新緑の少年

東城

文字の大きさ
4 / 28

稲荷寿司

しおりを挟む
すぐにパトカーに乗った若い男の警官が一人来て、僕も署に同行した。

少年は別室に連れていかれ、何をしたか取り調べを受けていた。
濡れた服は血のシミが付いていたので、警察が証拠として押収した。
取り調べの間、僕は待合室のような部屋で待機している。
もう深夜なのに、激しい雨が窓ガラスを叩きつけていた。
窓ガラスにうっすら映っている一見性格のきつそうな青年が僕だ。疲れてイライラしているのが表情にはっきりと表れている。
昔はもっと優しい顔立ちで母に似て穏やかな目をしていた。
母はもう五〇代だが、若いときは癒されるようなあたたかい雰囲気の美しい女性だった。
僕も母の容姿を引き継ぎ、見た目には自信がある。
寝不足なのか目がピリピリする。目頭を押さえて目をつぶる。

先ほどの警察官が待合室に来て、あの少年はどうも虐待を受けていたらしい、少年の身体検査をしてくれと言う。
そんなの警察の医者に頼めばいいだろう。
身体のいたるところにあざがあると刑事が教えてくれた。
さっき、あざだらけの脚を見たから知ってるよ。
しょうがないな。診断書を書いて、さっさと家に帰ろう。

少年とがらんとした無機質な医務室に入る。
「診察するから服、脱いで」
少年は無言でぶかぶかのTシャツを脱ぐ。
背中、腹部、脚に無数の青あざ。蹴られたあとみたいだな。随分ぼこられたんだな。
診察台に横になってもらう。
胸、腹、脚などを触診する。折れているところや、内臓が腫れているとかはないみたいだ。
座らせて、顔を確認する。右頬に擦り傷、額にあざ。これ、あとですごく腫れるな。
「口開けて」
あーんと大きく開けた口腔内をライトで照らして覗き込んだ。
口の中は切れていないし歯も折れてない。
きれいな顔だな。
目は大きくて、歯並びもいいし、唇はまるで少女のようにピンクだ。鼻と頬にうっすらとそばかすが散っている。

そのあと別室に僕は招かれ、刑事から一部始終を聞いた。
長い話だった。
要約すると、母親と内縁の夫に蹴られて、逆上した少年はカッターナイフで母親を切りつけ、逃亡。
なんだ殺人ではなく傷害事件か。
明日、少年を児童養護施設に連れて行くと刑事は言った。

医務室に戻ると少年は白いシャツを着ていた。サイズに合った服を警察官が持ってきてくれたらしい。
少年は寂しそうに言った。
「スープありがと。おいしかったよ。こんど、一緒においなりさん食べよう」
そんなに食べたかったんだね。
作ってあげられなくて、ごめん。
実は僕、稲荷寿司なんて作ったことないんだよ。

この子、児童養護施設に行くんだ。なんかかわいそうだな。
あんなボコボコに蹴られて、おなかもすかせて。
同情、哀れみ? 
自分でも何をしようとしているのか分からなかった。
「僕がしばらくその子の面倒をみていいですか?」
そう、刑事に言ってしまっていた。
「いや、こちらもいろいろ手順というものがあるので、それはちょっと」
「神奈川県警の上の人に取り次いでもらえませんか?」
「明日にしてもらえます?」と刑事は怪訝な顔をした。

有名政治家である父の名前を告げると、あっさりと思い通りに事が進んだ。
僕は少年の保護司になった。
それが昨夜までの出来事。

アパートに戻ってきて、少年は僕のベッドで熟睡している。
昼下がり、ソファーの上に寝転んで昨夜のことを考えていた。
なんで連れて帰ってきちゃったんだろうな。
とりあえず、近所のスーパーで稲荷寿司を買って来よう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

処理中です...