことに…」と声を漏らしながら、彼女は鏡を床に落としてしまった。
その音に驚いた使用人が慌てて鏡を拾い上げたが、セリーヌの涙は止まらなかった。
だが、もっと心を抉られたのは婚約者アルトゥールの態度だった。
傷の治療が終わり、勇気を振り絞って再び彼に会ったときのこと。
セリーヌは胸の奥で不安と希望が交錯するのを感じていた。
彼は自分を見てくれるだろうか、以前と変わらず愛してくれるだろうか――そんな期待を抱きながら彼の前に立った。
だが、その瞬間、アルトゥールの顔に浮かんだ微妙な表情を見て、彼女の希望は音を立てて崩れた。
「セリーヌ…」
アルトゥールは目を逸らしながら言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「君の内面を愛していると、僕は信じていたんだ。でも…やっぱり僕は弱い人間なんだ。こういう状況で、僕は君と幸せになれる自信がない。」
彼の声には自己憐憫が滲み、まるで被害者を演じているかのようだった。
その言葉に、セリーヌは何も言い返せなかった。
痛みで胸が締め付けられるようだったが、彼に縋ることだけはしたくなかった。
「…そうですか」とか細い声で答え、震える手でスカートの裾をつまんだ。
「あなたがそうお考えなら、それ以上申し上げることはありません。」
アルトゥールはその場で婚約破棄を申し出た。
彼女が去る前に「すまない」と小さな声で呟いたが、その言葉に含まれる軽薄さにセリーヌの胸はさらに冷たくなった。
数日後、アルトゥールは裕福な侯爵令嬢との新しい婚約を発表した。
そしてアルトゥールだけではなかった。
アルヴィス伯爵夫妻もまた、セリーヌへの態度を冷たくしていった。
彼女の存在そのものが家の評判を傷つけると考えたのだろう。
母の侯爵夫人はかつてセリーヌのために用意した豪華なドレスを次々と物置に仕舞い込んだ。
その様子を見てもセリーヌは何も言えなかったが、胸の奥で少しずつ何かが壊れていく音がした。
屋敷の中で、セリーヌの存在は徐々に薄れていった。
かつては広間で笑顔を浮かべ、客人に囲まれていた彼女だったが、今や誰からも話しかけられることはなかった。
自分がまるで透明人間になったかのように感じる日々が続き、心は徐々に荒れていった。
ついに、母の侯爵夫人がセリーヌに冷たく言い放った。
「もうこの家には君の居場所はないわ。」
その言葉は剣で刺されたようにセリーヌの胸に突き刺さった。
続けざまに、家族が決めた縁談の話が告げられた。
相手は名ばかりの伯爵で、社交界では「醜い」と噂されているラウル・ヴァレールという男だった。
その知らせを聞いたとき、セリーヌはただ黙って立ち尽くし、目の前が霞むような感覚に襲われた。
家族にとって自分は、もうただの荷物でしかないのだと悟るのに時間はかからなかった。
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