生まれる前から好きでした。

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65.悔しい。

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 ヒュッと喉が鳴った。
 突然、苦しくなる。視界の端がぐらりと揺れ、足の裏の感覚が薄くなっていく。

「和真さん。ちゃんと息を吸ってください!」

 声量を抑えながら、緊迫した三峰汐音の呼びかけに、相澤和真ははっと意識を引き戻された。
 次の瞬間、強い腕が腰を支える。細身の外見からは想像できないほどしっかりした力だ。

「宮田さん、和真さんを会場から一度出します!」

 汐音がはっきりと告げると、宮田は驚いたように目を瞬いた。
 だが秘書として鍛えられた判断力が働いたのだろう、すぐに顔つきが切り替わる。

「こちらへ。私の後ろに付いて来てください」

 宮田は会場の視線を遮るように歩き出す。
 その背を盾にしながら、汐音が和真を連れて会場を出る。
 シャンデリアの眩い光が遠ざかり、柔らかな絨毯の感触に変わると、和真の呼吸は少しだけ落ち着いた。ホテルの通路に置かれたソファに腰を下ろした途端、全身から力が抜ける。
 宮田は和真の為に水を取りに会場へ戻っていた。

「落ち着かれましたか?」

 汐音が顔を覗き込んできた。憂を帯びた瞳に照明の明かりが反射して、金色に光って揺れている。 
 その声音には焦りと優しさが混じっていて、胸の奥がじんと熱くなった。

「……汐音が居てくれて良かった。おれ一人で来ていたら、……確実に失態をおかしてた」
「失態だなんて思わないでください。少し前にはマムシの毒で命を落とすかもしれなかったんです。それに、こんな大規模なパーティーなんて慣れていないでしょう? 誰だって体調を崩します」
「はは……汐音は、いつでもおれに甘い」

 冗談を返せるほどには、呼吸が整ってきていた。
 汐音も少し安堵したように微笑む。
 だが、どこか張り詰めた空気だけは消えていない。和真はそれに気づいていた。
 静けさが落ち着きをもたらすはずなのに、胸の奥はざわつき続けている。
 和真は、ぽつりと口を開いた。

「……汐音。ちょうど汐音が林間学校に行っている時に、……おれ、真宮蓮とは知らずに、あの男に会っていたんだ」
「え……?」

 驚愕と戸惑いが混ざった声。
 それも当然だ。自分でも信じたくないくらいの偶然だったのだから。

「最初は……本当に偶然だったんだ。買い物に出かけて、熱中症で倒れてる男を見つけて……介抱した。それが……あの男だった」
「……」

 汐音は口を挟まず、ただ耳を傾けてくれていた。そのまま和真は両手を組み、視線を落として話を続ける。

「二度目は、次の日だ。検診のために行った病院の待合室で、……向こうから声を掛けてきた。熱中症の検査に来たって言って……」

 あのときの声が耳の奥で蘇り、胸が苦しくなる。

「助けてくれたお礼がしたいって言われて、……でも、ちょうど会計の呼び出しがあったから、断って逃げたんだ」

 すべて吐き出した後、和真は視線を上げ、汐音を見る。

「おれ……あの男が真宮蓮だなんて知らなかったんだ。だから……病院で会った男の姿を見て……」

 胸の奥が熱くなり、喉につかえ、声が細くなる。

「……かっこいいって……思ってしまったんだ」

 すべての元凶。

(あの男の姿に、憧れを抱いてしまうなんて……)
 
「悔しい……」

 最後は声が小さくなる。

「和真さん……」

 汐音が何か言おうとして、言葉を飲み込み、視線を通路の先へと向ける。
 和真もつられて顔を上げた。
 足音。
 ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。
 仄かな灯だけの通路から長身の男が姿を現した。
 男の顔には、見覚えがあった。

「やあ、始めまして、俺の弟君」

 和真の異母兄の鳳蓮弥だった。
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