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(3)城へ向かう旅路
婚約が決まり、セリーヌはラウルの領地へ向かうことになった。
薄汚れた馬車に揺られる中、彼女の心は絶望で覆われていた。
硬い座席が背中に食い込む痛みさえ、今の彼女には些細なことのように感じられる。
「これが私の人生の終わりなの?」
呟いた声は馬車の轍の音にかき消され、自分自身にすら届かないほどだった。
小さな窓から外を眺めると、視界には荒涼とした大地が広がっている。
木々は枯れ果て、地平線の向こうには生命の気配は見当たらない。
頭上の青空には雲一つなく、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。
その風が、馬車の隙間から入り込み、セリーヌの肌を刺すように冷やした。
かつて夢見た華やかな舞踏会の景色や、アルトゥールとの幸せな未来が、遠い記憶の幻のように感じられる。
社交界で踊り、輝かしいドレスに包まれた自分は、まるで別の世界に存在したもう一人のセリーヌだ。
「あの頃に戻りたい」という願いさえ、自分にはふさわしくない贅沢なもののように思えた。
道中、馬車の車輪が泥にはまり、がくんと大きく傾いた。
驚いて体を支えたセリーヌの指先には、冷たく湿った感触が残る。
御者が悪態をつきながら泥を掻き出そうとする姿が目に入った。
汚れた手で車輪を押す彼の背中は、やつれた服のせいで頼りなく見えた。
セリーヌは小さく、そして自嘲気味に笑った。
「これが私の運命を象徴しているみたいね。どこにも進めない、ただ泥の中でもがくだけ。」
そう呟いた声が、かすかに湿った馬車の中に響いた。
言葉にすることで、どこか現実がより重苦しくなった気がして、セリーヌは少しだけ後悔した。
それでも、完全に心の奥底の希望を消し去ることは、彼女にはできなかった。
胸の中でほのかに燃える、小さな火種のようなものを感じた。
彼女はぎゅっと手を握り締め、自分に言い聞かせた。
「もしこの先に何かがあるのなら、それを見届けるしかない。逃げ出すことは、もうできないんだから。」
そうして再び走り出した馬車は、やがて目的地であるラウルの領地にたどり着いた。
馬車が止まり、扉が開かれると、セリーヌの目に飛び込んできたのは「城」というにはあまりにも粗末な建物だった。
砦のような無骨な外観。崩れかけた石壁や傷だらけの門に、彼女は思わず息を呑んだ。
この地に住む人々の厳しい生活をそのまま表しているかのようだった。
扉が軋む音を立てて開くと、中から現れたのは一人の男性だった。
粗野な風貌で、顔には目立つ傷跡があり、髪はぼさぼさで無造作に伸びている。
彼は高身長ではあるが、猫背気味で、その姿には威圧感さえ感じられた。
セリーヌはその瞬間、息を呑み、目をそらした。
彼がラウル・ヴァレールなのだろうか。
恐怖に似た感情が胸の中を駆け巡る。
だが、彼が口を開いた瞬間、その低く穏やかな声が意外にも耳に優しく響き、彼女を少し驚かせた。
「ようこそ、セリーヌ嬢。」
彼はゆっくりと一歩前に進み、深く頭を下げた。
「私はラウル・ヴァレール。今日から君の夫となる者だ。」
彼の声には威圧的な響きはまったくなかった。
むしろ、どこかぎこちなく、不器用ささえ感じさせるものだった。
セリーヌはその瞬間、彼の目に気付いた。
顔つきに似つかわしくない、優しく揺れる深い瞳――そこには彼女の傷ついた心を気遣うような真摯な光が宿っていた。
セリーヌはすぐに言葉を返すことができず、ただ小さく頷いた。
冷たい風が吹き付ける中、その光景だけが、彼女の心に微かな温かさを灯したのだった。
薄汚れた馬車に揺られる中、彼女の心は絶望で覆われていた。
硬い座席が背中に食い込む痛みさえ、今の彼女には些細なことのように感じられる。
「これが私の人生の終わりなの?」
呟いた声は馬車の轍の音にかき消され、自分自身にすら届かないほどだった。
小さな窓から外を眺めると、視界には荒涼とした大地が広がっている。
木々は枯れ果て、地平線の向こうには生命の気配は見当たらない。
頭上の青空には雲一つなく、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。
その風が、馬車の隙間から入り込み、セリーヌの肌を刺すように冷やした。
かつて夢見た華やかな舞踏会の景色や、アルトゥールとの幸せな未来が、遠い記憶の幻のように感じられる。
社交界で踊り、輝かしいドレスに包まれた自分は、まるで別の世界に存在したもう一人のセリーヌだ。
「あの頃に戻りたい」という願いさえ、自分にはふさわしくない贅沢なもののように思えた。
道中、馬車の車輪が泥にはまり、がくんと大きく傾いた。
驚いて体を支えたセリーヌの指先には、冷たく湿った感触が残る。
御者が悪態をつきながら泥を掻き出そうとする姿が目に入った。
汚れた手で車輪を押す彼の背中は、やつれた服のせいで頼りなく見えた。
セリーヌは小さく、そして自嘲気味に笑った。
「これが私の運命を象徴しているみたいね。どこにも進めない、ただ泥の中でもがくだけ。」
そう呟いた声が、かすかに湿った馬車の中に響いた。
言葉にすることで、どこか現実がより重苦しくなった気がして、セリーヌは少しだけ後悔した。
それでも、完全に心の奥底の希望を消し去ることは、彼女にはできなかった。
胸の中でほのかに燃える、小さな火種のようなものを感じた。
彼女はぎゅっと手を握り締め、自分に言い聞かせた。
「もしこの先に何かがあるのなら、それを見届けるしかない。逃げ出すことは、もうできないんだから。」
そうして再び走り出した馬車は、やがて目的地であるラウルの領地にたどり着いた。
馬車が止まり、扉が開かれると、セリーヌの目に飛び込んできたのは「城」というにはあまりにも粗末な建物だった。
砦のような無骨な外観。崩れかけた石壁や傷だらけの門に、彼女は思わず息を呑んだ。
この地に住む人々の厳しい生活をそのまま表しているかのようだった。
扉が軋む音を立てて開くと、中から現れたのは一人の男性だった。
粗野な風貌で、顔には目立つ傷跡があり、髪はぼさぼさで無造作に伸びている。
彼は高身長ではあるが、猫背気味で、その姿には威圧感さえ感じられた。
セリーヌはその瞬間、息を呑み、目をそらした。
彼がラウル・ヴァレールなのだろうか。
恐怖に似た感情が胸の中を駆け巡る。
だが、彼が口を開いた瞬間、その低く穏やかな声が意外にも耳に優しく響き、彼女を少し驚かせた。
「ようこそ、セリーヌ嬢。」
彼はゆっくりと一歩前に進み、深く頭を下げた。
「私はラウル・ヴァレール。今日から君の夫となる者だ。」
彼の声には威圧的な響きはまったくなかった。
むしろ、どこかぎこちなく、不器用ささえ感じさせるものだった。
セリーヌはその瞬間、彼の目に気付いた。
顔つきに似つかわしくない、優しく揺れる深い瞳――そこには彼女の傷ついた心を気遣うような真摯な光が宿っていた。
セリーヌはすぐに言葉を返すことができず、ただ小さく頷いた。
冷たい風が吹き付ける中、その光景だけが、彼女の心に微かな温かさを灯したのだった。
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