65 / 77
65.悔しい。
しおりを挟む
ヒュッと喉が鳴った。
突然、苦しくなる。視界の端がぐらりと揺れ、足の裏の感覚が薄くなっていく。
「和真さん。ちゃんと息を吸ってください!」
声量を抑えながら、緊迫した三峰汐音の呼びかけに、相澤和真ははっと意識を引き戻された。
次の瞬間、強い腕が腰を支える。細身の外見からは想像できないほどしっかりした力だ。
「宮田さん、和真さんを会場から一度出します!」
汐音がはっきりと告げると、宮田は驚いたように目を瞬いた。
だが秘書として鍛えられた判断力が働いたのだろう、すぐに顔つきが切り替わる。
「こちらへ。私の後ろに付いて来てください」
宮田は会場の視線を遮るように歩き出す。
その背を盾にしながら、汐音が和真を連れて会場を出る。
シャンデリアの眩い光が遠ざかり、柔らかな絨毯の感触に変わると、和真の呼吸は少しだけ落ち着いた。ホテルの通路に置かれたソファに腰を下ろした途端、全身から力が抜ける。
宮田は和真の為に水を取りに会場へ戻っていた。
「落ち着かれましたか?」
汐音が顔を覗き込んできた。憂を帯びた瞳に照明の明かりが反射して、金色に光って揺れている。
その声音には焦りと優しさが混じっていて、胸の奥がじんと熱くなった。
「……汐音が居てくれて良かった。おれ一人で来ていたら、……確実に失態をおかしてた」
「失態だなんて思わないでください。少し前にはマムシの毒で命を落とすかもしれなかったんです。それに、こんな大規模なパーティーなんて慣れていないでしょう? 誰だって体調を崩します」
「はは……汐音は、いつでもおれに甘い」
冗談を返せるほどには、呼吸が整ってきていた。
汐音も少し安堵したように微笑む。
だが、どこか張り詰めた空気だけは消えていない。和真はそれに気づいていた。
静けさが落ち着きをもたらすはずなのに、胸の奥はざわつき続けている。
和真は、ぽつりと口を開いた。
「……汐音。ちょうど汐音が林間学校に行っている時に、……おれ、真宮蓮とは知らずに、あの男に会っていたんだ」
「え……?」
驚愕と戸惑いが混ざった声。
それも当然だ。自分でも信じたくないくらいの偶然だったのだから。
「最初は……本当に偶然だったんだ。買い物に出かけて、熱中症で倒れてる男を見つけて……介抱した。それが……あの男だった」
「……」
汐音は口を挟まず、ただ耳を傾けてくれていた。そのまま和真は両手を組み、視線を落として話を続ける。
「二度目は、次の日だ。検診のために行った病院の待合室で、……向こうから声を掛けてきた。熱中症の検査に来たって言って……」
あのときの声が耳の奥で蘇り、胸が苦しくなる。
「助けてくれたお礼がしたいって言われて、……でも、ちょうど会計の呼び出しがあったから、断って逃げたんだ」
すべて吐き出した後、和真は視線を上げ、汐音を見る。
「おれ……あの男が真宮蓮だなんて知らなかったんだ。だから……病院で会った男の姿を見て……」
胸の奥が熱くなり、喉につかえ、声が細くなる。
「……かっこいいって……思ってしまったんだ」
すべての元凶。
(あの男の姿に、憧れを抱いてしまうなんて……)
「悔しい……」
最後は声が小さくなる。
「和真さん……」
汐音が何か言おうとして、言葉を飲み込み、視線を通路の先へと向ける。
和真もつられて顔を上げた。
足音。
ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。
仄かな灯だけの通路から長身の男が姿を現した。
男の顔には、見覚えがあった。
「やあ、始めまして、俺の弟君」
和真の異母兄の鳳蓮弥だった。
突然、苦しくなる。視界の端がぐらりと揺れ、足の裏の感覚が薄くなっていく。
「和真さん。ちゃんと息を吸ってください!」
声量を抑えながら、緊迫した三峰汐音の呼びかけに、相澤和真ははっと意識を引き戻された。
次の瞬間、強い腕が腰を支える。細身の外見からは想像できないほどしっかりした力だ。
「宮田さん、和真さんを会場から一度出します!」
汐音がはっきりと告げると、宮田は驚いたように目を瞬いた。
だが秘書として鍛えられた判断力が働いたのだろう、すぐに顔つきが切り替わる。
「こちらへ。私の後ろに付いて来てください」
宮田は会場の視線を遮るように歩き出す。
その背を盾にしながら、汐音が和真を連れて会場を出る。
シャンデリアの眩い光が遠ざかり、柔らかな絨毯の感触に変わると、和真の呼吸は少しだけ落ち着いた。ホテルの通路に置かれたソファに腰を下ろした途端、全身から力が抜ける。
宮田は和真の為に水を取りに会場へ戻っていた。
「落ち着かれましたか?」
汐音が顔を覗き込んできた。憂を帯びた瞳に照明の明かりが反射して、金色に光って揺れている。
その声音には焦りと優しさが混じっていて、胸の奥がじんと熱くなった。
「……汐音が居てくれて良かった。おれ一人で来ていたら、……確実に失態をおかしてた」
「失態だなんて思わないでください。少し前にはマムシの毒で命を落とすかもしれなかったんです。それに、こんな大規模なパーティーなんて慣れていないでしょう? 誰だって体調を崩します」
「はは……汐音は、いつでもおれに甘い」
冗談を返せるほどには、呼吸が整ってきていた。
汐音も少し安堵したように微笑む。
だが、どこか張り詰めた空気だけは消えていない。和真はそれに気づいていた。
静けさが落ち着きをもたらすはずなのに、胸の奥はざわつき続けている。
和真は、ぽつりと口を開いた。
「……汐音。ちょうど汐音が林間学校に行っている時に、……おれ、真宮蓮とは知らずに、あの男に会っていたんだ」
「え……?」
驚愕と戸惑いが混ざった声。
それも当然だ。自分でも信じたくないくらいの偶然だったのだから。
「最初は……本当に偶然だったんだ。買い物に出かけて、熱中症で倒れてる男を見つけて……介抱した。それが……あの男だった」
「……」
汐音は口を挟まず、ただ耳を傾けてくれていた。そのまま和真は両手を組み、視線を落として話を続ける。
「二度目は、次の日だ。検診のために行った病院の待合室で、……向こうから声を掛けてきた。熱中症の検査に来たって言って……」
あのときの声が耳の奥で蘇り、胸が苦しくなる。
「助けてくれたお礼がしたいって言われて、……でも、ちょうど会計の呼び出しがあったから、断って逃げたんだ」
すべて吐き出した後、和真は視線を上げ、汐音を見る。
「おれ……あの男が真宮蓮だなんて知らなかったんだ。だから……病院で会った男の姿を見て……」
胸の奥が熱くなり、喉につかえ、声が細くなる。
「……かっこいいって……思ってしまったんだ」
すべての元凶。
(あの男の姿に、憧れを抱いてしまうなんて……)
「悔しい……」
最後は声が小さくなる。
「和真さん……」
汐音が何か言おうとして、言葉を飲み込み、視線を通路の先へと向ける。
和真もつられて顔を上げた。
足音。
ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。
仄かな灯だけの通路から長身の男が姿を現した。
男の顔には、見覚えがあった。
「やあ、始めまして、俺の弟君」
和真の異母兄の鳳蓮弥だった。
20
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる