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53.タクシー。
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私立白羽学園高等部の校門前に、一台のタクシーが止まった。近くにいた生徒達の視線が集まる。そんな中、降り立ったのは、均整のとれた長身の男だった。
三峰汐音だ。
彼を恋慕う者達が目ざとく見つけ、声を掛けてくる。
「三峰君! おはよう!」
「おはよう」
汐音は作った笑みを顔に張り付かせ、挨拶を返している。
「どうしてタクシーなの? 自転車が壊れちゃった?」
気づけば、彼の周りにはすでに数人集まって来ていた。
「今日は、付き添いなんだ。そこ、道を開けてくれる?」
笑みはそのままで端的にそれだけ告げると、汐音の視線はすぐにタクシーの中へ向けられる。
「和真さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。自分で降りられるから心配するな」
汐音が扉から一歩下がる。相澤和真は車内から足を出し、地面に置いた。周りの視線が和真の足元に集まる。左足は規定の革靴だが、右足はスリッパを履いた奇妙な出で立ちだったからだろう。その視線にもだが、汐音を複数の女達が囲んでいる姿を見て、和真は顔を引き攣らせた。
一方の汐音はといえば、自分を取り巻く状況をまったく気にしている様子は無かった。きっと人に囲まれる事に、慣れているに違いない。
「あっ……」
和真が立ち上がると同時に、汐音が和真の鞄を取り上げてしまった。ムッとしながら汐音を見る。
「……鞄ぐらい持てる」
「こんな時は甘えてください。これでも我慢しているのですからね」
「我慢? ……何を?」
いつもどおりの汐音との会話だったのだが、妙な視線に気付き、口を噤む。周りの目が、和真の事を『この人は、誰?』と思いながら見ているのは明白だったからだ。
2年の教室では汐音が頻繁に顔を出していたこともあり、和真と汐音が二人でいてももう好奇な目で見られる事もなくなっていたので失念していた。
(おれは大勢の人からの視線に晒されるのが何より嫌なんだよ!)
叫び出したい気持ちを押さえながら視線を振り切り、校舎へ向かって歩き出した。
(明日は絶対に一人で登校するぞ!)
そう決心を固めながら校門をくぐる。
(フローリングではもう少しましに進めていたのに、やっぱり外は歩きにくいな……)
右足の腫れがなかなか引かないせいで、上手く膝が曲がらないのだ。そのせいでどう頑張っても右足を引きずってしまう。
「……抱き上げてもいいですか?」
焦れたのか何なのか、汐音が顔を寄せながら声を掛けてきた。和真が顔を赤く染めるのとほぼ同時に、近くで二人の様子を見守っていた者達の間から『きゃあああっ』と黄色い声があがった。
「⁈」
ビクッと体を震わせた和真は、無意識に救いを求めるように汐音の上着の裾を掴んでしまった。汐音の顔がパッと輝く。その事に気付き、慌てて和真は汐音の服から手を離した。
(この落ち着かない状況の元凶は汐音なのに、喜ばせてどうする!)
