生まれる前から好きでした。

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61.心情。

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 自宅マンション前にタクシーが停まる。三峰汐音はスーツの入った大きな紙袋を二つ肩に掛けてタクシーから降り立った。その長身の後姿を見つめ、相澤和真は覚悟を決める。

「汐音、疲れたか?」

 汐音は振り返ると、見た者すべてを魅了するような笑みを浮かべた。

「いいえ。問題ありません」
「まだ付き合ってもらいたい場所があるんだが……」
「貴方が行く場所ならどこへなりともお供致します」

 和真はホッとした表情を浮かべると、タクシーの運転手に声を掛ける。

「部屋に一旦荷物を置いて来ますので、少し待っていてください」
「どこへ向かわれるのですか?」

 タクシーから降りて来た和真に、汐音が僅かに首を傾げ問いかけてくる。

「……汐音に会わせたい人がいるんだ」

 そう言いながら汐音から紙袋を一つ取り上げ、和真はマンションのエントランスへと向かう。慌てて汐音も追いかけて来て、和真の隣に並ぶ。

「私に? 会わせたい人……ですか?」

 和真はちらりと汐音へ視線だけ向けた。

「今のおれを作ってくれた人だ」

 汐音が息を飲む気配がした。
 二人は荷物を置くと再びタクシーに乗り駅へ向かう。電車に乗ること一時間。その後、さらに30分ほどバスに揺られる。

「……ここですか?」

 ここまで黙って付いて来ていた汐音が3階建ての建物を見上げている。一見高級マンションのようにみえる外観とエントランスだが、入り口には車椅子が置かれている。

「……ここは、老人ホームなのですね?」
「うん。正解。少し待っていてくれ」

 珍しそうに当たりを見回している汐音をその場で待たせ、和真は面会の手続きを取る。落ち着いた雰囲気のロビーにあるソファに座って待つこと15分、スタッフの女性が車椅子を押してやって来た。乗っているのは、白髪の高齢の女性だ。和真が立ち上がると、汐音もすぐに従う。

季実きみさん、こんにちは」

 和真が挨拶するも、季実さんと呼ばれた女性には何の反応も無い。ただ穏やかな表情を浮かべて静かに座っている。女性が何の反応も見せないことには別段気にすることはなく、和真は車椅子の側に近づくと、血管が浮き出た皺の多い手をそっと手に取った。

「前に言っていた、汐音を連れて来ました」
「初めまして。三峰汐音と言います」

 汐音は和真の隣に立ち、丁寧にあいさつをする。
 だが、やはり女性は一切表情を変える事はなかった。

「彼女の名前は斉藤季実さいとうきみさん。……おれがまだ赤ちゃんだった頃から中学で寮に入るまでの間、住み込みで家政婦をしてくれていた人なんだ」

 その後も、和真が一方的に話しかけ、10分ほどの面会は終わった。

「また来ます」

 最後に声を掛け、和真は部屋へ戻っていく季実の姿を立ったまま見送った。

「じゃあ、おれ達も帰ろうか」
「はい。でも少し待ってもらえますか? トイレに行きたいんです。和真さんは行かれますか?」
「おれはここで待っているよ」
「では、すぐに行って来ます」
「ゆっくりでいいぞ」

 汐音を待っている間、力なくロビーでぼんやりと座っていると、スタッフと一緒にエントランスに五十代ぐらいの女性が入って来た。

(……あれ?)

 以前に何処かで会ったような気がして、じっと目で追っていると、彼女がこちらを向いた。そのまま和真の前まで来て立ち止まる。

「こんにちは。相澤和真さん」

 突然名前を呼ばれて和真は驚きつつも立ち上がり挨拶を返す。

「……こんにちは」
「びっくりさせてしまったようね。私は斉藤季実の娘の森山紀子もりやまのりこです」
「! 季実さんの娘さん……」

 言われてみれば、どこか季実と似ているところがあった。森山は面影を辿るかのように、目を細めて和真の顔を見つめる。

「立派になられましたね。……数回ですが、母の代行で私がお世話をさせていただいた事があったのですよ。覚えていないかもしれませんね。和真さんに最後にお会いした時は、まだ小学生だったし、私もあの頃からは年をとっているので……」
「あ、いえ、見覚えのある方だと思って見ていました。その節は大変お世話になりました」
 
