生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
61 / 77

61.心情。

しおりを挟む
 自宅マンション前にタクシーが停まる。三峰汐音はスーツの入った大きな紙袋を二つ肩に掛けてタクシーから降り立った。その長身の後姿を見つめ、相澤和真は覚悟を決める。

「汐音、疲れたか?」

 汐音は振り返ると、見た者すべてを魅了するような笑みを浮かべた。

「いいえ。問題ありません」
「まだ付き合ってもらいたい場所があるんだが……」
「貴方が行く場所ならどこへなりともお供致します」

 和真はホッとした表情を浮かべると、タクシーの運転手に声を掛ける。

「部屋に一旦荷物を置いて来ますので、少し待っていてください」
「どこへ向かわれるのですか?」

 タクシーから降りて来た和真に、汐音が僅かに首を傾げ問いかけてくる。

「……汐音に会わせたい人がいるんだ」

 そう言いながら汐音から紙袋を一つ取り上げ、和真はマンションのエントランスへと向かう。慌てて汐音も追いかけて来て、和真の隣に並ぶ。

「私に? 会わせたい人……ですか?」

 和真はちらりと汐音へ視線だけ向けた。

「今のおれを作ってくれた人だ」

 汐音が息を飲む気配がした。
 二人は荷物を置くと再びタクシーに乗り駅へ向かう。電車に乗ること一時間。その後、さらに30分ほどバスに揺られる。

「……ここですか?」

 ここまで黙って付いて来ていた汐音が3階建ての建物を見上げている。一見高級マンションのようにみえる外観とエントランスだが、入り口には車椅子が置かれている。

「……ここは、老人ホームなのですね?」
「うん。正解。少し待っていてくれ」

 珍しそうに当たりを見回している汐音をその場で待たせ、和真は面会の手続きを取る。落ち着いた雰囲気のロビーにあるソファに座って待つこと15分、スタッフの女性が車椅子を押してやって来た。乗っているのは、白髪の高齢の女性だ。和真が立ち上がると、汐音もすぐに従う。

季実きみさん、こんにちは」

 和真が挨拶するも、季実さんと呼ばれた女性には何の反応も無い。ただ穏やかな表情を浮かべて静かに座っている。女性が何の反応も見せないことには別段気にすることはなく、和真は車椅子の側に近づくと、血管が浮き出た皺の多い手をそっと手に取った。

「前に言っていた、汐音を連れて来ました」
「初めまして。三峰汐音と言います」

 汐音は和真の隣に立ち、丁寧にあいさつをする。
 だが、やはり女性は一切表情を変える事はなかった。

「彼女の名前は斉藤季実さいとうきみさん。……おれがまだ赤ちゃんだった頃から中学で寮に入るまでの間、住み込みで家政婦をしてくれていた人なんだ」

 その後も、和真が一方的に話しかけ、10分ほどの面会は終わった。

「また来ます」

 最後に声を掛け、和真は部屋へ戻っていく季実の姿を立ったまま見送った。

「じゃあ、おれ達も帰ろうか」
「はい。でも少し待ってもらえますか? トイレに行きたいんです。和真さんは行かれますか?」
「おれはここで待っているよ」
「では、すぐに行って来ます」
「ゆっくりでいいぞ」

 汐音を待っている間、力なくロビーでぼんやりと座っていると、スタッフと一緒にエントランスに五十代ぐらいの女性が入って来た。

(……あれ?)

 以前に何処かで会ったような気がして、じっと目で追っていると、彼女がこちらを向いた。そのまま和真の前まで来て立ち止まる。

「こんにちは。相澤和真さん」

 突然名前を呼ばれて和真は驚きつつも立ち上がり挨拶を返す。

「……こんにちは」
「びっくりさせてしまったようね。私は斉藤季実の娘の森山紀子もりやまのりこです」
「! 季実さんの娘さん……」

 言われてみれば、どこか季実と似ているところがあった。森山は面影を辿るかのように、目を細めて和真の顔を見つめる。

「立派になられましたね。……数回ですが、母の代行で私がお世話をさせていただいた事があったのですよ。覚えていないかもしれませんね。和真さんに最後にお会いした時は、まだ小学生だったし、私もあの頃からは年をとっているので……」
「あ、いえ、見覚えのある方だと思って見ていました。その節は大変お世話になりました」
 