もちろん汐音に悪気がないどころか、まったく落ち度もなく、ただ親切心から和真に付き添ってくれているのも重々承知している。
だが、状況をしっかりと理解してほしかった。頭はいいくせに、なぜか和真の事となると、周りが見えなくなり、感情だけで暴走する傾向があるのだ。今、暴走されては非常に困る。
そんな事を考えながら汐音と無言で目を合わせていると、誰かが和真の名前を呼んだ気がして辺りを見回す。
「ん?」
運動場の方から全力でこちらへ向かって駆けてくる引き締まった体付きの男の姿が目に飛び込んできた。その男はあっという間に目の前までやって来て、ガバッと音がする勢いで和真に抱きついてきた。
再び、周囲から黄色い声が上がる。下級生にも名の知れたサッカー部のモテ男の出現に、辺りが色めき立つ。
「奏⁈」
「……もう学校へ来て大丈夫なのか?」
さらに強く抱き締めながら奏が聞いてくる。鍛えられた体躯が少し震えているような気がして、労わるように奏の広い背に手を回した。
どうやらかなり心配をさせていたようだ。
「離れてください。和真さんはまだ本調子ではないんですよ!」
すごい力で汐音が奏を引き剥がす。
「……何だ、おまえもいたのか」
顎をしゃくりながら奏は汐音へ視線を向けた。汐音の纏う空気が一気に冷たくなる。二人が無言で睨み合う。
「相澤⁈」
ピンと張った緊張の糸を切ったのは、同じクラスの中田だった。駆け寄って来ると、さも嬉しそうに汐音と奏のちょうど間に立った。『ナイス!』と和真は心の中で中田を賞賛する。
「もう良くなったのか?」
中田も心配してくれていたようだ。林間学校で話をして気付いたのだが、中田という男はあまり目立つタイプでは無かったが、とても優しく、気の回るとてもいい男だった。
「熱は下がったんだけど、まだ足の腫れが引かないんだ」
「まだ腫れているのか? 今の医療でもすぐには良くならないもんなんだな……」
心から気の毒そうに中田は眉を曇らせた。中田の労わるような目が和真の右足に向かう。
「スリッパ? そうか! 腫れていたら靴が履けないよな……」
まるで周りの者達の疑問に答えるような会話を中田としていると、突然『良し!』と威勢の良い声が響いた。視線の中心にいたのは奏だ。
「俺が和真を教室へ連れて行くから、中田は和真の鞄を宜しく!」
そう言うや否や、奏は汐音が持っていた和真の鞄を掴むと、中田へ押し付けた。突然の事に驚いている面々を無視し、奏は軽々と和真を横抱きで抱き上げる。つまるところ、お姫様抱っこと呼ばれている体勢だ。
「うわっ! な、何⁈ 奏?」
「じゃあ、またな一年! 後は俺が任された!」
「和真さん!」
「あっ! おい!」
それぞれの想いと言葉が交差する中、奏は和真を抱き上げたまま、颯爽と走り出したのだった。
三峰汐音だ。
彼を恋慕う者達が目ざとく見つけ、声を掛けてくる。
「三峰君! おはよう!」
「おはよう」
汐音は作った笑みを顔に張り付かせ、挨拶を返している。
「どうしてタクシーなの? 自転車が壊れちゃった?」
気づけば、彼の周りにはすでに数人集まって来ていた。
「今日は、付き添いなんだ。そこ、道を開けてくれる?」
笑みはそのままで端的にそれだけ告げると、汐音の視線はすぐにタクシーの中へ向けられる。
「和真さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。自分で降りられるから心配するな」
汐音が扉から一歩下がる。相澤和真は車内から足を出し、地面に置いた。周りの視線が和真の足元に集まる。左足は規定の革靴だが、右足はスリッパを履いた奇妙な出で立ちだったからだろう。その視線にもだが、汐音を複数の女達が囲んでいる姿を見て、和真は顔を引き攣らせた。
一方の汐音はといえば、自分を取り巻く状況をまったく気にしている様子は無かった。きっと人に囲まれる事に、慣れているに違いない。
「あっ……」
和真が立ち上がると同時に、汐音が和真の鞄を取り上げてしまった。ムッとしながら汐音を見る。
「……鞄ぐらい持てる」
「こんな時は甘えてください。これでも我慢しているのですからね」
「我慢? ……何を?」
いつもどおりの汐音との会話だったのだが、妙な視線に気付き、口を噤む。周りの目が、和真の事を『この人は、誰?』と思いながら見ているのは明白だったからだ。
2年の教室では汐音が頻繁に顔を出していたこともあり、和真と汐音が二人でいてももう好奇な目で見られる事もなくなっていたので失念していた。
(おれは大勢の人からの視線に晒されるのが何より嫌なんだよ!)
