生まれる前から好きでした。

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67.真宮蓮。

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 緑川蒼蓮が去った方向を見つめたまま、相澤和真は呆然としていた。
 氷のような冷ややかな視線が未だに脳裏に焼き付いている。これまで生きてきてあんな目を向けられたことは無かった。

「……汐音」
「はい」
「おれ、……これからどうなるんだろうな」

 不安な気持ちが出てしまったのか、自分でも驚くほど弱い声だった。
 汐音はそっと和真の右手を取った。和真は汐音へ視線を向ける。汐音はそのまま両手の中に和真の手を大切そうに包み込んだ。その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた心がわずかに緩む。

「どんな和真さんでも、和真さんがどのような立場になったとしても、私は側におります」

 真摯な声だった。

「ありがとう。汐音……」

 汐音は、すでに掛け替えのない存在になっている。
 今、この時、汐音が側に居てくれることが、奇跡のように感じられた。

「社長⁈」

 そばて二人を見守っていた宮田が驚いたように声を上げた。

「和真……くん」

 落ち着いた低音の声が響いた。
 真宮蓮が早足でこちらに向かって来る。

(なんで、ここに……? まさか、おれの事を探して、スピーチを終えてすぐ、わざわざここまで来たというのか?)

 和真は頭が真っ白になる。
 真宮蓮は数歩先で一度立ち止まると、ゆっくりと歩み寄って来た。病院で会った時よりも、大きく感じられた。服装のせいかも知れないが、存在感が半端ない。
 
「……かなり驚かせてしまったようだね」

 その声は、会場で聞いたものより随分と優しいものだった。

「体調を崩したと聞いたが、大丈夫かい?」

 気づかう声音が胸の奥へ届く。
 だが、今はその優しさを受け止める余裕はなかった。

(やめてくれ……、今頃になって──)

「人に酔っただけです。大丈夫ですから、会場へ戻ってください」

 顔が強張り、どうしても口調が突き放したようになる。

「一度、ゆっくり話がしたい。君が許してくれるのなら、この後部屋で……」

 声音は優しいが、逃がさない強引さが感じられた。
 和真はわめき出したくなるのを押さえるのに必死だった。
 
「……すみません。今は……気持ちが整理できなくて……。帰らせてください」

 蓮の表情がわずかに揺れる。
 それは、引き留めたくて仕方ないのに、無理に手を伸ばせない苦しさが滲んでいた。

「……わかった。無理は言わない。だが……」

 蓮はほんの一瞬、弱々しく微笑んだ。
 その顔は、壇上で大企業を背負って立っていた男のものではなく、ただの男のものだった。
 和真の心が僅かに痛んだ。

「また必ず、話せる時が来ると願っている」

 その声には再び強さが戻っていた。
『有言実行』の文字が浮かぶ。この男はやると決めた事はどんな事であっても、成し遂げてきたに違いなかった。

(恐らく、もう一度直接会う事になるのだろう)

 これは予感ではなく、確信に近い。

「失礼します」

 和真は父親としてでなく、真宮グループのCEOに対して挨拶をする。思春期におけるささやかな抵抗だ。汐音は隣で最敬礼の姿勢を取っている。

「では、私は送って参ります」

 宮田がそう告げれば、真宮蓮は無言で頷く。
 汐音が和真の背にそっと手を置いた。和真は歩き出し、真宮蓮の横を通り抜ける。通路を曲がる時に、僅かに振り返ると、たった一人で立ち尽くす真宮蓮の姿が見えた。
 なぜか、その姿が小さく感じられたのだった。
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