 小学生の頃の事を言われ、何だか恥ずかしく思いながら頭を下げる。

「あの、少しでしたら、ここでお話をされてもいいですよ」

 スタッフの方が気を利かせて場所だけ提供して去って行った。そのご好意に甘え、ロビーにある談話スペースで少し話をすることになった。そこへ汐音が戻って来た。見知らぬ女性と和真を見比べている。

「季実さんの娘さんで、森山紀子さんだ。偶然、お会いしたんだ」
「はじめまして。和真さんの後輩の三峰汐音です」

 和真の説明を受け、汐音は礼儀正しく自己紹介をする。

「まあ! 後輩? 背が高いのね。モデルさんか何かされているのかしら?」

 やはりというか、汐音の外見に興味深々だ。

「いえ。そういった事は何もしていないです」
「あら、そうなのね」

 どこか残念そうにしながら、森山は和真に視線を戻した。

「スタッフの方から和真さんが時折、こうして母に会いに来てくださっていると聞いていました。本当にありがとうございます。……でも、脳梗塞の後遺症だけでなく、認知症も進んでいるから何の反応も無いでしょう?」

 和真に感謝を伝えながら、森山は自分の年老いた母親の姿を思い浮かべたのか寂しそうに微笑んだ。

「……お元気な姿が見られるだけで、おれは嬉しいです。それに、季実さんには、母に見捨てられたも同然のおれを育ててもらいましたので」

 森山が驚いたように目を見開く。

「え? 見捨てられた? そんな……、違いますよ!」

 慌てながら森山は和真の言葉を強く否定する。

「気を使っていただかなくても大丈夫です」

 和真は苦笑する。

「いいえ。本当に違うのよ」

 紀子の視線が隣に立っていた汐音に向く。この場で話して良いのかどうか躊躇っているようだ。

「汐音はおれの事情を知っています。おれが知らなくて森山さんが知っている事があるのでしたら教えてください」

 少しの沈黙の後、森山がポツリと話し始めた。

「和真さんのお母さんは、あなたを産んだ後、育児に思い悩んでおられたわ。恐れていたと言った方がいいぐらいね」
「恐れる?」
「私も代行を頼まれた時に母から説明を受けただけなのだけれど、和真さんのお母さんはかなり酷い幼少期を過ごしてきたそうよ。だから貴方を大切に育てたいと思っておられたけれど、慣れない育児にいつか自分も小さな貴方に手を上げてしまうかもしれないと、私の母に助けを求めたの。住み込みでお手伝いを雇うとなると、お金もかかるから本当に一生懸命働いておられたわ。決して和真さんを見捨てたわけではないのよ。その証拠に、どんなに仕事で疲れて帰って来られても、まず最初に小さな和真さんをとても愛おしそうに抱っこされていましたよ」

 知らない話だったし、和真には小学生より前の記憶があまり無かった。

(本当だろうか? お金がかかる? おれが小さい時は、貰える金額が少なかったのだろうか?)

 どうやって戻ってきたのか分からなかった。ふと気付けば、家に帰って来ていた。夕食が並ぶテーブルの向い側で汐音が和真のことをじっと見つめていた。

「……恐れるって、何だよ。……そんな事言われたって、知るかよ。おれは産んでくれなんて、言ってない!」

 汐音が立ち上がった。テーブルを回って和真の椅子の横に膝を付く。

「和真さん」

 和真のものより大きな手が、まるで安心させるかのように震える膝の上にそっと置かれた。視線を向けると、汐音の優しい眼差しが揺れている。

「……おれは、別に親を憎みたいわけじゃない」
「はい」
「でも、……ただ、ずっと寂しかったんだ」

 汐音が和真の頭をそっと抱き寄せた。

「もっと早くに和真さんを見つけていれば……。許してください」

 悔いるように汐音が心情を吐露する。

「……何でおまえが謝るんだよ」

 和真は甘えるように汐音の腰に両手を回し、良く鍛えられた汐音の胸元に頭を預けた。汐音の心臓の音を聞いていると高ぶっていた心が落ち着きを取り戻す。

「……もっと早くって、おまえは何歳だ?」

 おむつを付けている汐音が保育園児の和真に『フィーリア様!』と言っている姿が浮かんできて、思わずクスッと笑ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

ワケありくんの愛され転生

鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。 アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。 ※オメガバース設定です。

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

処理中です...