生まれる前から好きでした。

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66.鳳蓮弥。

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 鳳蓮弥おおとりれんや相澤和真あいざわかずまの前で立ち止まった。思わず和真は立ち上がる。

「お、おおとりれんや……」

 譫言のように目の前に立つ男の名前を呟く。
 だが、その後の言葉が続かない。そんな和真の姿を見て、蓮弥はにっこりと微笑んだ。

「へえ、俺の名前を知っているんだね」
「……宮田さんから今日、教えてもらいました」
「ああ、なるほどね。俺はずっと以前から君の事を知っていたよ。だから今日、会えるのを楽しみにしていたんだ。これから兄弟仲良くしようね」

 そう言って和真に向かって右手を出してきた。その手を見つめ、和真は思わず唾を飲み込む。
 だが、ためらいつつもその手を取った。
 蓮弥の手は僅かに冷たく感じた。和真より少し大きく、何かスポーツをしているのか、掌は固い。
 直接会った蓮弥は、会場でちらりと感じた気配よりもずっと親しみやすいと思えた。柔和な笑みを浮かべているからかもしれない。
 だが、どこか本音を隠しているようにも感じられた。

「……仲良く、って……」

 やっと絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。

「ふふ、いきなり過ぎたかな? 初対面の、それも異母兄弟で、お互いが大企業の跡目争いの相手だ。戸惑わない方がどうかしてるよね」

 蓮弥は軽い調子で言う。
 しかし、握っている手の力が僅かに強くなったような気がして、和真は困惑する。その上、蓮弥が手を離す気配がない。さらに、意図的に逃げ場をなくすように、一歩だけ距離を縮めてくる。

(汐音と同じくらいの背の高さなんだな……)

 そんな感想を心の中で思っていると、汐音が突然立ち位置を変え、和真の前に一歩出た。蓮弥の興味が変わったのか、自然と和真から手を離した。
 一方、汐音はすべてのものから和真を守ろうとしているかのように、すでに剣呑な気迫を滲ませている。

「……相澤先輩は、体調を崩しています。続きは後日にしていただけませんか?」

 言葉は丁寧だが、声は酷く冷たい。汐音の危うさに蓮弥も気づいているようだ。

「あれ? 怒ってる? 三峰汐音みつみねしおんくん、だったね。君のことも知っているよ」

 にこりと口角を上げながら、気さくに蓮弥は汐音の名前を口にする。
 汐音の肩が一瞬だけぴくりと揺れた。

「和真さんに無理をさせたくありません。……今日は、ここまででお願いします」

 汐音は一切引く様子はない。蓮弥は興味深そうに目を細める。

「三峰くん、君、なんかいいね。俺の学校へ転校して来ない?」
「やめてください。汐音はおれのなんで!」

 和真は汐音の腕を自分の方へ引いた。振り返った汐音の顔がパッと華やぐ。

「へえ、意外だな。俺の弟くんは、独占欲が強いんだね」

 どこか茶化すような声音に、和真は僅かに苛立ちを覚えた。
 だが、次に放たれた言葉は和真の胸を再びざわつかせるものだった。

「……今日はこれぐらいにしておくよ。でもね、遅かれ早かれ、ちゃんと話す時が来るよ。父が――いや、真宮蓮しんぐうれんが“君に興味を持った”みたいだからね」

 再び蓮弥がにっこりと微笑んだ。今度は明らかに目が笑っていない。
 和真は胸を押さえる。
 さきほど会場で向けられた真宮蓮の視線が脳裏に蘇り、心臓が痛いほど脈打つ。

(興味を持った……? 今頃?)

 だが蓮弥の声は、そんな和真に追い打ちをかけるように続いた。

「父さんは、誰に対しても興味を持ったことは無い。そんな人なんだよ。だけど、それは俺の勘違いだったみたいだね。それが今日、分かったよ。あの人は、明らかに君に興味を持っている。……あの人が壇上から君を見つけた時だったよ、面白いくらい感情が顔に出たからね。本当に珍しい……。だから、俺も君に興味が湧いたんだ」

 蓮弥の言葉が、和真の心を強く揺さぶって来る。
 否定しようとしても、和真の脳裏に、壇上で向けられたあの視線が浮かんでしまう。
 意志を持って確かにこちらを見ていた、あの眼差しを。

(……違う。そんなはず、ない)

 内心で何度も否定するのに、頬が熱くなるのを止められなかった。

「さてと。今日は顔合わせってことで。……また会いに行くよ、弟君」

 蓮弥は軽やかに背を向けると、あっさりと会場へと戻って行った。彼の姿が視界から消えるまで、和真の呼吸はずっと浅かった。
 
「……和真さん?」

 張り詰めていたものがふっと抜け、和真がふらついた瞬間、汐音がしっかりと支えてくれる。

「ゆっくりと座ってください。……大丈夫ですか? 手、震えてますよ」

 汐音が和真の手を両手で包み込む。その温もりに心からホッとする。

「……あれが、兄? ……なんていうか……怖いんだけど」
「そうですね。敵に回したくないタイプですね」

 汐音は苦く笑う。
 その時、遠くから足音が近づいてくる。

「和真様、お待たせいたしました」

 息を切らせて宮田が戻ってきた。手には冷えたペットボトル。

「ありがとうございます……」

 水を受け取り一口飲むと、ようやく胸のざわつきが少し落ち着いてきた。

「顔色は、まだあまり良くないですね」

 宮田は心配そうに和真を見守っている。
 ふと会場の方から、強い視線を感じた。
 和真は反射的に顔を向ける。そこにいたのは、緑川蒼蓮みどりかわあれんだった。蓮弥の後をつけてきたのだろうか。まだ離れた場所に立っているというのに、蒼蓮の鋭い視線が和真を射抜いてくる。
 その冷ややかな目には、隠そうともしていない敵意が宿っていた。

(……なんでそんな目を……?)

 和真の胸に不安が募る。

「あれは……」

 宮田も気付いたように蒼蓮の姿を見て、眉を僅かに寄せる。
 蒼蓮は何も言わず、そのままくるりと背を向けると、会場の方へと消えていった。
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