生まれる前から好きでした。

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60.愛。

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 相澤和真と三峰汐音の二人は、スーツをオーダーした店の前にいた。

「確認したい事とは、何ですか?」

 和真が扉に手をかけるのと同時に、背後にいた汐音が訊いてくる。和真はちらりと汐音を見ただけで、すぐに前を向く。

「もし、おれが落ち込んだら、……ちゃんと慰めろよ」
「? もちろんです!」

 汐音は困惑しながらも承諾に迷いはなかった。その力強い声にずっと落ち着きがなかった心がスッと静かになっていく。

(肝が座るとは、こう言うことなのかもしれない。これもすべて、自分以上にどんなおれでも受け止めてくれると思える存在があるからだ)

「じゃあ、入るとするか」

 重厚な木製の扉を開き、高級感漂う店の中に足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」
「お願いしていたスーツを取りに来ました」
「相澤様、お待ちしておりました。どうぞ奥へ」

 店長自ら出て来て、とても丁寧に対応してくれる。もちろん、ここのオーナーが和真の母親だからといのもあるのだろう。
 そして、予想はしていたが、店にはオーナーの姿は無い。
 サイズの確認のために、試着をしながら何気を装って和真は店長へ質問を投げかけた。

「あの、4月2週目の土曜日、もしくはその前日って、オーナーはこの店に来ていましたか?」
「2週目ですか? いいえ。その頃は4月13日日曜日の12時からハワイでイベントがございましたので、ずっとハワイにいらっしゃったはずです」
「え?」
「何かございましたか?」
「いいえ。別に、大丈夫です……」

 和真は混乱する。

(あの人は土曜日の昼に日本にいた。……次の日の昼にハワイでイベント?)

「ご覧になりますか?」

 スーツのサイズ確認が無事に終わった後、店長が心からの笑みを浮かべて、どこか誇らしげにイベント時のオーナーの写真だと見せてくれた。その写真には、和真のイメージどおりのどこにも隙の無い完璧な姿の母親が映っていた。和真は帰りのタクシーの中で日本とハワイのフライト時間を調べる。

「嘘だろ……」

 携帯を持つ手が震えた。

(おれがパーティーに行かないと宮田さんへメールで伝えたのが10日の木曜日の夕方だ。……あの人が何時に宮田さんから報告を受けたのかは分からないが、次の日の昼までにハワイを発てば、あの時間におれの家に来る事が出来る……)

「……あの人は馬鹿なのか?」
「和真さん?」

 思わず呟くと、隣に座っている汐音が案じるように名前を呼んだ。以前に汐音が言った言葉が蘇ってくる。

『人を愛する事には、かなり不器用な方なのですよ』

(不器用にもほどがあるだろ……)

「汐音……」

 汐音に応じようと顔を向けるが、汐音の名前の後に言葉が続かない。和真の目に、色素の薄い瞳が心配なのだと訴えてくる。かなり気を揉んでいるだろうに、何も訊いて来ない。いつもはうざいぐらいにグイグイ来るくせに、こんな時は和真が言葉を掛けるまでいじらしいほどじっと待っているのだ。

(汐音が言っていたように、愛の形にはいろいろあるのかもしれない……)

「……おれは、愛されていたのかな……」

 ぽろりと言葉が零れた。

「はい。貴方は愛されるために生まれて来たのですから」

 汐音は言い切る。
 その心地よい静かな声を、和真は汐音の腕の中で聞いていた。まるで小さな幼子が微睡むように、心から安心できる場所でゆっくりと目を閉じる。目頭が熱い。溢れて出た涙は今までの寂しさか、それとも歓喜なのかは分からなかった。

(そのどちらでも構わない。すべて汐音が受け止めてくれるのだから……)
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