 小学生の頃の事を言われ、何だか恥ずかしく思いながら頭を下げる。

「あの、少しでしたら、ここでお話をされてもいいですよ」

 スタッフの方が気を利かせて場所だけ提供して去って行った。そのご好意に甘え、ロビーにある談話スペースで少し話をすることになった。そこへ汐音が戻って来た。見知らぬ女性と和真を見比べている。

「季実さんの娘さんで、森山紀子さんだ。偶然、お会いしたんだ」
「はじめまして。和真さんの後輩の三峰汐音です」

 和真の説明を受け、汐音は礼儀正しく自己紹介をする。

「まあ! 後輩? 背が高いのね。モデルさんか何かされているのかしら?」

 やはりというか、汐音の外見に興味深々だ。

「いえ。そういった事は何もしていないです」
「あら、そうなのね」

 どこか残念そうにしながら、森山は和真に視線を戻した。

「スタッフの方から和真さんが時折、こうして母に会いに来てくださっていると聞いていました。本当にありがとうございます。……でも、脳梗塞の後遺症だけでなく、認知症も進んでいるから何の反応も無いでしょう?」

 和真に感謝を伝えながら、森山は自分の年老いた母親の姿を思い浮かべたのか寂しそうに微笑んだ。

「……お元気な姿が見られるだけで、おれは嬉しいです。それに、季実さんには、母に見捨てられたも同然のおれを育ててもらいましたので」

 森山が驚いたように目を見開く。

「え? 見捨てられた? そんな……、違いますよ!」

 慌てながら森山は和真の言葉を強く否定する。

「気を使っていただかなくても大丈夫です」

 和真は苦笑する。

「いいえ。本当に違うのよ」

 紀子の視線が隣に立っていた汐音に向く。この場で話して良いのかどうか躊躇っているようだ。

「汐音はおれの事情を知っています。おれが知らなくて森山さんが知っている事があるのでしたら教えてください」

 少しの沈黙の後、森山がポツリと話し始めた。

「和真さんのお母さんは、あなたを産んだ後、育児に思い悩んでおられたわ。恐れていたと言った方がいいぐらいね」
「恐れる?」
「私も代行を頼まれた時に母から説明を受けただけなのだけれど、和真さんのお母さんはかなり酷い幼少期を過ごしてきたそうよ。だから貴方を大切に育てたいと思っておられたけれど、慣れない育児にいつか自分も小さな貴方に手を上げてしまうかもしれないと、私の母に助けを求めたの。住み込みでお手伝いを雇うとなると、お金もかかるから本当に一生懸命働いておられたわ。決して和真さんを見捨てたわけではないのよ。その証拠に、どんなに仕事で疲れて帰って来られても、まず最初に小さな和真さんをとても愛おしそうに抱っこされていましたよ」

 知らない話だったし、和真には小学生より前の記憶があまり無かった。

(本当だろうか? お金がかかる? おれが小さい時は、貰える金額が少なかったのだろうか?)

 どうやって戻ってきたのか分からなかった。ふと気付けば、家に帰って来ていた。夕食が並ぶテーブルの向い側で汐音が和真のことをじっと見つめていた。

「……恐れるって、何だよ。……そんな事言われたって、知るかよ。おれは産んでくれなんて、言ってない!」

 汐音が立ち上がった。テーブルを回って和真の椅子の横に膝を付く。

「和真さん」

 和真のものより大きな手が、まるで安心させるかのように震える膝の上にそっと置かれた。視線を向けると、汐音の優しい眼差しが揺れている。

「……おれは、別に親を憎みたいわけじゃない」
「はい」
「でも、……ただ、ずっと寂しかったんだ」

 汐音が和真の頭をそっと抱き寄せた。

「もっと早くに和真さんを見つけていれば……。許してください」

 悔いるように汐音が心情を吐露する。

「……何でおまえが謝るんだよ」

 和真は甘えるように汐音の腰に両手を回し、良く鍛えられた汐音の胸元に頭を預けた。汐音の心臓の音を聞いていると高ぶっていた心が落ち着きを取り戻す。

「……もっと早くって、おまえは何歳だ?」

 おむつを付けている汐音が保育園児の和真に『フィーリア様!』と言っている姿が浮かんできて、思わずクスッと笑ってしまった。
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