【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい

文字の大きさ
2 / 18

(2)婚約破棄という追い打ち

セリーヌは命を取り留めたものの、右頬には深い傷跡が残った。

包帯が顔を覆い、痛む体でベッドに横たわる日々が続いた。

屋敷の中に響くのは時計の音だけで、かつて自分の周りに絶えなかった賑やかな会話や笑顔は遠い昔の出来事のように思えた。

包帯を取る日が来るのが恐ろしく、鏡を見る勇気が出ない。

だが、避けられないその瞬間は容赦なく訪れた。

使用人の手伝いを借りながら、セリーヌは震える手で最後の包帯を取り外した。

ぎこちなく差し出された鏡を、彼女はしばらく受け取ることができなかった。

「大丈夫です、お嬢様…」と使用人が小声で促したが、その声にはどこか不安が滲んでいた。

意を決して鏡を覗き込んだ瞬間、セリーヌの青い瞳が見開かれた。

そこに映っていたのは、かつて社交界の華と呼ばれた自分ではなく、右頬に深い傷跡を刻まれた知らない顔だった。

傷口はすでに塞がっていたものの、その赤黒い線が不気味に主張している。

高貴で完璧だった容姿の欠片が失われたその姿を見て、セリーヌの目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。

「どうして…どうしてこんなことに…」と声を漏らしながら、彼女は鏡を床に落としてしまった。

その音に驚いた使用人が慌てて鏡を拾い上げたが、セリーヌの涙は止まらなかった。

だが、もっと心を抉られたのは婚約者アルトゥールの態度だった。

傷の治療が終わり、勇気を振り絞って再び彼に会ったときのこと。

セリーヌは胸の奥で不安と希望が交錯するのを感じていた。

彼は自分を見てくれるだろうか、以前と変わらず愛してくれるだろうか――そんな期待を抱きながら彼の前に立った。

だが、その瞬間、アルトゥールの顔に浮かんだ微妙な表情を見て、彼女の希望は音を立てて崩れた。

「セリーヌ…」

アルトゥールは目を逸らしながら言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「君の内面を愛していると、僕は信じていたんだ。でも…やっぱり僕は弱い人間なんだ。こういう状況で、僕は君と幸せになれる自信がない。」

彼の声には自己憐憫が滲み、まるで被害者を演じているかのようだった。

その言葉に、セリーヌは何も言い返せなかった。

痛みで胸が締め付けられるようだったが、彼に縋ることだけはしたくなかった。

「…そうですか」とか細い声で答え、震える手でスカートの裾をつまんだ。

「あなたがそうお考えなら、それ以上申し上げることはありません。」

アルトゥールはその場で婚約破棄を申し出た。

彼女が去る前に「すまない」と小さな声で呟いたが、その言葉に含まれる軽薄さにセリーヌの胸はさらに冷たくなった。

数日後、アルトゥールは裕福な侯爵令嬢との新しい婚約を発表した。

そしてアルトゥールだけではなかった。

アルヴィス伯爵夫妻もまた、セリーヌへの態度を冷たくしていった。

彼女の存在そのものが家の評判を傷つけると考えたのだろう。

母の侯爵夫人はかつてセリーヌのために用意した豪華なドレスを次々と物置に仕舞い込んだ。

その様子を見てもセリーヌは何も言えなかったが、胸の奥で少しずつ何かが壊れていく音がした。

屋敷の中で、セリーヌの存在は徐々に薄れていった。

かつては広間で笑顔を浮かべ、客人に囲まれていた彼女だったが、今や誰からも話しかけられることはなかった。

自分がまるで透明人間になったかのように感じる日々が続き、心は徐々に荒れていった。

ついに、母の侯爵夫人がセリーヌに冷たく言い放った。

「もうこの家には君の居場所はないわ。」

その言葉は剣で刺されたようにセリーヌの胸に突き刺さった。

続けざまに、家族が決めた縁談の話が告げられた。

相手は名ばかりの伯爵で、社交界では「醜い」と噂されているラウル・ヴァレールという男だった。

その知らせを聞いたとき、セリーヌはただ黙って立ち尽くし、目の前が霞むような感覚に襲われた。

家族にとって自分は、もうただの荷物でしかないのだと悟るのに時間はかからなかった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

阿里
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

あなた以外の方に愛されていますので元婚約者はどうぞお幸せに

阿里
恋愛
伯爵令嬢として地味で目立たない私は、婚約者だった侯爵家嫡男に「家の格が落ちる」と蔑まれ、妹と婚約破棄されました。 絶望の中、追放された先で出会った青年は、私の心を救い、そして私を唯一無二の皇后として迎え入れてくれました。 かつて私を地味だと笑った人々が、今では私の前でひざまずきます。 そして、人生のどん底に落ちた元婚約者は、助けを求めて私の前にやってきました。

今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです

阿里
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。 けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。 助けた騎士は、王の右腕。 見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。 王城で評価され、居場所を得ていく私。 その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。 「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。 選ばれるのを待つ時代は、終わった。

【完結】意思という名の番(つがい)

しえろ あい
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは、婚約者・王太子アルベルトの政務を裏で完璧に代行する「影の統治者」。 本能的な「番(つがい)」に溺れ、自分を「冷たい人形」と蔑む王太子に対し、アンジェリカは政権奪取の機を伺い始める。 第二王子レオナルドと密かな想いを通じあわせたことをきっかけに、知略と執着で愚かな王太子を破滅へと追い込む計画が動き出す。 神の定めた宿命を、人の意志でねじ伏せ、真の玉座を掌握する、残酷で美しい共謀劇。 ※小説家になろう様でも投稿しています

【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝
恋愛
毎日更新 侯爵令嬢セレスティアは、第二王子リヒトの婚約者。 冷たくされても「愛されている」と信じてきた――けれど、ある夜すべてが壊れる。 「お前みたいな女を愛する者などいない」 絶望の底で手を差し伸べたのは、“本当の王子”だった。 これは、捨てられた令嬢が見出され、溺愛され、 嘲笑った婚約者がすべてを失って後悔するまでの物語。 今さら縋りついても、もう遅い。 彼女はもう、“選ぶ側”なのだから。

面白みがないからと婚約破棄されたのに、王子から溺愛されてます

真壁 莉雨
恋愛
面白みがないからと婚約破棄されたが、王子に見染められたことで思わぬ未来へと進んでいく。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

【完結】捨てられ薬師は辺境の竜公爵に溺愛される

きゅちゃん
恋愛
宮廷薬師の見習いフィオナは、婚約者エドワルドに夜会で公然と婚約破棄され、職も失う。失意の中、北方辺境の竜公爵レオンハルトのもとで薬師として働き始めると、宮廷では認められなかった調合の才能が正当に評価され、領民の信頼を得ていく。一方、王都ではフィオナの不在で問題が噴出し...