叫び出したい気持ちを押さえながら視線を振り切り、校舎へ向かって歩き出した。
(明日は絶対に一人で登校するぞ!)
そう決心を固めながら校門をくぐる。
(フローリングではもう少しましに進めていたのに、やっぱり外は歩きにくいな……)
右足の腫れがなかなか引かないせいで、上手く膝が曲がらないのだ。そのせいでどう頑張っても右足を引きずってしまう。
「……抱き上げてもいいですか?」
焦れたのか何なのか、汐音が顔を寄せながら声を掛けてきた。和真が顔を赤く染めるのとほぼ同時に、近くで二人の様子を見守っていた者達の間から『きゃあああっ』と黄色い声があがった。
「⁈」
ビクッと体を震わせた和真は、無意識に救いを求めるように汐音の上着の裾を掴んでしまった。汐音の顔がパッと輝く。その事に気付き、慌てて和真は汐音の服から手を離した。
(この落ち着かない状況の元凶は汐音なのに、喜ばせてどうする!)
もちろん汐音に悪気がないどころか、まったく落ち度もなく、ただ親切心から和真に付き添ってくれているのも重々承知している。
だが、状況をしっかりと理解してほしかった。頭はいいくせに、なぜか和真の事となると、周りが見えなくなり、感情だけで暴走する傾向があるのだ。今、暴走されては非常に困る。
そんな事を考えながら汐音と無言で目を合わせていると、誰かが和真の名前を呼んだ気がして辺りを見回す。
「ん?」
運動場の方から全力でこちらへ向かって駆けてくる引き締まった体付きの男の姿が目に飛び込んできた。その男はあっという間に目の前までやって来て、ガバッと音がする勢いで和真に抱きついてきた。
再び、周囲から黄色い声が上がる。下級生にも名の知れたサッカー部のモテ男の出現に、辺りが色めき立つ。
「奏⁈」
「……もう学校へ来て大丈夫なのか?」
さらに強く抱き締めながら奏が聞いてくる。鍛えられた体躯が少し震えているような気がして、労わるように奏の広い背に手を回した。
どうやらかなり心配をさせていたようだ。
「離れてください。和真さんはまだ本調子ではないんですよ!」
すごい力で汐音が奏を引き剥がす。
「……何だ、おまえもいたのか」
顎をしゃくりながら奏は汐音へ視線を向けた。汐音の纏う空気が一気に冷たくなる。二人が無言で睨み合う。
「相澤⁈」
ピンと張った緊張の糸を切ったのは、同じクラスの中田だった。駆け寄って来ると、さも嬉しそうに汐音と奏のちょうど間に立った。『ナイス!』と和真は心の中で中田を賞賛する。
「もう良くなったのか?」
中田も心配してくれていたようだ。林間学校で話をして気付いたのだが、中田という男はあまり目立つタイプでは無かったが、とても優しく、気の回るとてもいい男だった。
「熱は下がったんだけど、まだ足の腫れが引かないんだ」
「まだ腫れているのか? 今の医療でもすぐには良くならないもんなんだな……」
心から気の毒そうに中田は眉を曇らせた。中田の労わるような目が和真の右足に向かう。
「スリッパ? そうか! 腫れていたら靴が履けないよな……」
まるで周りの者達の疑問に答えるような会話を中田としていると、突然『良し!』と威勢の良い声が響いた。視線の中心にいたのは奏だ。
「俺が和真を教室へ連れて行くから、中田は和真の鞄を宜しく!」
そう言うや否や、奏は汐音が持っていた和真の鞄を掴むと、中田へ押し付けた。突然の事に驚いている面々を無視し、奏は軽々と和真を横抱きで抱き上げる。つまるところ、お姫様抱っこと呼ばれている体勢だ。
「うわっ! な、何⁈ 奏?」
「じゃあ、またな一年! 後は俺が任された!」
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「あっ! おい!」
それぞれの想いと言葉が交差する中、奏は和真を抱き上げたまま、颯爽と走り出したのだった。
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