新緑の少年

はざま朝日

僕が住んでいるのはサラリーマンが賃貸で慎ましく暮らしているような普通の２LDK のアパートだ。
部屋は二階で、小さなバルコニーもついている。
ここは結構気に入っている。

最近、父は大学病院の近くの新築マンションを購入した。
まだ二六歳の新米の精神科医で給料も安い僕に、遺産分与目的で与えたかったみたいだ。
それに反発してわざと安い普通のアパートに住み続けている。
真っ暗の寒いリビングの電気をつけ、暖房を入れる。
「だいじょうぶだよ。どうぞ」濡れネズミの子を招き入れる。
この子、がったがったに震えてる。
お風呂に入ってもらいたいが、今から炊いたら０時を廻ってしまう。
シャワーのほうが今すぐ体を温められるからいいか。
「シャワーを浴びてきて」
着替え、着替えっと。あー、僕の服しかない。ぶかぶかだろうな。
女の子なのに、男の下着で大丈夫だろうか。
でも、さすがにパンツなしでＴシャツは、やばいだろう。
浴室からシャワーを浴びる音がする。
新しい下着とＴシャツ、バスタオルをドアの前に置いた。
ティファールでお湯を沸かす。なにか温かい物でも飲んでもらおう。
おなかも空いてるだろうな。

しばらくすると、あの子が髪をタオルで拭きながらやってきた。
トランクス……ぶかぶかで、ずり落ちないように手で押さえてるよ。
だぶだぶのＴシャツから脚が見えてる。
脚もあざだらけ。
これ転んだとかじゃないよね。え？　喧嘩したとか？
女の子って殴り合いの喧嘩とかするの？しないよね。
名前を聞くと「はざまあさひ」と教えてくれた。
女の子の名前？
最近のキラキラネームは性別が曖昧だ。
あさひはキラキラでもないか。
性別が分からないので聞いてみた。
「男」だそうだ。
なんだ男の子か。
髪が長いから、てっきり女の子かと思ったよ。

僕は簡単な自己紹介をする。
医師だと伝えると信用してもらえたみたいだ。
質問を続けた。
なぜ、ふらふら夜道を歩いていたのか聞いた。
まさか本当に京都まで歩いていくとかそんな理由じゃないだろう。
少年は言った。
「親を刺した」
え？　
刺した？　何で？　ナイフで？　
一瞬、頭の中が真っ白になる。
なにそのやばい感じ。
もしかして、殺しちゃったとか？
この子、まだ小学生だよね。六年生ぐらい？
とりあえず、食べ物で釣って、詳しいことを聞きだして、警察に連絡しよう。
簡単だしカップスープでいいかな。
必死に平静なふりをしつつも、気が動転して、チキンスープの袋がうまく破けない。
インスタントのチキンスープをマグカップに入れて、熱湯を注ぐ。
スプーンを添えると、少年に渡した。
「ほかに食べたいものがあったら言ってね。好きなもの作るよ」
「おいなりさん」
稲荷寿司なんて、難しいものリクエストしないで欲しい。
揚げなんて冷蔵庫にないよ。それに米を炊かないといけないし、そして酢飯だろ。一時間以上もかかるじゃないか。
うーん、買ってくるか。でも、コンビニに行ってる間に逃げたりするかもな。
少年は、ふうふうしながらスープをすすっている。
「うどんだったらすぐできるけど」作り笑いをして聞く。
「いらんわ。関東のうどんきらい。汁がまずい」
あれ、この子、関西訛りがある。京都？　大阪？
「君、関西の子なの？」
「うん。生まれも育ちも京都。四条に住んでた」
うれしそうに言った。
そして、スープをずずずっと飲み干すと、テーブルにつっぷした。
「ねむ。疲れた」
よっぽど疲れていたのだろう。そのままスースー寝てしまった。

少年に毛布を掛けると、僕はポケットからケータイを取り出し１１０番した。