生まれる前から好きでした。

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68.添い寝。

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 宮田が呼んでくれたタクシーに乗り、相澤和真と三峰汐音は自宅マンションへと戻った。
 
「……ごめん。何も食べれなかったよな? お腹がすいただろ?」
「大丈夫です。それに、宮田さんが私達の為に、別に料理を持たせてくれました。家に戻ったら一緒に食べましょう」
「え? いつのまに……」
「宮田さんは、本当に頭の回転が速いですよね。だから、社長付きで秘書の仕事を任されているのでしょうね」
「本当に、そうだよな」

 後で宮田さんにお礼を言おうと心に誓いながら目を閉じる。もう何も考えたくなかった。
 鳳蓮弥と緑川蒼蓮が挨拶に回っていたのだから、今日は正式でないとしても、明らかに後継者達のお披露目を兼ねていたように思えた。

「……逃げたと言われても仕方がないよな。本当に、逃げてしまったのだし……)

 ボソリと零れた呟きに、汐音は何も言わなかった。
 ふとフィーリアだったらどうしたのだろうかと思った。第三王女だったフィーリア。

(彼女はどんな人だったんだろう? 汐音がこれほど執着するのだから、さぞ立派な王女様だったに違いない……)

 前世の和真だと言われても、記憶がなければ思い出しようがない。
 時々、フィーリアとの共通点を見つけては、汐音が嬉しそうに目を細めているが、和真にとっては複雑なだけだ。
 だが、そのフィーリアがいてくれたからこそ、この汐音が今和真のところにいる。

(フィーリアが今のおれを見たらどう思うのかな?)

「もうすぐ到着しますよ、和真さん」

 和真が寝ていると思ったのか、汐音がそっと声をかける。和真は物思いから現実に引き戻された。
 タクシーがマンションの前に停まる。見慣れたマンションを見上げれば、ようやく胸の奥の緊張が僅かに解けた気がした。
 しかし、完全に消えることはない。パーティー会場の喧騒から離れても、心の真ん中に重りが落ちたような感覚だけが残っている。
 自動ドアを抜け、エレベーターに乗る。二人の間に沈黙が続いていたが、嫌ではなかった。むしろ、色々な事が起きたが、何があっても汐音がそばにいてくれたという事実だけが、和真に安心感を与えていた。
 部屋に入り、明かりをつけると、ようやく「帰ってきた」と実感できた。靴を脱いだ途端、全身の力が抜けてその場に座り込んでしまいたくなったが、なんとか踏みとどまる。

「和真さん、先に座っていてください。食事の用意をしますね」
「……ごめん。なんか、全部汐音に頼ってるよな」
「頼ってください。私は、そのために側にいますから。と言っても、並べるだけなんですけどね」

 柔らかい笑みを向けられて、和真もつられて微笑む。
 和真はソファに腰をおろし、深く息を吐いた。

「……今日は、ソファに座って食べられますか?」
「ああ。そうする」

 汐音が宮田から預かった料理をソファの前にあるローテーブルの上に手際よく並べていく。その姿をただぼんやりと眺める。

(本当に……疲れた)

 真宮蓮の眼差し。異母兄弟たちそれぞれの顔。そのどれもが胸の奥をかき乱した。

(くっ、勘弁してくれ……)

 思い出してしまうと、せっかく静まっていた胸がざわつき始める。思わずぐっと目を閉じた。

「……あの、和真さん」

 沈みかけていた思考の渦から引き戻された。顔を上げると、汐音がこちらを見ている。

「服を着替えられますか? 上着だけでも脱いだほうが良くないですか? その方が落ち着けるはずです」
「……ああ、そうだ……な」

 立ち上がると、すぐに汐音が和真の背後に回り、上着を脱ぐのを手伝ってくれる。その気遣いが嬉しかった。

(汐音も仕事が出来る男に成長しそうだな。いや、もうなっているか……)

 テーブルには、すでに料理がきれいに並べられていた。色々あるようだが、どれも重くないものばかりだった。

(宮田さんの気配りは神だよな……)

 宮田を和真の担当にしてくれた事だけは父に心から感謝した。

「いただきます」
「いただきます」

 同時に箸をとり、二人だけの静かな食事が始まった。
 数口食べただけだが、どれも美味しかった。神経が高ぶっていたのが徐々に落ち着いていく。少し心に余裕が戻ってくる。

「……和真さん」
「ん?」
「その……モヤモヤしたものがあるのでしたら、話してくださいね」

 汐音の声音は慎重だった。無理をさせまいとする優しさが滲む。

「……いや。うん。ありがとう。でも、今はまだ……うまく言葉にできない」
「わかりました。話したくなったらでいいので、いつでも聞きますから」

 汐音はそれ以上和真の心の中には踏み込んでこなかった。
 その後は、『この組み合わせは絶妙ですね』とか、『この味の再現をやってみます』とか言いながら、場を和ませていた。汐音が存在するだけで、和真には救いだった。

「お風呂の湯が入ったようです。すぐに入られますか?」
「うん」

 風呂に入ると、温かい湯が全身を包み込む。とても心地良かった。
 だが、すぐに今日の出来事が容赦なく脳裏に蘇てくる。その中でも、会場ではあれほど堂々としていた真宮蓮が、和真の前でだけ普通の人に見えたことが和真を苦しめ続けていた。

(……おれに対しても、もっと偉そうにしていろよ)

 優しい声音。伸ばせなかった手。弱弱しく微笑む顔。和真の言動があんな表情をさせるとは思っていなかったのだ。振り回されているのは和真なのに、罪悪感が和真を苦しめていた。
 風呂から上がってくると、汐音はキッチンに居た。タオルで髪を拭きながら、自然と汐音に視線が向く。

「和真さん。……冷たい水を飲まれますか?」
「……うん。助かる」

 受け取って一口飲む。ひんやりとした冷たさが、胸の奥まで落ちていく。
 汐音は、じっと和真の様子を見守っていた。

「少し……顔色が、まだ良くないですね」
「……そうか?」
「はい。今日は、このまま休んでください」

 汐音は穏やかに微笑んでいるが、内心かなり心配しているのが言葉の端々に現れている。和真の負担にならないように、けれど支えになれるようにと気を張っているのが分かった。

「……汐音」
「はい」

 かなり心が弱っていたからだろう。魔が差す。

「……今夜、一緒に寝るか?」

 言った瞬間、耳まで熱くなった。汐音は一瞬だけ目を瞬いた。

「……一緒とは? 和真さんに、添い寝してもいいのですか?」

 和真は小さく頷く。汐音は、すぐに優しく微笑んだ。

「もちろんです。和真さんが望まれる事なら何なりと」

 その言葉の穏やかさが和真の不安な心を包み込み、息が抜けた。
 その夜、汐音はまるで小さな子供にするように和真を抱き締めて眠った。心から安心出来る場所で、和真は何の夢も見ることなく深く眠る事ができたのだった。
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